創造と継承

宇野先生を米倉斉加年は如何に継承したのだろう。
宇野先生の替わりはいない、出来ないと言い続け、しかし、宇野先生の後をしっかり歩いた。
今、私たちは同じように米倉斉加年の歩いてきた先を歩かなければならない。
宇野重吉の屍を踏みつけ、米倉斉加年の屍を踏みしめ、私たちは演劇の高見に登らなくてはならない。
それが、継承であり、創造である。
宇野先生の歩いてきた道を、米倉斉加年が作ってきた芝居を、私たちは継承していきたい。戦後宇野先生が子ども達に読み聞かせていたと言う話しを聞いた。、米倉斉加年が自作の絵本を朗読していたのを見てきた。
米倉斉加年は宇野先生の仕事を真似ていいのだと言っていた。同じ劇団であるれば真似て良いと言った。木下順二さんは劇団は関係ない、米倉君がやれば良いと言っていた。
今私たちは、宇野重吉の仕事を、米倉斉加年の仕事を踏襲し、新しい道を拓いていきたいと思う。