台本

戯曲を演出が上演用に直したものを台本という。稽古の中で演出が作り上げた台本を、公演後に作家が直した台本は戯曲と言われ、全集などに収録されている戯曲の多くはこれである。
創作劇では、作家が書いた戯曲を、上演用に手を入れ上演台本とし、上演後に作家が再度手を入れ(あるときは戻し、あるときは演出の考えを残し、又あるときはまったく新しく書き換える)、再び上演台本として稽古場で手が入れられる日が来るまでは、戯曲として作家の家で休むことになる。余談であるが、戯曲が小説並みに売れた劇作家は井上ひさしだけである。
本来新劇では、戯曲が先にあって、その戯曲を台本として作る。その作業が演出の最も大事な作業であり、台本が出来上がってから本格的に芝居作りが始まる。
戯曲は小説等の文学の一つのジャンルであり、舞台で上演するために書かれていると言うより、原則的には会話(台詞)だけで構成された小説である。地の文が主体の小説と会話(台詞)で書かれる戯曲という違いはあるが、活字の表現なのである。
しかし台本は、活字で書かれてはいても、活字では表現しない。役者によって、生の言葉で表現される。戯曲の時点で、生の言葉をイメージして、あるときは声(音)に出しながら(ほとんどの作家は声を出しながら)書かれてはいるから、直す必要が内容に思われるが、そうはいかない。宇野先生は木下作品と、チェーホフはまったく直さず台本を作っていたが、他の戯曲は換骨奪胎してしまうので、いやがる作家もいた。
作家が舞台空間に縛られていては、良い作品とはならないが、舞台を作る側としては、作家の自由な感覚の空間を舞台の制約ある空間に置き換える作業が必要である。実はその作業が演出は一番楽しい。