大橋喜一 作

 

 

ミュージカル・エレジー
  銀河鉄道の恋人たち80’S

 

 

 


    登 場 人 物
と し 江  レコード店員
五   郎  印刷工
主   人  喫茶「銀河」の主人
太   吉  五郎の友人
ふ み 子  とし江の友人
チ ィ 子  「銀河」のウェイトレス

コ ロ ス  男・女少なくとも四人以上

院   長  原爆病院長

ブルカニロ  院長を演ずる俳優が兼ねて良い
車   掌  コロスの長を演ずる俳優が兼ねても良い
その他の人物  喫茶店の客、公園の恋人たち、銀河鉄道の乗客たちは、コロスの人々で兼ねられるも、別に登場するのも自由である。

 


                                     


    〈 時 〉 現代―歴史的には一九六五年
    〈 所 〉 ヒロシマ―幻想の銀河

  銀河鉄道の恋人たち80’S
    登 場 人 物
    〈 時 〉 現代―歴史的には一九六五年
    〈 所 〉 ヒロシマ―幻想の銀河
    プロローグ      3
    1 出あい      7
    М〈七つの川、美しい街〉主人   7
    М〈いざ、海の銀河へ〉太吉・ふみ子   10
    М〈この画は幻想の銀河〉とし江・主人・五郎   14
    2 星空の下で      20
    М〈銀河鉄道は南の空へ〉とし江・五郎   22
    М〈ききたいの・宇宙の秘密〉とし江・五郎   26
    3 主人のこころ      30
    М〈地図のまんなかの赤い印〉主人   33
    4 平和公園      38
    М〈恋人たちの平和公園〉コーラス   38
    М〈ぼくは愛をしらなかった〉とし江・五郎   42
    5 原子爆弾の病院      48
    М〈みな殺しの記念日〉とし江   50
    6 〈無声慟哭〉      52
    М〈あめゆじゅとてちてけんじゃ〉とし江   58
    7 銀河鉄道の旅      60
    (A) 出発   60
    М〈いってらしゃい ハネー・ムーン〉コーラス   62
    (B) 白鳥   63
    М〈天のすすき〉とし江   65
    М〈一○万光年・三時間〉五郎・車掌   68
    (C) 河原   70
    (D) アルビレオ   72
    М〈赤ひげ仕事唄〉赤ひげ   74
    М〈アルビレオの二重唱〉とし江・五郎・赤ひげ。   77
    (E) 乗客たち   83
    М〈レクイエム・五つの歌〉台詞とまじる五つのソロ。   84
    М〈ビキニのお魚の唄〉   89
    (F) 恐怖の惑星   91
    (G) アンタレスの火   94
    (H) わかれ   96
    М〈ぼくは燃える〉五郎   97
    (I) ブルカニロ   98
    М〈ブルカニロの教え〉ブルカニロ・とし江   100
    エピローグ  三次元空間へ      103
   
    プロローグ

    銀河には第一景の喫茶「銀河」が飾られてあってもよい。(なくてもよい)
   
    全出演者の登場。各自自由な日常的な様子、雑談をし、ふざけ合っているのがいてもいい。要は自由。
    しばしあって――
    出演者のなかのリーダー(あるいは舞台監督が)台本を出して一同にいう。
   
リーダー 作者の指定をよみまーす。(雑談グループに)しずかに。(読む)俳優は劇がはじまると、自分であって自分ではなくなる。

    雑音――「あたり前じゃん」など。

リーダー しずかに、諸君は間もなく、ミュージカル「銀河鉄道の恋人たち―80’S」の役の人物にならなければならない。
   
    声「その通り」
   
リーダー それまでの、ごくわずかの時間を利用して、みんな、ひとこと、自己紹介と役の紹介を、自分の言い方、自分のことばでしてほしい。
――   あのォ、宣傳してもいいんですか?
リーダー 自己宣傳?
――   そうですとも。
リーダー ……ま、したい人は、ごくわずかにね、長くちゃダメ、せいぜい一〇秒か、一五秒くらいかな。
   
    「うわー、きびしい」などの声。
   
リーダー じゃ、はじめよう。順序はみんなで適当に。

    以下出演者たちに任された自己紹介、単に自分の名と役の名だけをいう者、ひとこと考えてのコメントつける者、せりふの一部分を演じる者、ポーズや仕草に力点をおく者。
    関係のない得意業をみせる者、……などなど。(自由だが、時間の制限はきびしく)
    自己紹介おわる、

リーダー 自由な時間はこれでおしまい。いま、「にっかつ芸術学院芸能科第期生」による、この場の時間と空間は、急速に動いている。――二〇数年の昔に……

    全員が合唱でこたえる。

全 員  ヒ・ロ・シ・マ……

    全員は散る。舞台に道具が運ばれてくるなど。

    1 出あい

    喫茶「銀河」の店内。壁にいろいろな画がかけられている、という設定。

    М〈七つの川、美しい街〉主人

          あの日あのとき たそがれの
          あのめぐりあいの あればこそ
          愛のよろこび 別れの悲しみ
          それはここから はじまるのです
         
          川は 七すじにながれて
          町は 川辺にさかえます
          橋は 町と町をつなぎ
          ああ 川きよらかな町
          わが 想い出の橋たち
         
          その橋のたもと ひそやかに
          小さな喫茶 名は「銀河」
          その名の「銀河」なればこそ
          二人はここで めぐりあう
         
          愛のよろこび 別れの悲しみ
          それはここからはじまるのです
         
          (台詞)「喫茶・銀河」それがわたしの店です。
   
    この間、店に客の出入りあっていい。
    太吉と箱をかついだ五郎が登場。
   
主 人  大きな箱だね。
太 吉  しゃれておるのう、「銀河」の屋上で銀河をのぞくなんて。
チィ子  仲よして不思議じゃ、オトキチと望遠鏡。
太 吉  わしゃ地上を百キロ、奴は天にメガネを向けて、蛇じゃ山猫じゃとさがす。
チィ子  蛇? 山猫? うそばっかり! 星座てもっとロマンティックな名がついとるもんよ、アンドロメダ、おとめ……
五 郎  蛇じゃて、山猫じゃて、ほんまにあるんじゃ、チィちゃん。山猫座は獅子座と双子座のちょうどまんなか辺。じゃけえ、いま時分天頂付近にあるのかなあ。
チィ子  ほんまなの……
太 吉  チィちゃん、五郎を好きじゃったら、もちっと星の勉強しときんさい。
チィ子  うるさい!
   
    ふみ子ととし江が登場。
   
ふみ子  (太吉に)かんにん、おそうなって。
主 人  ふたりとも、勇ましい恰好で、どこまでドライヴするんか。
太 吉  わしらこれから、
ふみ子  海の銀河へ。
五 郎  海の銀河?
主 人  そりゃ、どこ?

    太吉とふみ子は、オートバイに乗った構えをする。
    音楽――重なってオートバイの音。

    М〈いざ、海の銀河へ〉太吉・ふみ子

          二五〇CC単車
          喫茶「銀河」前
          スタート!
         
          街はたそがれ
          風とながれ
          ネオンながれ
          街灯ながれ
          橋がながれ
          ヴォ― ヴォ― ブンブン
         
          海を右に走る
          線路を左に走る
          走る走る
          道はくねくね
          せまい町並み
         
          徐行オーライ! そこでまた
          ヴォー ブンブン
          ヴォー ヴォー ブンブン
         
          海だ 島だ 島へわたる大橋だ
          フル・スロットル
          ヴォー ヴォー
          そしてストップ
         
          橋は海に
          銀河は夜空に
          おお 海の銀河よ!
          港の灯よ!
          おれたちゃ……
          夜風をいっぱい
          宇宙をいっぱい
          深呼吸!

ふみ子  (太吉に)さあ、行こう。
太 吉  (とし江をみてふみ子に)あの人、だれ?
ふみ子  あらあら、うちの相棒のとし江。かわっとるの、この店の名が好きじゃて。(主人に)彼女、画が好きなん。
とし江  (太吉に)あの、はじめまして。いつもふみさんにお世話になってます。
太 吉  よせよ、てれちゃうね。面白いな、店の名が好きだなんて。
ふみ子  (壁の画をさし)ほら、みんなマスターが描いたの、へんてこな画ばかり。
   
    太吉とふみ子は出てゆく。
   
主 人  どうかしとるよ、あの二人。
   
    ふみ子、かけもどってくる。
   
ふみ子  (五郎ととし江を紹介する形をとり)ごめんね、五郎さん。この娘、お店でうちの妹分。(とし江に)五郎さんは、彼とおなじ印刷工場の人、お見知りおき、ね。
   
    走り去る。
   
主 人  (見送って)なんだ、あいつら。
とし江  (五郎に)……今日は。
五 郎  (まごついて)はい……あの、今日は。……

    間。二人とも、間のわるい感じ。
    ややあってとし江は壁の画を、じっと見つめる。強くひかされた感じ。
    ――間――

とし江  (思わず声)アルビレオ!……
   
    主人、びっくりした反応。
    とし江の歌がはじまる。主人と五郎はとし江のそばへよってくる。
   
    М〈この画は幻想の銀河〉とし江・主人・五郎

とし江  アルビレオ アルビレオ
          なんでしょう このことば
          この画みて アルビレオ
          ああ アルビレオの観測所
主 人  な・な・なんと いまあんた
          言いましたな アルビレオ
          おお やはり わかるんじゃ
          この画をみて わかるんじゃ
とし江  アルビレオ うかんだわ
          天のどこか あの銀河の
          青と黄色の 二つの星
          銀河鉄道 夢の旅
五 郎  アルビレオ その名なら
          白鳥座です アルファがデネブ
          アルビレオは 頭のところの
          二重星です 連星です
とし江  白鳥座 そうなんです
          白鳥の停車場
五 郎  白鳥は星座です
          鉄道の駅じゃありません
とし江  いいえ 駅なの白鳥は
          銀河鉄道の 駅の名よ
          うちは何回 何十回
          それを読んだ ことでしょう
          カムパネルラと ジョバンニの
          この上もなく 美しく
          悲しい旅の おはなしを
          銀河の水は 水素のよう
          軽くほのかに ゆらめいて
          五色の波の きらめきの
          かなたに浮ぶ 光の輪
          青と黄色の 宝玉は
          白鳥星座の アルビレオ
          この画みたとき 浮んだの
          ああ この画こそ アルビレオ
主 人  ああ あんたはムスメさん
          わたしがこめたあこがれを
          みごとに感じてうけとった
          ありがとう ありがとう
とし江  (壁の画をさしながら)
          そうよこの画はみんなあの
          幻想銀河のイメージね
          あか・あお・みどり 点と線
          野原に立てる三角標
          ななめにおどる銀線は
          銀河の河原のすすきだわ
主 人  そうです そうです その通り
          幻想銀河のいろどりは
          地上の秋のイメージに
五 郎  なんとふしぎなものがたり
          ぼくが知ってる銀河とは
          無味乾燥な物質の
          無限にひろがる自然界
とし江  カムパネルラ かあいそう
          生きてかえる ジョバンニも
五 郎  知らなかった いままでぼくは
          そんな悲しい童話があるを

主 人  この童話をつくった詩人は、農芸科学者でもあった。そして彼がこの童話に託したテーマというのは、多分科学と信仰の統一にあった思う。
五 郎  「銀河鉄道の夜」……なにか、ひきつけられる神秘的なものを感じるなァ……
とし江  ジョバンニとカムパネルラのお話なら、うちが教えてあげようかしら。
五 郎  え? ほんと……
とし江  うち、よう覚えとるわ。そのかわり……
五 郎  そのかわり、
とし江  その望遠鏡で星をのぞいてみたいの。
五 郎  なあんだ。今夜は、銀河がようみえる。説明してあげますよ。宇宙の星について。
   
    五郎ととし江の話を、チィ子がじっと見つめている。
    背景に星がきらめきはじめる。
   

    2 星空の下で
   
    舞台は屋上、満天の星。
    望遠鏡が天を向き、五郎ととし江がそれをのぞいている。場面が移る間を、主人のモノローグがつなぐ。
   
主 人  詩人は、人間が自然科学を究めるということは、地上に人間の幸せを実現するためであると考えていた。詩人は死んだ。それから戦争が起きた。詩人の死後十二年目に、この街にあの事件がおきた。……(退場する)
   
    望遠鏡をのぞく五郎ととし江。
   
とし江  ……肉眼よりも、とても遠い感じ。
五 郎  その星は、太陽の二十四倍もあるんですよ。
とし江  まァ、気が遠くなりそう。……あの、こちらに青う光っとる星は?
五 郎  ああ、乙女座のスピカ。
とし江  スピカ――素敵な名前。
五 郎  星の名はみんな素敵です。あの、ほら、山の上の、明るい――こと座のヴェガ。
とし江  ヴェガ。
五 郎  七夕の織女星。
とし江  まあ、ほいじゃ恋人の、なんというたかしら? 牽牛さんは?
五 郎  ああ、それはわし座のアルタイル。……まだ高度が低うてよう見えんな。
とし江  ほんなら、七夕さま、女性の方が先に上って待っとるんじゃろうか?
五 郎  そうじゃねえ、女性が先じゃねえ。
   
    二人は楽しそうに笑う。
   
五 郎  ね、海の方をみんさい。……あの赤い星がさそり座のアンタレス。……北十字といわれる白鳥から、南のさそり座にかけて、銀河の雄大な流れがつづいてます。
   
    とし江がうたいはじめる。
   
    М〈銀河鉄道は南の空へ〉とし江・五郎

とし江  話してあげます 銀河鉄道
          長い長い銀河の旅は
          青い光の銀河に沿うて
          汽車は南へ ずーっと南へ
          南のはてに赤くもえてる
          さそり火よりももっと南へ
五 郎  南 南 南半球
          南半球 そこまでゆけば
          神秘な光のマゼラン星雲
          その星雲は銀河系外
          銀河鉄道のはてなる星雲
          ぼくもゆきたい南半球
          この目でみたい南の星座

五 郎  そこは銀河の果てで、一〇数万光年の彼方、別の宇宙がある。つまり、宇宙の時間と空間、それをつづけて四次元の時空ていうの。
とし江  ジクー?
五 郎  時空、つまり、今日のアインシュタインの相対論的な宇宙像を理解するには……
とし江  あんた、いつも女の子に、そんとな話、大真面目でしよるの。
五 郎  すいません。じつ言うと、ぼくじゃてようわからん。
   
    二人で笑う。
   
とし江  五郎さんて、ジョバンニみたい。
五 郎  童話の少年か。それでどうなるの、二人の旅は?
とし江  カムパネルラは死んでしもうて、ジョバンニはひとりぽっちになるん。
五 郎  ひとりぽっち……それは生きて帰るいうこと。
とし江  ええ。
五 郎  銀河鉄道とは死の世界……いや、生と死の中間なのかな。
   
    間
   
とし江  ジョバンニも星をみるのが大好きなの。貧乏なんよ。お父さんがおらんで、お母さんが病気で、学校の帰りに印刷工場へよるの、アルバイトしに。
五 郎  似てるなあ、印刷工場なんて。
   
    間。とおくで列車の警笛。
   
五 郎  ……列車が鉄橋渡って……灯りが西へ向っていく――
とし江  ……汽車のなかで旅人は、リンゴをむいたりわらったり……。銀河鉄道のなかにあったの……ほんまに、あんとな美しい旅ができたら……
   
    間。
   
五 郎  夢の旅……ぼくが星をみていて……あの気持ちも夢の一種かな。いま、宇宙と自分はひとつにとけ合っているんだと……
   
    間。
   
とし江  (クスクス笑う)
五 郎  おかしいかなあ――
とし江  宇宙と自分がひとつじゃなんて、人間ばなれしとるよう――
五 郎  いや、ぼくはよういわれます。おまえは人間よりも星の方を愛しておる……
とし江  ――ほんまに、星の方を。
五 郎  人間て、複雑で信じきれん。星の世界は神秘じゃろうが、人間のようにはあざむかん。
   
    間。しばらく。
   
とし江  あの、もっとききたいわ。
五 郎  え?
   
    とし江はうたいはじめる。
   
    М〈ききたいの・宇宙の秘密〉とし江・五郎

とし江  ききたいわ 星の話
          星に生命(いのち)があるなんて
          うちの知らない宇宙の秘密
          もっともっとききたいの
五 郎  あれらは恒星 ひとつひとつは
          まばゆく光るみんな太陽
          それでも目には針の先ほど
          そんなに遠い恒星(ほし)の距(へだ)たり
          わかりますか 宇宙の秘密
とし江  それから それから もっと教えて
五 郎  やがて星の燃えつきるとき
          突然爆発ガスとなって
          とび散りひろがる宇宙空間
          超新星のかがやく最後
          わかりますか 宇宙の秘密
とし江  それから それから もっと教えて
五 郎  やがて星の燃えつきるとき
          突然爆発ガスとなって
          とび散りひろがる宇宙空間
          超新星のかがやく最後
          わかりますか 宇宙の秘密
とし江  それから それから もっと教えて
五 郎  ガスはただよう 宇宙の静寂(しじま)
          億万年にいつしか引き合い
          密度高まり白熱と燃えだす
          核反応の星の誕生
          わかりますか 宇宙の秘密

とし江  目がくらむよう……
五 郎  まさに三千大千世界じゃ……
とし江  なあに、それ?
五 郎  仏教のことば。宇宙のこと。
とし江  あんたの家、お寺さん?
五 郎  ……お寺で育てられた。そのせいかな。生者必滅という言葉があるでしょう。人は必ず死ぬる。だから人を愛するということは、滅びるものに執着をもつということになる。
とし江  (笑う)へんじゃね、若いのに。お釈迦さんの悟りみたいな――
五 郎  悟りか……ぼくはね、自分を宇宙の子じゃと思うとるが――悟りかな?
とし江  宇宙の子? まあ、へんじゃ。……あんた、仏教とか、宇宙の神秘とか、そんとな本をよみすぎたんじゃないん。
五 郎  そうかな。
とし江  ね、下界をのぞいてみない。街のネオンがきれいじゃこと。
五 郎  うん、こっちのほうが楽しいかな。
   
    二人は笑う。
   
    3 主人のこころ
   
    「銀河」の店のなか。
    証明くらく、ひっそり。
   
主 人  (モノローグ)……できることなら、それは避けたい。……絶対に避けたい……といって事態がすすんでいくのを黙ってみていていいものか。……
   
    ふみ子と太吉があらわれる。
   
太 吉  おねがいがあるんじゃけど、マスター。五郎ととし江のことなんじゃ。
主 人  ふむ……
ふみ子  とし江、すごく悩んどるん。いたましいくらい。このごろ、ぼやっとしてて、レジは間違えるし……
太 吉  原因は五郎の態度がはっきりせんからなんじゃ。あいつもとし江を嫌うてはおらん。それなのになにかにえきらん
主 人  ふむ。
太 吉  マスター、きいてほしいんじゃ、五郎の本心を。
主 人  なんて?
太 吉  とし江を好きか、好きでないか。彼女はプロポーズしとるんじゃけえ。
主 人  わしに、二人の仲をとりもて、いうんじゃな。
ふみ子  いいカップルじゃ、思わん?  マスター。
主 人  ……
   
    間。
   
太 吉  なにかあるの? 五郎の奴に。
主 人  あんた方の善意はようわかるがの。……しかし、善意は必ずしも……例えば、地獄への道は、善意の敷石でしきつめられている、という……
ふみ子  地獄への道? マスター。
主 人  いや、諺じゃ、諺。たとえ話がまずかったかな……。
   
    間。
   
太 吉  ……マスター、わしらなにか、事情知らんで、出すぎたことをしよる、そんとな気がしてきたが……。
主 人  うむ……(否定はしない)
   
    間。
    二人は退場。
    主人ひとり、チィ子そっとあらわれる。
   
チィ子  あの……五郎さんのことじゃけど。
主 人  うむ。
チィ子  あの地図、地図と五郎さんと……
主 人  地図? それがなんだ。
チィ子  おじさん、よう地図をみとりなはりますね。お部屋に貼ってあって、いつも暗い怖い顔して見とりなはるのよ、地図を。
主 人  そうか。
チィ子  うち、閃いたん、閃いたん。
主 人  なにが。
チィ子  五郎さんのこと、お客さんに聞いたん。五郎さんが印刷工場に入る前、どこにおったか……
   
    光のエリアがせばまり、主人ひとりにしぼられる。
    背景に地図が映ってくる。川が流れている都市図。中央に赤い×印と、それを中心にした同心円の輪。
    そして、主人の過去を意識を意味するさまざまな効果音・音楽などが入ってくる。
    それらがしばらくつづき消えてゆく。
    主人のソロがはじまる。
   
    М〈地図のまんなかの赤い印〉主人

主 人  見てください 見てください
          目を凝らして 見てください
          地図のまんなか 川がわかれ
          橋が三つ集まるところ
          そこにしるされた赤い印を

          赤い印 川と橋と碁盤目の街
          地図の街には 人はみえません
          ただ赤い印 人はみえません
         
          でも街には人がいっぱいでした
          人が人が 男が女が いっぱいでした
          いっぱい住んでました 街には
          そこを狙っての印です 赤い印は
   
    B29を連想させる飛行機の爆音。それがバックに流れて、
   
          高度一万メートルからは
          一万メートルの高みからは
          人は見えません 街は抽象的で
          赤い印はターゲット
          みてください 目を凝らして
          落された印 赤い印を
          人を焼きつくす火の玉の印!
   
    遠い意識のなかを、原子爆弾の爆発音のイメージが流れてゆく。
    つづいて数万の人々の阿鼻叫喚を思わせる長い長い声がつづいて弱まってゆく。
   
          日ごと夜ごとくりかえします
          それがわたしの意識なんです

    明るくなる。
    主人の前に五郎、そばにチィ子。
    五郎は明るい感じの服装。

五 郎  今日は、マスター。チィちゃん、ごきげん、どう?
チィ子  まあ、うちにまで「ごきげんは」なんて、五郎さん見ちがえちゃう。うれしいこといっぱいあるんじゃね。
五 郎  いや、別に……その、いままでのぼくは、神経質すぎたんじゃ。
チィ子  すると、心境の変化ね。うらやましいな、しあわせそうで。
五 郎  そう。ありがと、チィちゃん……。あの、マスター、むずかしい童話じゃねえ、「銀河鉄道の夜」て。三回読んだけど、ようわからん。わからんくせに妙に心にひっかかる。不思議な話じゃ。
主 人  だいぶ、はまりこんどるみたいじゃな、「銀河鉄道の夜」に。
チィ子  彼女の影響もあるんじゃないん? とし江さんの。
五 郎  ま、それも、ないとは言えんけど。
チィ子  かくさんでもええんよ。それがいちばん大きいんよね!
主 人  チィ子!
   
    チィ子は沈黙、そして退場。
    間。
   
主 人  相談とは、どういうことかね?
五 郎  ……あの、率直に言ってぼく、恋愛をする資格のない人間じゃと、思いこんどりました。……人に愛されて、それで、相手をしあわせにできる、そういう確信のある人間でなきゃ、人を愛する資格はない。……思うてました。どうも、うまく言えんな。
主 人  いや、ようわかるよ。それで相談とは?
五 郎  なぜ、ぼくがそんとな考え、恋愛をする資格のない人間じゃなどと、自分をきめてしもうたか、わかりますね。
主 人  わかるとも。いたいほど。
五 郎  そうですか。じゃ、マスター、言うてください。ぼくに決断を与えてください。マスターの決断に、ぼくしたがいます。もう、考えに考え抜いた結果なんです、マスター。
主 人  言うてごらん。
五 郎  ぼく、とし江を愛して……愛する資格ありますか? マスター。
主 人  ……ある、立派にある!
    4 平和公園
   
    現代的なあかるい音楽。
    幾組ものカップルによる恋人たちの合唱と踊り。それらのなかに、五郎ととし江の一組もまじる。
   
    М〈恋人たちの平和公園〉コーラス

          恋は楽しく公園で
          愛はやさしく公園で
          夢はまどろむ公園で
          恋は太陽
          愛はあお空
          夢は夕映え
          おお 平和公園
         
          恋してます平和に
          愛してます平和に
          夢みてます平和に
          平和なればこそ
          恋も愛も夢も
          平和なればこそ
          恋人たちの
          おお 平和公園
   
    公園のあたりは、たそがれの光できわめてあかるい。とあるベンチでの、五郎ととし江の語らい。
   
とし江  夢って、天文学者?
五 郎  バカな。もっと現実的さ。国鉄に入ること。
とし江  試験受けた? 国鉄の。
五 郎  (首をふる)世の中、志望通りにゃいかん。
とし江  うちも駅の売店で売り子したことあるん。看護婦にもなりたかったんじゃけど……。でも、いまのお店が一ばん合うとるようね。音楽の夢を売るんでしょう……。
五 郎  ふみさんとはお店で?
とし江  彼女は先輩なの。あの――うちとふみさんと内緒の計画あるん。夢よ。
五 郎  なんじゃろう?
とし江  将来、お金出し合うてね、小さなレコード・ショップやろういうの。
五 郎  そりゃ、結婚してのこと?
とし江  ええ。十年計画。コンパクトなきれいなお店。まだ空想の段階。……おかしい?
五 郎  女性の夢ってリアルじゃのう。
   
    間。どこからか風にのってコーラスがきこえてくる。この街の悲しい記念日を連想させる曲。
   
とし江  五郎さん……記念日、どうしとる?
五 郎  ……あんた、一度も、ぼくの両親のことたずねなんだね。
とし江  間違うたらかんにんね。五郎さん……ご両親、原子爆弾でなくなられはったんでしょう。
五 郎  (うなずく)……ぼくが育てられた孤児育成所はお寺での。ぼくはいちばんチビで、みんなで焼跡に南瓜やお芋を植えて共同生活をした。
とし江  ご両親、覚えとらんの?
五 郎  (うなずく)……母さんが、白いきれいな顔じゃったような……。
とし江  爆弾のときは?
五 郎  (首をふる)原子爆弾ということばは、ずーっとあとの、記念日のときにきいた。花火や花電車や、街では踊りおどって賑やかじゃった。……その日、ぼくら育成所のこどもは、みんなして焼跡の土を拾うてきて――和尚さんの、おじいちゃんがいわはった。……「この土を、ご両親のお骨じゃ思うてご供養せい」……おじいちゃんはこわい顔していうた。「みんなの両親は殺されたんじゃぞ、原子爆弾で。……それを忘れて平和はない。それを忘れて、口先で平和平和とさわぐだけの平和はいつわりの平和じゃ!」
   
    とし江は衝撃をうけたように立ち上がる。
    間。
    五郎はとし江の顔をじっとみる。
   
五 郎  あんた!……泣いとる、ぼくの話に泣いてくれとるの!
   
    とし江はしずかにうたいはじめる。
   
    М〈ぼくは愛をしらなかった〉とし江・五郎

とし江  うち知りません
          記念日の意味
          よう知りません
          記念日は灯籠ながし
          きれいな灯籠ながし
          きれいじゃけれど
          なんとなく悲しい気持の
          灯籠流し
          あかりの 川に流れて
          あかりの 遠うなって
          ポツリポツリと消えてゆく
五 郎  ぼくはひとりぽっちなんだ なぜ?
          仲間はみんな街を去っていく なぜ?
          知られとうないその思い わかる?

          過去を 過去を ああ
          ぼくらは原爆孤児
          原子爆弾のみなし児
         
          知られとうない 忘れたい
          忘れて生きたい その気持ち
          わかりますか?
         
          おじいちゃんは教えた
          体と心を強うもって
          人に迷惑をかけんよう
          普通の人間として生きよ
          原子爆弾はのう
          原子爆弾は世界の人類が力を
          一つに合わさにゃ
          解決でけん
          そんとな そんとな
          大きな魔物なんじゃ
          生きよ生きよ 歯をくいしばり
          普通の人間として生きよ
          おじいちゃんは教えた
とし江  五郎さん
          あんた孤児じゃけん
          結婚もせん人も愛さん
          ほんまにほんまに
          そう思うてきたん
五 郎  ぼく知らんかった 愛いうもん
          知らんかった 恋いうもん
          知らんでやせがまんを言うとった
          やせがまんの青春を!
          あんたがそれを気づかせて
          あんたがそれを 人間の
          しあわせいうもん気づかせて
          ああ とし江!
   
    五郎はよろめく。ひどく苦しそうな様子。
   
とし江  どうしたん? まっ青。まァ、汗びっしょり……
五 郎  なあに大丈夫。……ぼく、どうしても、もうひとつ告白しておくことが――
とし江  告白? いうて……
五 郎  じつはね……ずーっと悩みつづけてきたんだが、……
とし江  どうしたん? 苦しいんじゃろ。
五 郎  ……時々……でも、静かにしとればじき直るよ。
とし江  息が苦しい? ……どうなん?……
五 郎  ……(口がきけない)
とし江  ま、ひどうふるえとる。どうしたんじゃろう。
五 郎  ……
とし江  (五郎の胸にさわる)胸がどきどきしよる。……だれかをよんでくるからね。(立って叫ぶ)どなたか、おねがいします……急病人なんです!……どなたか、きてえ!
   
    一組の男女。女は看護婦らしく、五郎の様子をみる。
   
 女   救急車よびましょう!
   
    男が走ってゆく。
    まわりに人々が集まってくる。
   
とし江  寒い?……五郎さん、こんなにふるえて……うち、そばにいるからね。
   
    とし江は人目を忘れて五郎を抱く。
    間。遠くから救急車のサイレン。
    静かに溶暗――
   

    5 原子爆弾の病院
   
    原子爆弾の病院・院長室。
    照明は全体に暗い。
    部屋の中央に、椅子にかけた病院長の姿が浮びあがる。
    瞑目している。
    部屋が明るくなり、若い医師が登場。院長にカルテをみせる。
   
院 長  君の診るところでは?
医 師  長くても一週間です。
院 長  うむ。……一週間か。ちょうど原子爆弾の記念日だね。
   
    若い医師はしずかに退場。
    間。
   
院 長  (モノローグ)……現実はますます暗くなってゆく。核兵器の開発は競争ですすめられ、……このまますすめば、いずれ地球滅亡の戦争にゆきつかざるをえまい。それでいながら人類の大多数は、その事態を意識しまいとしている。……なぜ、そうなって行くのか?
   
    間。しばらく。
    照明あかるくなる。
    院長の前にとし江がいる。
   
とし江  あの人が助からんということは、もう前からわかっとって……残酷です、先生!
院 長  われわれ医者にとっても、残酷きわまる! そうなんですよ、核兵器とは。
とし江  ……先生、うち、わからんわ……ようわからん……
院 長  原子爆弾投下……このおそろしい出来ごとは、個人の罪、個人の意識の問題としては裁ききれん問題なんですよ。わかるかね、娘さん。
とし江  では、だれが悪いんですか?  先生。あの人は、昨夜、夜っぴて苦しんで、こう言いました。ぼくはもうすぐ自然にかえるじゃろう。でも、でも、ほんとうは殺されるんじゃ、と。
院 長  ……それは、ほんとだ。殺されるんです!
とし江  では、では、だれが殺しているんですか? 犯人なんですか? あの人、五郎さんを!
院 長  (苦悩のようす)……人類だ。
とし江  人類?
院 長  人類の罪だ! 文明の罪だ!……だから、人類は五郎君に償いをしなければ、……しかし、なにもしない、なしえない……
   
    間。
   
とし江  先生、教えてください、あと幾日くらい? あの人。
院 長  ……多分、もう、――原子爆弾の記念日までもてば――
とし江  原子爆弾の記念日。
   
    とし江舞台前面に。客席に向かってうたう。
   
    М〈みな殺しの記念日〉とし江

          記念日の意味 知りませんでした
          それがもつ意味 知りませんでした
          とてもとても とてもたくさんの人
          やかれただれ 死んで死んで死んでった
          なんのために やかれただれ殺されたのか
          知らなかった 知りませんでした なぜ?
         
          ああ記念日 みな殺しの記念日よ
          五郎さんもその仲間入りする ああ
          二〇年もたったいま! なんて……
   
    暗くなる。
   

    6 〈無声慟哭〉
   
    明るくなると「銀河」の店。主人をなかに、太吉、ふみ子、チィ子。
   
太 吉  じゃ……五郎は、もう確実に……
主 人  幼児に受けた原爆の放射線による後障害だということだ。それは四年前の入院で、すでにわかっておったが、一時的に回復して、まったく健康体にみえていた。しかし、病気の予後は普通三~四年、治療とは、一時的に生命を延ばすだけのもんらしい。
   
    チィ子は泣いている。
   
主 人  ……四年前、五郎君が原爆病院を退院する前、わたしは院長先生から相談を受けた。先生は、ともかく本人を、明るく力いっぱい生きさせてやりたいと。
太 吉  五郎は、気づいとりますか? 自分の運命を?
ふみ子  とし江は、どこまで知っとるん?
主 人  (かなりの間)……昨日、とし江さんのお母さんと兄さんがみえての。……五郎君の入院の状況もよう知っとった。――わたしから説得してほしいと泣かれてのう。
ふみ子  説得いうて?
主 人  もう、病院へは絶対行かんように。
ふみ子  ひどいわ!
主 人  そう思うかね?……わたしにはそれを非難する資格はない。……チィ子を五郎君に必要以上に近づけまいと気を使っていたからね。
チィ子  (声をあげて泣く)……苦しい!……(嘔吐をもよおす)
ふみ子  チィちゃん、休みんさい。
   
    ふみ子はチィ子を介抱して去る。
   
主 人  ……一応三年。悲しいがそう限定して、彼をどのように見守るか?……彼になにをしたら……わたしより後から生まれ、もうすぐ世を去ってゆく彼に……(涙をぬぐう)……人並みの、平凡な、だれでもが受けられる幸せ。――まず働くこと、仕事をし、自力で生きているというよろこび、あこがれ、希望――。……でも彼にいちばん必要なのは、なにより愛じゃ。母の愛、父の愛を知らない彼に……にもかかわらず……(ぐったりする)
太 吉  わしら、働いて給料稼ぐだけ。……原爆のゲの字も、平和のヘの字も語り合うたことはなかった。
   
    ふみ子は帰ってきている。
   
主 人  ……あの人に、とし江さんに、なんというたらええ?
   
    間
   
太 吉  (ふみ子に)わしが、もし白血病じゃとわかったら、どうする?
ふみ子  (びっくりして)なによ、そんな。
太 吉  きみがとし江の姉じゃったら、どうする? みすみす死ぬとわかっとる恋人を……。
ふみ子  あんた、なに言うつもり。とし江に五郎から離れろいうつもり?
太 吉  おれが五郎の立場にあれば、こう言う。(感傷的に)おれのことは忘れてくれえ。あんたには未来がある……。
ふみ子  そんなメロドラマのせりふなんか、用はないの!
太 吉  メロドラマかな。
ふみ子  ひどひどのメロドラマ。それがあんたの発想なの、あきれた!
太 吉  そいじゃ、おまえの発想はどうなんじゃ?
ふみ子  (すごく真剣な表情)うち、言うてやる、とし江が妹なら。……五郎さん、寿命があとわずかじゃとて、なにもお墓の中までいっしょにいくわけじゃなし、お互い、生きとるからこそ恋なんじゃろう。……自由にすりゃええのよ! あんたの自由、離れるのも、そばにいるのも、自由よ!(ワッと泣く)
主 人  ……そうだ、自由――彼女の自由……なんでそれを。
   
    とし江が登場。ふみ子かけよる。
   
ふみ子  とし江! あんた……(抱きついたまま泣きつづける)
とし江  (一同をみて、けげんそうに)なにがあったん?
太 吉  (とし江の視線にとまどって)いや、その、……なんでも、なんでもない。
主 人  とし江さん、いま五郎君の……
とし江  (言葉を取るように)白血病のことを?
主 人  それを、あんた、いつごろから?
とし江  でも、うち、ずーっと前から、予感しとったんね。なにやらわからんもんじゃけど、なにかがある……
ふみ子  予感て、白血病を? ほんま、あんた。
とし江  ようわからんの。はじめて会うた晩、この屋上で星をみながら、なに気なくあの人が言うた言葉、忘れられんの。「ぼくは宇宙の子じゃ思うとる、宇宙の意志によって……」
   
    間。
   
主 人  あんた、これからどうする?……
とし江  ……よう考えとりません。考えても、考えなくても、あの人はすぐいってしまう。……まだ婚約を……いえ、婚約なんて言葉、……ただ、ただ、不思議なん、あの話。「銀河鉄道の夜」の……この人素直で内気で、ジョバンニみたいな人や思うとったんが、カムパネルラだったん。五郎さんはカムパネルラだったん。カムパネルラ……うちがジョバンニ。それなら、うち、どないしたらええんか……。あの人は、もうすぐ遠いところへ行ってしまう……
主 人  (霊感を受けたように)無声慟哭じゃね、わたしもいまそれを考えた。
ふみ子  なん? ムセイドーコク?
主 人  ……声もなく、心で哭く。「銀河鉄道の夜」の作者が、まさに死なんとしている妹に詠んだ詩じゃ。
   
    音楽、しずかに――
   
とし江  (明るく、平静に唱える)
          けふのうちに
          とおくにいってしまう
          わたくしのいもうとよ
          みぞれがふって
          おもてはへんにあかるいのだ
   
    照明はとし江にしぼられ、うたになる。
   
    М〈あめゆじゅとてちてけんじゃ〉とし江

          妹さん とし子さん
          うちの名は とし江です
          兄さんに あの美しい
          詩をかかせて 遠くへ行った
          小さな妹さん
          うちもゆきたいの 雪をひろいに
          さいごのお椀の 雪をひろいに
          あめゆじゅとてちてけんじゃ
          うちもゆきます 五郎さん!
   
    場面があかるくなると、そこは銀河鉄道への旅行の出発点。「銀河」の屋上のようでもある。
   
    7 銀河鉄道の旅

    (A) 出発
   
    とし江のまわりに見送りの人々。主人、太吉、ふみ子、チィ子、職場の仲間らしい人々。ふみ子とチィ子は花束をもっている。
   
チィ子  いたァー。
ふみ子  どこ行っとったん? とし江。
主 人  早う支度せいや。
ふみ子  五郎ももうすぐくるはずよ。
とし江  五郎さん?
主 人  なに、ぼんやりしとるんじゃ。何分もないぞ、列車の出発まで。
とし江  列車? どこへ行くん?
ふみ子  あら、この娘、あんまり嬉しうて、度忘れしとるんじゃね、新婚旅行。
とし江  新婚旅行?
太 吉  わしらをだし抜いて、記念日にゴールインとは! うまくしてやられたなあ。
とし江  うち、今日、式をあげたん?
主 人  その通り、君たちの新しい人生の出立の日!
とし江  そうじゃ! うちは今日結婚したんよ。
チィ子  (花束をおくる)おめでとう、とし江さん! 五郎さんとしあわせにね。
とし江  ありがとう、チィちゃん、ほんまに!
一 同  (さまざまな贈りものをとし江にするしぐさ)おめでとう! おめでとう!
主 人  さあ、みんなさがって、列車が入ってくるぞ!
   
    音楽――
    透明なガラスのような感じの車台がはいってきたらしい。
    それと共に五郎の姿。
   
とし江  五郎さん!
   
    見送りの人々。合唱。
   
    М〈いってらしゃい ハネー・ムーン〉コーラス

          いってらっしゃい!
          ハネー・ムーンに
          いってらっしゃい!
          星の彼方へ
          いってらっしゃい!
          銀河はひろびろ
          いってらっしゃい!
          夢の列車で
          乗ってらっしゃい!
          銀河鉄道
          いってらっしゃい!
          いってらっしゃい!
   
    あっという間に人々は消える。
    列車の進行音と、背景をゆっくり移動してゆく星空。
   
五 郎  とし江!
とし江  五郎さん、あなた!
   
    二人は抱き合う。
   

    (B) 白鳥
   
    (背景の説明――以下、場面の背景は、せりふ内容に応じて変化してもよい。観客の想像力にゆだねるも、あるいはスライド投影など、自由な美術的処理によってもよい)
    チャイム。スピーカーの声。
   
スピーカー 銀河ステーション、銀河ステーション!
   
    声で気がつき二人は外をみる。
   
とし江  ……ま、ダイヤモンドがいっぱい!
五 郎  手がとどきそうじゃ!
とし江  目がくらみそう……
五 郎  銀河のまっただなか!
   
    外をみていた二人は、顔を見合す。
   
とし江  ……疲れた? 顔色が少し青いわ。
五 郎  緊張しすぎたせいよ。銀河鉄道にのれたんで。
とし江  ああ、うちらはいま、銀河鉄道に。
五 郎  ぼくはとうとうカムパネルラになったよ。(笑う)
とし江  (童話劇風に)カムパネルラ!……どこまでもいっしょに行こうね。
五 郎  (それを受けて)ああ、いこう、ジョバンニ。
   
    二人は笑う。
   
五 郎  (外をみて)すごいスピードみたい。
とし江  ……どの辺、走っとるん?
五 郎  (外をよくみて)多分、もうじき、白鳥の駅じゃないかな。
とし江  あら、みて! みて! 空のすすき。
   
    とし江は〈天のすすき〉をうたう。
   
    М〈天のすすき〉とし江

          青い夜空に しろじろと
          すすきのかげや 天の川
          銀の砂子(いざこ)の ちりじりに
          ひかりけぶれる 星のかげ
          天のすすきは しろじろに
          ゆれてながれて はてしらず

五 郎 (じっと外をみつめて)とうとう来た、天の野原へ。
とし江  小さな灯りがたくさん……
五 郎  三角標だよ、みえる、みえる。
とし江  なにが?
五 郎  天の川の水。……ほら、うすい微かな波。
とし江  ちらちらと……うす紫色の。
五 郎  水素よりも透きとおっている――
とし江  花、花がいっぱい、りんどうの花よ。
五 郎  すっかり秋じゃねえ……
   
    二人はじっと窓外をみる。
    車掌があらわれる。
   
車 掌  本日は銀河鉄道へようこそ。この列車は超特急マゼラン二号。アンドロメダ始発、カシオペア、白鳥、ケンタウルス経由、サザンクロス行。間もなく、進行方向右前方に、北十字と呼ばれます有名な十字架がみえて参ります。
   
    静かに〈ハレルヤ・コーラス〉が入ってくる。
    いつの間にか前後の座席にコロスの人々。祈りの姿勢で立っている。
    背後の一方から青白い光が近づいてくる。二人は思わず立ち上る。
   
車 掌  青白い後光に包まれた銀河の中州の上に、金色の円光をいただくこの十字架は、銀河鉄道白鳥区最大の聖地でございます。
   
    ハレルヤ・コーラス。
    青白い光は次第に移動し、コーラスも遠ざかり、コロスの人々も着席。
   
車 掌  間もなく列車は白鳥駅に到着の予定でございます。
五 郎  (とし江に)訊いてみよう、銀河鉄道の列車速度。
   
    五郎は歌で問いかけ,二重唱になる。
   
    М〈一○万光年・三時間〉五郎・車掌

五 郎  もしもし銀河の車掌さん
          列車速度は何キロです?
車 掌  列車速度はお客さん
          三次元地上のことですね
          ここでは無意味ナンセンス
五 郎  どうしてそれがナンセンス?
車 掌  銀河宇宙の直径は
          ご存知一○万光年で
          列車はそれを三時間
          走るとするならその時速
          三万三千三三(さんさん)年
五 郎  三万三千三三年。
車 掌  おわかりですか、お客さん
五 郎  ぼくの頭はチンプンカン
車 掌  それもそのはず この速度
          光の速さの 何億倍
          物理学上不可能と
          かのアインシュタイン大博士
          おっしゃったではないですか
五 郎  ということは どういういうこと?
車 掌  ということはナンセンス
          さっぱりおこたえしかねます
五 郎  ちっともさっぱり わかりません
車 掌  間もなく白鳥駅、二十分間停車、駅前広場の銀杏並木をゆくと、すぐ銀河の河原に下りられます。
          間もなく白鳥駅。(退場)
   
    窓外を光がチラチラとよぎる。
   
とし江  白鳥の駅だわ。……停った。
   
    コロスの人々は静かに立つ。
   
とし江  駅前広場の銀杏……葉がみんな水晶細工みたいに光って、……あの道を降りると銀河の河原よ。
五 郎  ぼくらもいこう。
   
    二人は立ち上ってかけだす。暗くなる。
   

    (C) 河原
   
    舞台前面の下部に、ゆれうごめく青い光。キラキラ光る石や砂。とし江と五郎があらわれる。
    二人はしゃがみ、砂を手に取る。
   
五 郎  よくみて、この砂……、
とし江  なかで、なんやら、ぼーっと…
五 郎  微かにもえとるんよ、火みたいなもん。
とし江  (小石をひろう)小石も水晶よ。
五 郎  そっちの石、黄色に光っとる……
とし江  あら!……トパーズかしら。あ!こっちの石、猫目石よ、きっと。
五 郎  猫目石? なら、高いじゃろうねえ。
とし江  夢みたい! ほんまに。
五 郎  それ、青く光っとるの、サファイア?
とし江  うちの誕生石。でも、さわったこともなかったんよ。いつもウィンドごしに眺めとっただけ。……ね、拾うてもいいんよね。
五 郎  さあ……わからんのう、天の河原のもんじゃけえ。
とし江  ね、神さまがうちらの結婚祝いにお贈りして下さった、そう思うて。
五 郎  なら、ひとつだけ、ひとつだけにしときんさい。
とし江  ほいじゃ神さま、このサファイアちょうだいします、結婚祝いに。……ありがとうございます。……あの、あの、この猫目石、おまけしといて。(手早く、もう一つ拾う)
   
    二人は笑う。
    二人はさらに数歩前に出る。そこには虹のような光がゆれている。
    五郎はそっと手を出す。
   
とし江  みず、つめたい?
五 郎  うん……微かに……ね、チラチラと燃えとるじゃろう、波が。
   
    とし江も並んで手をさし出す。
   
五 郎  もう、時間がないよ。ゆかにゃ……
   
    二人は手をとって立ち上る。
    風のように体が浮いた感じ。
    暗くなる。
   

    (D) アルビレオ
   
    列車の警笛、進行音――
    明るくなると元の車室。乗客たち。
    列車はすでに進行している。
    五郎ととし江。
   
五 郎  ね、体が風になったよう……
とし江  河原から銀杏並木、すーっと走って、
五 郎  息も切れない、不思議じゃ。
   
    ボロ外套、赤ひげの男、荷物を背負って登場。
   
赤ひげ  (二人のとなりへ)ここ、ようござんすか?
五 郎  どうぞ。
赤ひげ  (二人をよくみて)や、ご新婚、こいつあ野暮な……
五 郎  かまいません、どうぞ!
赤ひげ  (すまなそうに)どうも、むさくるしいなりで、ごめんなすって。あっしゃ、昔、軽便のころからこの格好で通してるんだが、どうも近頃は似合わねえ。
   
    乗客の一人が口をはさむ。
   
 客   この人は昔から、銀河鉄道の名物の方で。
とし江  あの……天の川の鳥を捕まえる方?
赤ひげ  そう、そうなんで。……けっこう知られているんだなあ。
五 郎  捕まえるって――なんの鳥でしたか?
赤ひげ  なんだって。鷺・雁・鶴……もともと鳥ってのは、天の川の砂が凝って、ぼーっとできてるもんなんで――
とし江  砂が鳥になるんですか?
赤ひげ  そうなんで……
   
    赤ひげはうたいはじめる。
   
    М〈赤ひげ仕事唄〉赤ひげ

          (サーサ ハイハイ ホイトコラ)
          砂が凝って 鳥になる
          鳥の生命(いのち)も もとは砂
          生命おわれば 砂になる
          サーサ ハイハイ ホイトコラ
         
          あっしゃ赤ひげ 鳥さしで
          しがねえ商売 天の川
          鳥めを待って 日をくらす
          サーサ ハイハイ ホイトコラ
         
          鳥はひらひら 天の川
          雪のふるよに 舞い下りる
          あっしゃ河原で 身がまえる
          サーサ ハイハイ ホイトコラ
         
          あっしゃ鳥さし 赤ひげで
          鳥を押し葉に 固めては
          一羽なんぼで 売りまする
          サーサ ハイハイ 売りまする

赤ひげ  (包みを開いて)そら、いま河原で捕ってきたばかりの鷺でさ。
   
    平べったくなった鷺を何羽か取り出す。
   
五 郎  (手に取って)ほんとに鷺だ。
赤ひげ  鷺はね、天の川の水に二三日さらさねえと食べられませんが、雁ならすぐ食べられまさ。こっちが雁ですよ。ほら――
   
    雁をいくつも取り出す。
   
とし江  まあ、雁が、くちばしそろえて……
赤ひげ  ひとつ、あがりませんか。(雁の足をもいで差し出す。)
とし江  雁の足がとれた!
赤ひげ  さ、どうぞ――
とし江  ええ……(気味わるがる)
赤ひげ  さ、さ……(五郎にすすめる)
五 郎  (食べる)おいしい……チョコレートそっくりの味。
とし江  (こわごわ食べる)まあ、まるでお菓子。
赤ひげ  (他の客たちに)さ、どうぞ、どうぞ……
客たち  いや、商売ものいただいちゃ……
   
    みんなガヤガヤと雁を食べる。
   
赤ひげ  もう、ここらは白鳥区のおしまいで、(外をさし)ごらんなせえ、あれが名高けえアルビレオの観測所でさ。
   
    背景には以下のせりふに応じるように、黄・青・緑の三つの光がまじり合いながら通過してゆく。
    とし江のうたいはじめで、五郎、赤ひげの三重唱になる。
   
    М〈アルビレオの二重唱〉とし江・五郎・赤ひげ。

とし江  アルビレオ ああ
五 郎  ああ アルビレオ
赤ひげ  天の川の まんなかに
          大理石(なめいし)づくりの建物が
          これが名だたる
          アルビレオの観測所
          その平屋根の上ごらん
          しずかにまわるは玉二つ
五 郎  黄色くかがやく大きな玉
とし江  青くきらめく小さな玉
とし江・五郎 ふたつが重なる ああ
          エメラルドの光の環
三 人  バンザーイ! アルビレオ
赤ひげ  こいつァまさに銀河一だよ
          銀河一の眺めだよ
          いつみても見あきねえよ
          お客さん
   
    間。音楽が流れている
    車内販売のワゴンを押して売り子登場。
   
売り子  ただいまから、お弁当ならびに、銀河沿線のお土産販売をさせていただきます。ふたご座弁当、てんびん茶めしはいかがですか。アンドロメダ・ランチ、いるか座押ずしはいかがですか。
――   お弁当ふたつ。
売り子  はい。お弁当のお客さま。
――   新聞は、なにありますか?
売り子  銀河新聞、オリオン・タイムズ、ディリー・プラネット。
――   銀河新聞とプラネット。
売り子  ハイ、どうぞ。……銀河名産シリウスしぐれ、おとめ座おこし、ペガサス団子はいかがですか。白鳥まんじゅう、うしかいういろう、銘菓アルデバランはいかがですか。
――   あの、シリウスしぐれ、その、アルデバランてどんなお菓子?
売り子  ケンタウルス産の干ぶどうを、プレアデス・ブランデーにつけたおいしいお菓子でございます。
――   じゃ、その、アルデバランと、シリウスしぐれに、ええと、白鳥まんじゅう、ひとつづつ。
売り子  おひとつづつ、ありがとうございます。
赤ひげ  銀河くらげの塩(・)から(・・)、ねえですか?
売り子  すいません、くらげのビン詰は品切れでございます。
赤ひげ  ほかになにか、おかずになるもの。
売り子  かんむりかまぼこと、さんかく味噌漬、すばる焼など、
赤ひげ  かんむりかまぼこと、すばる焼くれ。
売り子  おひとつづつ、ありがとうございます。
   
    車掌が、検札に登場。売り子はワゴンを押して退場。
   
車 掌  お手数ではございますが、乗車券を拝見させていただきます。
   
    車掌は五郎の方へ。五郎は切符を出す。
   
車 掌  サザンクロスまで。ありがとうございました。
とし江  (切符をもっていない不安でおどおどして、)どこにあるのかしら……(あちこち探し、ハンドバッグから折りたたんだ紙片を出して)これかしら……きっとそうだわ。……(そのまま差し出す)
   
    車掌はそれをひろげてみている。
   
車 掌  これは無限周遊券です。お手数でした。
とし江  無限周遊券て?
車 掌  銀河鉄道に無限にご乗車できますが、ただし、最後はかならず出発地にもどらなければなりません。
とし江  サザンクロスで、いっしょに下車したいんです。
五 郎  (思わず)とし江、それはできない。
車 掌  ……困りましたね。この周遊券は特殊なものでして、必ず出発地――つまり三次元空間へお帰りになるという条件になっておりますから。
とし江  でもうちが、サザンクロスでどうしても下車してしもうたら――
車 掌  そうなさっても、結果は同じになりますよ。
とし江  ……どうしてですか?
車 掌  ……困りましたねえ。これを三次元空間の方に説明するのは、どうも……
   
    車掌は苦笑いして退場。
   
とし江  いや! はなれるなんて、いや! カムパネルラ。
赤ひげ  まあまあ、なげきなさるな。あんたは幸せですぜ。なあに、別れがつらいのはひとときです。あとはね、心のもちよう、いつだってどこだって、いっしょにいられるようになるもんでさ。
とし江  別れても、いつもいっしょですって?
赤ひげ  しがねえ渡世の、あっしのいうことだと思わねえで、あのブルカニロ大博士のお言葉だと思いなせえ。さて、みなさん、ごめんなすって。(荷物をもって、消えるようにいなくなる)
とし江  ……ブルカニロ博士……?……なんじゃろう?


    (E) 乗客たち
   
    ゴーという音。背景が暗くなる。
   
五 郎  トンネルに入ったのかな――(外をみて)真っ暗だ、なにも見えん。
とし江  天にも、トンネルがあるの?
   
    隣の席から船員が声をかける。
   
船 員  コールサック・トンネルですよ。
五 郎  コールサック、石炭袋……
船 員  ええ、通称石炭袋、暗黒星雲のトンネルを通過中です。(丁重な態度になり)お二人ともよくいらっしゃいました。今日は三次元空間でも記念日でしたね。
五 郎  (おどろいて)記念日? みなさんはどうしてそのことを……
とし江  こんな遠い銀河の果てにいて……
船 員  われわれが、はじめてこの鉄道に乗ったのも、この日なんですよ。
   
    乗客たちは、いつしか二人を迎える形をとっている。
   
女学生風の少女 あのときはえろう満員で、銀河鉄道の歴史はじまって以来の。
とし江  まあ、どうして? あのおそろしい記念日と、この銀河鉄道が……
女学生風の少女 これ、特別列車なの。
とし江  じゃ、みなさん、みんな原子爆弾の!……
   
    以下、台詞から歌にかわる。
   
    М〈レクイエム・五つの歌〉台詞とまじる五つのソロ。

女学生風の少女 
(台詞)あのとき、うちらは学校から建物疎開に動員されていて……覚えとります、ピカ!
          あの火の玉……あとはようわからん……(うたう)
          〽焼かれたわ べろべろに
          ただあるいたわ のろのろと
          水を 水を 水をください
(台詞)あてもなく逃げたん……そこへ黒い夕立……川のほとりまできて、うずくまって……気がついたら銀河鉄道に乗っとるの、みんな。焼けただれのお化けは嘘のよう、元のまんま。……
漁民風の男  (台詞)あれから七年、ぶらぶら病いうんか――……(うたう)
          〽息はしていた 七年間
          力がぬけて 身うごきも
          かなわず息だけ しておった
(台詞)暗いしめったバラックで、油虫のように生きとった、七年と六か月。長い長い、時間じゃ。
小柄な娘 (明るい調子で)父ちゃん、母ちゃん、姉ちゃん、ピカでみんな消えてしもうたん。……いろんなことやったわ。お風呂屋奉公、子守娘、カキの殻むき――なにをやっても、すぐ息が切れて……
          (うたう)
          〽なまけ女よ ピカ娘
          どこへいってもいじめられ
          とうとう川へ とびこんだ
          ああ死ねる ありがたや
(台詞)もっと早う身を投げとりゃよかったん。十二年目。あれは何橋じゃろ、おぼえとらんの橋の名を。(ケロケロ笑う)……
船 員  わたしはまぐろ漁船の無線長でした。南の海で操業していた。――
   
    船員はうたう。
   
船 員 〽わしらはみた まだ明けやらぬ
          海原の彼方 白いまばゆい
          かがやきを
          船は逃げたが ほどもなく
          さらさらさらさら 降り下りる
          白い灰に 死の灰に
          わしらの船は つつまれた
とし江  無線長さんだけは、特別な体験ですね。
船 員  わたしは、直接熱戦や放射線を浴びたのではなく、いわゆる〈死の灰〉にやられた。しかも水爆の実験場から一一〇キロも離れておった。
   
    突然、色の黒い南方系とみられる顔の青年が、うたうことで訴える。それを別の女性が通訳する。(通訳は台詞)
   
南の青年  (通訳する女性と)
          いるみれだらん いるみれだらん
(台詞)イワセテクダサイ イワセテクダサイ。
          ぐり ろげんらっぷ えいりんぎね
          うていりく みくろねしや みろん らむしん
(台詞)ワタシハ南ノ島ノ住民デス。
          ほらむらむ さらふあん やし
          さんぐおん ぷうるせいる
(台詞)フルサトノ島、青イ海ヨ。
          おお みろあのんのん
          ぶらぼうだばばん きゃふあー
(台詞)オオ、ミンナ消エ失セタ、デカイ火ノ玉。
          じゃらんもうく とうむとうむ
          きゃふああ みらあすううおん
(台詞)火ノ玉ガ、ミンナ吸イアゲタ。
          ぐりるがんまあ
          くるしるびる くるしるびる
          だある しろん しろのん
(台詞)ミンナ病気、苦シミ死ンダ、デモ、ダレモ知リマセン。
          みろんらむ ぐりる しろのん
          ぐりる とりい きれんそ
          とりい きれんそる
(台詞)南ノ島、フルサトノ歴史、消サレマシタ。
          とりい きれんそる おお!
   
    みんな、しんとなる。
    間。――
   
 女   あの、みなさん、地球滅亡の危険を、ユーモアで警告した歌、〈ビキニのお魚の歌〉を。
   
    人々は拍手。歌と踊り。魚の面をつけたダンスなど。
   
    М〈ビキニのお魚の唄〉
         
          プランクトンは チビ魚(うお)に
          チビの魚(さかな)は デカ魚(うお)に
          デカの魚(さかな)は 人間に
          食べられ生命(いのち)は つづきます
         
          小さな生命も 歴史あり
          億万年も つづいてる
          デカイ生命は えらくとも
          チビの生命が あればこそ
         
          ああそれなのに あたしたち
          ビキニのお魚 プランクトン
          原子の熱で 消えました
          チビの生命が 何億兆
         
          小っちゃな生命が 無駄に死に
          それが支えた 生物(せいぶつ)は
          姿を消します 地球から
          人類の手で 消されます
   
    歌と踊りがおわる。車掌が一歩前に出て、窓外を指さす。
    音楽――恐怖の惑星をあらわす。
   

    (F) 恐怖の惑星

車 掌  右前方をごらんなさい。恐怖の惑星がたいへん近くに見えます。
五 郎  恐怖の惑星……それは?
   
    乗客たち、前方を注視する。
   
車 掌  これは射手座エプシロン星を主星とする第四惑星で、質量は太陽系の地球一に対し〇・九五、赤道直径一万二千五百キロ。窒素と酸素を主成分とした大気に包まれ、惑星表面の七〇%は水圏、つまり海です。
五 郎  地球そっくり。生物もいますね?
車 掌  高い知能をもった惑星人がいます。
五 郎  それがなぜ「恐怖の惑星」と。
   
    車掌は妙な形の双眼鏡を二つ出して、五郎ととし江にわたす。
   
車 掌  惑星の表面をようくごらんなさい。
   
    二人は双眼鏡をのぞく。
   
とし江  ……赤い点のようなものが、いっぱい……
五 郎  あれは浮いているんだ、惑星の外に。
車 掌  人工衛星。しかも核衛星なんで、あの点ひとつが、一〇乃至(ないし)五〇メガトンの水爆なんです。
五 郎  それじゃ、あの惑星は水爆衛星でびっしり。
とし江  まァ、こわい!
車 掌  惑星は一五〇の国家に分かれていて、それぞれの国が、競争で水爆衛星を打ちあげたのです。
とし江  狂人だわ! あの惑星の支配者たち。
車 掌  (あいまいに笑って)さあ……国と国の間に平和は、相手国の国民をみな殺しにできる核ミサイルの引き金だけが、保証してくれると、あの惑星の指導者たちは考えているのです。
とし江  それ、狂人でしょう!
五 郎  とし江、それは地球の話でもあるんだ!
とし江  地球?……うちが帰らにゃならん三次元空間のこと?
五 郎  車掌さん、(指をさして)あの恐怖の惑星とは、地球の幻ですね。そうでしょう!
車 掌  でも、これは射手座エプシロン星の第四惑星です。
五 郎  (狂おしく)地球!……ぼくの故郷だった地球。
とし江  (車掌に)あの惑星での、一般の人たち、どんな生活をしているんですか?
車 掌  それがですね、いたってのん気なんです。頭上の水爆衛星のことなんてなれっこで、みんな、目の前の利益を追いかけるのに血まなこでしてね。ま、反水爆衛星運動というものもありますが、大多数はあまり関心がないようですね。政治家たちもみんな票を金や利益で売ったり買ったりで、惑星を滅亡させる水爆衛星反対を訴えたって、さっぱり票にむすびつかないそうで……
とし江  みたくないわ! 恐怖の惑星なんて。いや、いや!
車 掌  ……水も空気も豊富な、いい惑星なんですがねえ。
   
    背景の一方が次第に赤くなる。
   

    (G) アンタレスの火
   
    舞台前面に赤い光がみなぎってくる。
   
とし江  なんでしょう、あんなに赤く、なにがもえてるの?
五 郎  赤くもえてる、あれはなんだ?
車 掌  わかりますか? もえているもの。
とし江  わかったわ、ああ、アンタレス。あれはサソリがもえてる火、サソリの火。
車 掌  はじめはそうでした。しかしいまはちがいます。もえているのはサソリではありません。
とし江  ではなにが、
車 掌  人間です。
とし江  人間が? どうして、どうしてなの?
車 掌  原子爆弾でやかれた人間、人間がもえているのです。
とし江  なぜ? なぜあのようにあかあかと、人間がもえなければ……
   
    乗客たちは、いまはまったくコロスの人たちとなって集団的に語り行動する。車掌の行動はコロスの長にあたる。

コロスの人々 人間は二十世紀になって、原子の火を使うことをおぼえました。
――   それはまっ先に生きた人間を焼きました。
――   しかも、まだまだ、生きた人間を焼かんがために、つくられ、蓄えられています。
――   太陽の第三惑星地球、わたしたちの生命がつながる三次元空間は危ういのです。
   
    コロスたち、二人を囲んで見守る。
   

    (H) わかれ

五 郎  とうとうサザンクロスへきた。
とし江  どうなるの? カムパネルラ。
五 郎  ぼくは燃えなければ、あのアンタレスで。みんなと共に夜の闇に赤く、赤く警告(いましめ)の火となって。
とし江  うちはひとりで戻るの? 三次元空間へ。もっと大きな人殺しの研究が、……殺人犯人たちが、……殺人犯人たちが英雄のようにのさばっている惑星。……いやよ、そんなところへ……帰るのはいや! カムパネルラ。
五 郎  殺人犯人!……いまそう言ったねえ、ジョバンニ。父母(ちちはは)は殺され、ぼくの生命もごく短いものにされた。――そのことをいつも考えながら、それを殺人犯人の責任だというようには、僕はどうして考えなかったんだろう。ぼくは三次元空間にいる間、老人(としより)のように死の意味ばかり考えた。死を怖れるのは、死ぬと愛するものと別れなければならないからだと。……でも、でも、愛とはなんだろう? 愛とは、生きているものを愛すること――愛とは生きることにつながる。だから、愛とは無意味に生命を殺すもろもろの悪と闘うことでもあったんだ。……いまのぼくにはそれもできない。アンタレスの赤い火となってもえつづけるだけ。それも三次元空間の人たちを愛しているからだ。三次元空間が死の世界になれば、アンタレスの火も意味がなくなる。ジョバンニ! やっぱり帰るんだ。
とし江  いや! いっしょに行くわ、カムパネルラ、いや、いや!
   
    五郎はうたう。
   
    М〈ぼくは燃える〉五郎

          ぼくは燃える燃えるのだ
          アンタレスの火になって
          とし江 ああ ジョバンニ
          君はもどるもどらねば
          もどってつたえておくれ
          アンタレスの火の赤く
          赤く燃えるその意味を
          アンタレスの火の意味を
   
    コロスは五郎を囲むようにして、おごそかな足取りで赤い光の方向に退場してゆく。
    とし江は金しばりにあったように動くことができない。
   
とし江  (叫ぶ)カムパネルラ! 五郎!


    (I) ブルカニロ
   
    突然大きな声。
   
 声   そうだ、カムパネルラ・五郎のいうとおりだ!
   
    いつの間にか黒い帽子の人が立っている。
   
とし江  ああ、ブルカニロ博士!
ブルカニロ 死んだ者には怖れも悲しみもない。恐れも悲しみも、それは、生きているものの感じなのだ。それが生きている証(あか)しでもある。人を愛するただひとつの道は、その怖れ悲しみに立ちむかい超えてゆくこと。カムパネルラ・五郎はもう遠くへ行ったのだ。
   
    舞台にいるのは、とし江とブルカニロ博士のみ。
   
とし江  おねがいです。うちも五郎さんといっしょに。
ブルカニロ いいかね、これからはみんながカムパネルラであり五郎なのだ。三次元空間は、人間がのり超えなければならない大きな危険な時期をむかえている。
   
    とし江がうたいはじめて、ブルカニロとの二重唱になる。
   
    М〈ブルカニロの教え〉ブルカニロ・とし江

とし江  うちは名もない娘です
          世界政治のあらそいに
          なんの力もありません
          うちになにができるでしょう
ブルカニロ 地上へおかえり ムスメさん
          戦争は大きなものだが
          ひきおこすのはみんな人間
          人間社会のおそろしい病気
          でもおこすのは人間の力
とし江  うちは名もない娘です
          なんの力もありません
ブルカニロ 地上へおかえり ムスメさん
          戦争の力は大きくみえても
          それを行うのは小さな人間の
          道を見失った盲目(めくら)の歩みだ
          さあ いまこそ小さな心を
          むすび合わせて 人が仲よく
          生きる道をつくりだすことを
          語りはじめなければならない
とし江  うちは名もない娘です
          なんの力も なんの力も……
ブルカニロ 地上へおかえり ムスメさん
          あなたの五郎がアンタレスの火に
          燃えてる意味をみんなに語るのだ
          語るのだ アンタレスの火の意味を
          その語りは小さくともいつか大きく育ち
          やがては戦争をなくす力になる
とし江  うちは名もない娘です
          うちになにが うちになにが……
ブルカニロ おかえりムスメさん あなたは地上に
          もどらなければならないのだ
          五郎への愛をすべての人々への愛に
          戦争をなくす力はすべて
          愛から生まれる 人間への愛から
          それが五郎といっしょに
          あなたが生きてゆく道だ
とし江  うちは帰らにゃ
          地上に帰らにゃ
          五郎さんのため
          みんなのために
          ほんとうに生きる道を
          地上に帰って
   
    その間にブルカニロの姿は消える。
    とし江はくずれる。暗くなる。
   

    エピローグ  三次元空間へ
   
    やがて、主人、チィ子、太吉、ふみ子の姿が、あらわれてくる。
    のみならず、ゾロゾロと劇のすべての登場人物、関係者が登場。
   
ふみ子  気がついたわ!
太 吉  もう、大丈夫じゃ。
   
    人々はとし江を支えおこす。
    主人、一歩前に出て、
   
主 人  台本によるならば、わたしがソロで
          ああ 銀河鉄道
          生と死の間(はざま)の
          かの詩人の幻想……云々と続きます。しかしもはやこの時間と空間は、純粋に演劇のそれではありません。ヒロシマから現実に
――   ここは東京都調布市……(上演場所)
――   時間は一九八 年  月  日(上演月日)
――   午  時  分(上演リアル・タイム)
全 員  劇はおしまい、ぼくたちの時間がみなさんの時間がはじまる。
   
    一同礼をする。
   
                                         ―幕―