コンベア野郎に夜はない

この作品は大橋喜一にしか書けない作品です。宇野重吉の誘いにより、大橋喜一は民藝に入り、民藝座付きの職業作家となりました。そして座付き作家となった大橋喜一に彼にしか書けない作品として宇野重吉が依頼し出来た作品です。

戦後の労働運動と呼応し大きな広がりを作った新劇でしたが、労働者の目線から労働現場を書かれた作品はありませんでした。ですからこの作品は、労働運動からうまれた新しい創造物でした。

今読み返して驚くことは、この作品が古びていないと言うことです。

バブル崩壊後、経済格差のある社会となったしまったこの日本をどう見たら良いのか。この格差はどこから生まれたのか、この格差のある現実をどう捉えるのか? この作品は今では無くなってしまった視点(労働者)から現実を写します。

どうぞ、もう一度読んでみて下さい。そして、出来たら上演して下さい。

よろしくお願いします。

 この作品には面白いエピソードがあります。

宇野重吉は作品を読んでおもしろいと、直ぐに上演準備にとり掛かります。ですが、肝心の主役の少年(大統領役)が思い浮かびません。宇野重吉は民藝にはいない、どう考えているか大橋喜一に尋ねます。大橋は即座に米倉斉加年と答えます。そして大橋喜一、米倉斉加年のコンビが生まれました。この直前、米倉は青芸(民藝衛星劇団)より民藝にもどり、宇野重吉の配役で老人役を好演し、好評を得たばかりでしたので、宇野重吉は米倉斉加年を思い浮かばなかったのでしょう。

大橋喜一に米倉斉加年をイメージしてこの作品を書いたかどうか尋ねることはしませんでした。ですが、「僕が米倉くんを宇野さんに言って大統領にした」というのは大橋喜一が繰り返し話す、自慢話でした。

余談になりますが、この作品は宇野重吉演出で、民藝での米倉斉加年の主演第一作目でありました。

 

     

 

二部――四幕

 

 とき 現代。あるとしの春さきと秋にかけ。

 場所 巨大な電機企業の工場群が君臨する工場地帯。

 

 幕のわりふり

 〔第一部〕

第一幕 「コンベアの網の目の街。」(小さな工場にて 三場)

第二幕 「コンベア野郎に夜はない。」(小さな工場と街の風景 三場)

 〔第二部〕

第三幕 「コンベア止りなば。」(大きな工場と小さな工場 四場)

第四幕 「されどコンベアは――。」(小さな工場にて 二場)

 

 舞台のための前書き

 =作業動作について=

 この劇の進行では、大部分の劇的動作は、場面となっている工場の生産的動作――作業上の動きのなかに行われる。だから戯曲のせりふ、あるいは、劇的行動として指定されているもの以外に、舞台上では、いつでもなんらかの作業的動作が演技をバックアップする意味で、演じられている必要がある。

 場面は、街中にある小さな電機製造工場である。重要なことは、この工場が独自に製品を製造している――いわゆる自家製品をもつ工場――ではないことである。この工場は、大企業工場の下請工場の生産工程の一部を受持っている。ということは、生産機種目、種類、数量、期日などの生産計画が、なに一つ、この工場独自のものとしては立てられないことを意味している。しかしそれにもかかわらず、組織上にも経済上にも、この工場は独立した一個の企業体なのである。だからその従業員たちも、親工場である大企業の従業員とは、なにひとつの関りあいも持っていない。そしてそれは、労働者同志の組織としても――労働組合にあっても同様なのである。

 この劇の背景になっている、部品管理作業というものはどんな仕事であろうか? それは、一機種百数十種目におよぶ加工部品を、まず親工場から受入れる。次に親工場指定の加工指導書によって、各加工工程にしたがってこれを区分し、自己の工場内での加工や、さらに零細なる家庭内加工(内職)へと発注する。そして納期にしたがって、加工ずみとなった部品――つまり完成部品を集め、検査や員数点検を行い親工場の現場倉庫に納入するのである。いうなれば下請け加工部品の出納係でもある。こう述べると簡単な仕事のようではあるが、そうではない。これら電機部品の種類と数はおびただしいものであり、さまざまな形状の容器に入った、さまざまな形のこれら現物と、その多様性のために、半ば記号化されて伝票に記入されている品名とを、一致させるということだけでも、金銭出納とは別種な、比較することのできない管理苦労が伴う。さらに、加工工程の変更、不良品の修理や交換、員数の紛失や重複やにもとずく不足や混乱。または他機種、同一部品の混入、工程手順や加工時間の多少にもとずく組合せなどの常時発生するトラブルも考慮に入れると、たいへん輻そうした仕事となる。であるから、現物が加工工程にしたがって、工場内や内職者の間を流れてゆく過程をリストと伝票によって、掌にあるかのごとく明らかに管理してゆくことは、かなりの熟練と管理的能力を必要とするのである。したがって、ここの職場での労働の性質は、小さな肉体労働を伴った精神的労働ということができよう。であるから、場面の上には、視覚的に多忙だと感じられる動作はあらわれない。それは輻そう問題のもたらす、注意集中力の混乱や、いら立ちや納期の脅迫観念、そしてその反動としての長い時間にわたる呆然自失、といった精神的多忙さなのである。

 作業場の具体的動作は、大別して二つになる。一つは部品――現物と向き合ってする仕事であり、部品を数え、点検、区分し、整理し、また、それを運んだり、格納したり、発送したりする作業、一つは伝票や帳簿と向き合ってする仕事であり、それらの作成、あるいは加工工程表や部品構成表、物品受払表などの、整理や複写といった事務的な作業。これら相互に関連する二つの基本的作業の間に、中小企業特有のあらゆる種類の雑用、――未分化と小規模のための――が入り乱れる。電話の取次ぎ、紛失部品の探さく、外来者の応待、お茶くみ、冬期は暖房器具の手入れ、そば屋への電話、事務用品の貸し借り、自転車の修理。等々。

 

=舞台装置と照明=

 劇の主場面は、下請工場青野電機の現場倉庫と、その上手にある事務所である。この現場倉庫では、常時作業動作が演じられるために、それに必要な限りの写実的な飾りつけが行われる。部品棚、机、椅子、書類立て、電話、色彩さまざまな電線類やチューブ。大型ダンボール函(それの大半には、キャピトル電気のトレードマークが刷られている)や、トランジスターの小函、等々の諸部品。

 倉庫には三つの出入口。上手は事務所へ、下手は作業現場への戸、そして中央奥に戸外(工場の小さな中庭、そこにも部品函が積まれている)への戸口がある。戸口に並んで盗難防止の格子のはまった窓。だからこの倉庫内は日が当ることはなく、いつも螢光灯がついている。建物は木造で狭くて、足のふみ場もない感じ。

 背景――それは巨大な壁面。この小さな工場を圧迫するためにあるかのような、キャピトル電機の大工場の、パラボラアンテナを屋上につけたビルディングである。(それは写実である必要はない、むしろ、望遠レンズでのぞいたような、巨大化された圧迫感がほしい)

 その璧面は冷々として非情であり、その一部、わずかに空が、大方はスモッグで灰色になっている空がみえる。劇のさまざまな場面の時間的気候的変化は、この璧面にあたるさまざまな光の変化によってあらわれる。ことに夜間は、この壁面は宣伝用の投光器によって、さながら怪物のように青白く照し出されるのである。

 青野電機以外の三つの場面、二幕五場と三幕七、八場は、前舞台で行われる。この場合、三幕七、八場は、キャピトルエ場に、つまり背景の壁面の中に舞台が移るために、背景は隠されるか、または一部分が拡大される等の処理が望ましい。

 =音響効果と音楽=

 全場面は現実音によってのみ、処理されなければならないとは限らないが、青野電機現場倉庫の多くの場面、(一幕一、三場、二幕四場、三幕一〇場、四一二場で)は、となりの作業現場から流れてくるラジオの調整音が、現実音であると同時に場面を伴奏する。それらの音はさまざまのスピーカーから流れでる混合した音響、それは拡大したり弱まったり、たえず切換えられ、時には音楽、時にはニュース、または歌謡曲、あるいはドラマ、それらがソロで、混合され、ミュージックコンクレートのような効果をもたらす。(二幕六場は深夜業、四幕一場はストライキのため、現場は静かである)

 =服装について=

 青野電機の従業員は、男女ともねずみ色の作業上衣を着ている。(上衣だけで他は自由である。)キャピトルの従業員は、これも同様な作業衣を着ているが、色彩は幾分派手であり、胸には目立つようにキャピトルのマークが入っている。

 人物中、とくに「おみや」は作業衣の下に派手な色の(赤とか黄、あるいは鮮やかな青)服を着ており、「彼女」は、いつも和服である。また「高島」は、背広をきちんと着ていて作業衣はつけない。

 

人 物

 大統領  (第一、三場では少年)中学校卒業後一年ほど経て入社。大通という姓が通称大統領となる。風のように入り、猛烈に働き、風のようにどこかへ去った少年労働者。

 M 平  中年、古手の生産係。

 風 天  自ら風天という、生産係で運転手、大統領のよき相棒。動作も言葉も荒く、大きい。

 おみや  生産係、お茶っぴい、男のように振舞う。頭の回転早く、仕事熱心だが、いささか無責任。

 ゆり子  定時制高校に行っている。女教師になることを志望している文学少女。勉強好きのため仕事は苦痛である。

 彼 女  M平の彼女、という意味。女性ホルモン過剰気味。だれにでも親切。仕事熟心だが、計算をいつも間違える。

 青 山  大将の甥。中年。気が小さく、仕事はやるが他人に指示を与えることができない。愚痴ばかりこぼす。職務は生産課長。

 古 沢  総務課長、といっても事務所は彼ひとり、部下なし課長で、この工場ただ一人の大学出。

 大 将  社長青野太平氏。高小卒、労働者上り、昔は労働運動の経験もある。作業に明るいが、管理業務や、人間関係に意を使うのは苦手。好人物。

 たこ八  現場の組長、つまり職工長である。職名は製造課長。あだ名が示すような人物。

 山 田  検査修理係、中年だが初老の感じ。現場と倉庫の間を往復している。病弱無気力、生ける屍のような存在。終始無口。

 鉄ちゃん 現場の青年、たこ八の部下。

 口笛工員 職場の青年、口笛ばかり吹いている。

 婆さん工員

 小母さん工員   いずれも現場の作業員。

 マダム工員

 高 島  親工場であるキャピトル電機の技術者、大将の友人であり、また、キャピトル労働組合連合会の中央執行委員でもある。青野電機の技術顧問。

 磯 野  キャピトル電機の検査工。しばしば青野に出張してくる。キャピトル労組革新同盟の一員。

 内職夫人A

 内職夫人B

 内職夫人C

 亭 主  内職夫人Cの夫、キャピトルの従業員。

 倉庫主任 キャピトル電機宝町工場の、製造課倉庫主任。

 女工員A キャピトル従業員。

 女工員B キャピトル従業員。

 女工員C キャピトル従業員。

 書記長  キャピトル宝町労組書記長。

 執行委員 キャピトル宝町労組執行委員。M平の旧友。

 少年(第四幕)

 建築屋

 その他演出上の必要により、青野電機現場作業員、キャピトル従業員、あるいは内職夫人等、パントマイムで登場させることもよい。

 

 第一部

 第一幕「コンベアの網の目の街」(小さな工場にて)

 春、三月ごろ

 ――青野電機の現場倉庫――

 

 ゆり子熱心に伝票整理。おみやは男のような格好で部品を数え、彼女はうっとりと何かを考えている。

 山田は隅で部品の修理。青山はこごんで、ぶつぶつ言いながら、部品を選りわけている。

 現場からは、スピーカーをテストする雑音。おみやの横にあるトランジスターラジオが鳴っている。

 

 ラジオ……日比谷通り、桜田通り、青山通りなどに、かなりの混雑が予想されます。ここ数日の動きから推して、今日のデモ参加者は、延十万人に及ぶのではないかとも言われております。……政府は昨夜の緊急閣議におきまして、条約改正をめぐる大衆運動について……

 

 現場から流れてくる、ラジオの調整音のジャズが急に拡大する。おみやはスイッチを切る。

 

 おみや  あゝ。

 彼 女  昼間からデモ行進。いいご身分だこと。

 おみや  あたいも、デモ行ってみたい。スカッとするなあ。

 彼 女  (電話が鳴る。受話器をとる。だるそうな声で)青野電機でございます。……

 

 現場から鉄ちゃんが顔を出す。

 

 鉄ちゃん やい! 倉庫の女! ヴォリュームが切れるぞ。流れがストップ。たこ八、湯気カンカン! (引込む)

 彼 女  (電話で)……はい、よく気をつけます……はい、まことに、はい……(受話器をかける)

 おみや  ……(青山がじっとしているので)聞えた青山さん。

 青 山  (反射的にビクッと立つ)うるせえな!……いっぺんに二つも三つもやれるかい!(また、しゃがみ込む)

 おみや  (首をすくめて、舌を出す)

 彼 女  どいつもこいつも威張りくさって……なにさ、在庫表の計算が少しぐらい違ったからって……

 おみや  キャピトルの倉庫主任?

 彼 女  (うなづく)

 おみや  あいつ、お歳暮のつけとどけが、少い下請け、目の敵にするんだって。

 彼 女  キャピトルの製品なんか買わない。絶対買わない!

 

 現場からたこ八が出てくる。

 

 たこ八  (もったいぶった調子で)ヴォリューム、どうしたい! 部品てなあ、水の流るるがごとく、そろってきて、はじめて作業は調子が出るんだぞォ。

 青 山  (またも、スックと立ち上り、頭のてっぺんから声を出す)夜、夜中まで、内、内職者に頭下げてやってもらって!……

 たこ八  こっちにゃ関係ねえ。

 青 山  キャピトル、キャピトルの部品払出しがおくれたんだ。

 たこ八  現場は、日産百五十台、ノルマきめられてるんだ。

 青 山  (ヒステリックに)できるもんか!

 たこ八  大将にいいな、大将に。

 青 山  ちくしょう! おれ、もう止めちまうぞ、こんな会社。(言い残して外へ飛び出してゆく)

 たこ八  (見送って)ヘヘ、やめると吠える奴はやめるもんか。(引込む)

 おみや  (一所けんめい伝票整理をしているゆり子に)すごい馬力ね、あんた。

 ゆり子  今日学校試験なの。でも、この伝票、どうしても今日中に整理しとかないと。

 おみや  やめちゃいな、学校。

 ゆり子  あら、そんな……

 おみや  (笑って)かわいいな。すぐ本気にするんだもん。あたいみたいな愚連隊の言うことでも。

 

 外からM平と風天が帰ってきて、ボール箱の荷を運んでいる。風天はおみやの言葉をきいて

 

 風 天  (おみやの頭を両手で押えて)愚連隊? 生意気いってやがらア。ウインクひとつできねえくせに。

 おみや  バカヤロウ! (猛烈に突っかかる)

 風 天  (予期していたように、おみやの腕を胸にだいて)ああ、いい気持。(そのまま、ひっくりかえる)

 おみや  (風天のたくましい腕にそっとさわる)あら……この子、ずいぶん肉付きよくなった。

 彼 女  おみや! ったら、まあいやだ。色気づいちゃって。

 

 事務所から古沢が少年(大統領)を連れてくる。少年は中学時代のものらしい、貧しげな学生服を着ている。

 

 古 沢  (あおむけになっている風天に)おい、就業時間中だぞ、おい。

 風 天  (おきないで)ああ。

 古 沢  就業時間中だよ!

 風 天  (のそっとおきる)運転中は休けい時間もねえんだ。

 古 沢  こんなとこで、ひっくりかえってなくてもいいだろう。

 風 天  休けい室がねえじゃねえかよ。

 古 沢  そんな余計な空間はないよ、うちには。

 風 天  そのわりにゃ事務所は広いや。

 古 沢  お前らが部品積んじまうから、足のふみ場もないや。

 風 天  なら、往来へ置くぜ。

 古 沢  大将にいえ。工場の収容能力考えないで、仕事引き受けるな、とな。だいたいがおとなしすぎるんだ、うちは。組合だってあるんだかないんだか。

 風 天  ひとばかりけしかけて。

 古 沢  とにかく君は、運転手であると同時に管理係だから。中小企業てものは。

 風 天  知ってるよ。一人がいくつもの仕事をもたなきゃならんのだ。(風天のそのそと現場へゆく)

 古 沢  (苦々しく見送る)

 M 平  (タバコに火をつけ、それをニヤニヤしてみている)

 古 沢  (M平の笑い顔に、怒りをおさえて)あんたが言うべきことなんだぜ。

 M 平  ……あいつは風天さ。

 古 沢  だから、デタラメが許せるわけか。

 M 平  まあ、まあ、彼はよく働くんだ。キャピトルには最低日に三往復。家庭内職者約三十軒を一まわり。

 古 沢  仕事さえやりゃ、何してもいいのかい?

 M 平  (ゆう然と)まあね。ここの仕事は、あおられ出したら、きりがねえから。キャピトルの現場に部品が切れてでもみろ、それこそ地獄の三丁目。

 古 沢  まあまあ、入社第一日の者の前だ。あんまりボロをつつき出すのはやめとこう。

 少 年  (興味深そうな顔できいていたが、キョトンとした感じで)はい、とても参考になります。

 M 平  (ふき出す)たのもしそうなのが、来たじゃねえか。

 少 年  よろしく、おねがいします。(みんなにおじぎをする)

 

 間――みんな気押された形。

 

 古 沢  大通君。

 少 年  だいどうりと読むんです。

 M 平  だいどうり?

 古 沢  大通と書いて、大通。

 少 年  平和と書いてヒラカズとよむんです。

 おみや  (じろじろみて、のりだす)面白い名前。

 古 沢  ここが、君の職場だ。管理課、課長は青山という人、先生、いまどこ?

 おみや  ふっとんで歩いてるの、内職回り。

 古 沢  あとはこの人(M平を指し)ここの実力者。たのむよ。(去る)

 M 平  おれ、M平ていうんだ。(彼女をさして)この人、和田さん。

 おみや  (横から)彼女ってよぶの、みんな。

 M 平  このうるさいの、おみや。

 おみや  (愛想よく)よろしく。

 M 平  そっちの人、ゆりちゃん。その、隅っこで仕事してる小父さんは山田さん。課長の青山さんは、おとなしい人で、何も言わないから、分らないことはおれに訊きな。

 少 年  (手帳を出して)あの……えむ平さんて、どんな字でしょう?

 おみや  手帳に(笑いころげる)

 M 平  英語のM。

 少 年  英語のM……?

 M 平  助平の平。

 彼 女  いやあだ!(M平を打つ)

 少 年  ほんとの名ですか?

 M 平  いいから。仕事の説明しよう。管理係て、わかるかい?

 少 年  いいえ。

 M 平  そもそも仕事にゃ、直接作業と間接作業とある。手を動かす仕事――抵抗、コンデンサー、ヴォリューム、いろんなえてものを、つけたり、からげたり、かしめたり、音が出るようにまとめるのが直接作業。

 

 小母さん工員、マダム工員達立って現場からくる。

 

 小母さん工員 (部品箱を出し)不良、とっかえてえ。(おみや立って、不良部品の交換をする。その間、二人はじろじろ少年を眺めている。山田は仕事しながら、じーっとマダムエ員の腰のあたりをみている。)

 M 平  (現場の入口を指し)あっちが、現場、(マダムエ員たちを)この小母ちゃんたちが、でかいお尻を並べて、組立て作業やってる。

 マダム工員 (いきなりM平の肩をパンと打つ)

 M 平  (顔しかめる)うっ!……(振向きもせず)うるさいだろう、ラジオの調整してる音。……そのお膳立てするのが間接作業、われわれの仕事だ。(マダムエ員たちに、ゼスチュアで)現場の小母さま方、どうぞ、お仕事を! 部品はこれ、線にハンダはこれ、ビスにナットにスプリングはこれ。てなもんだ。体を使えば神経も使う、管理係といえばきこえがいいが、いってみれば走り使いの運搬屋だ。

 少 年  走り使い、けっこうです。

 

 小母さん工員、マダム工員、ゲラゲラ笑う。

 

 おみや  たこ八、来るよ。

 

 二人は首をすくめて、あわてて帰る。

 たこ八、現場からあらわれ、じろじろ見回して事務所に去る。

 

 M 平  ……ところで大通君。

 少 年  だいどおりです。

 M 平  大通君。キャピトル知ってる? キャピトル電機株式会社。

 少 年  ええ、この街って、どこ向いてもキャピトルの工場、キャピトルの研究所、キャピトルの広告。

 M 平  よろし。この地区にキャピトルは、宝町、緑町、都島、青葉町と、四工場ある。その中でうちは宝町工場の下請けだ。ところで、宝町工場の製造品目、わかる?

 少 年  はい。テレビにラジオに……

 M 平  ステレオ、テープレコーダー、花形機種だ。明日、キャピトルに連れてってもらうんだな。(現場の方を指し、)うちのような、ちっぽけな現場とちがって、ベルトコンベアの流れがずらり、見渡す限りずらりと並んで……それに沿って何百人の、娘たちがこれまたずらり……こいつが、おれたち下請けをしぼりあげるという寸法だ。

 少 年  (びっくりして)娘たちにしぼられるんですか?

 M 平  ノン、ノン。娘たちがやってる仕事、……仕事の流れにしぼられるんだ。オートメーション、知ってるだろ?……ところがこいつ、コンベアの野郎め、おれたち下請からの部品納入がおくれると止っちまうんだ。

 少 年  コンベアが、止っちまう。……

 M 平  そう。オートメーションくそくらえさ。あいつのやることは品物を運ぶだけで、仕事するのは人間さまの手よ。しかも、親工場のでかいコンベアなんて、いろいろある仕事の中でも、最終の組立工程だけをやるんで、そこへゆくまでのもろもろごちゃごちゃの部品生産てのは、ほとんどわれわれ下請けが受持たされてるのさ。

 少 年  忙しいんですね。

 M 平  ことに夕方。これは戦さだ。

 少 年  うへえ。おれ、定時制ゆきたいんだが……

 M 平  そうか……

 ゆり子  (遠慮がちに)あたし、学校へいってますけど……

 彼 女  ゆりちゃん、特別なのよ。

 少 年  あのぼくも特別に……

 M 平  うん……

 おみや  あきらめた方がいいわよ、あんた。よっぽど強い心臓がないと。

 婆さん工員 (小さなメモを持って現場から出てくる)わりィけんどよ、こんだけ、出前、たのんどいて

 彼 女  あら、もうそんな時間?

 おみや  あたしラーメン。

 M 平  おれ、たぬき、青山さんカレー南ばん。

 少 年  ぼく、うどんかけ。

 彼 女  (ヒステリーおこす)一ぺんに言ったら、分んなくなっちゃうわよ!

 ゆり子  あたし、注文します。(立ち上って注文のメモをとる)

 

 古沢が通りがけに声をかける。

 

 古 沢  彼女! 奴(やつこ)ずしに、上にぎり二人前。

 彼 女  知らない!

 M 平  だれ、キャピトルから?

 古 沢  高島が来てるの。技術指導、実のところ合理化コンサルタント、覚悟しておけよ。(通りすぎる)

 

 婆さん工貫、彼女の顔見ながら退場。

 磯野が現場から出てくる。

 

 磯 野  (鼻唄のような調子で)すすめえ、すすめえ、団結かたくう――(電話終えたおみやを、後ろから目かくしする)

 おみや  こら、下請けの女に手を出すな。

 磯 野  (手を放す)程度悪いなあ、青野電機の娘たちは。

 おみや  キャピトルえり抜きの、お嬢さんとはちがうわよ。

 磯 野  キャピトルの娘だって、君達と同じ労働者さ。

 おみや  私、大キャピトルにお勤めよ……鼻の先ぶら下げているおすましもいるわ。

 磯 野  数の中だもの、イカレタのもいるよ。

 M 平  (事務的に)今日の検査の見通しは? 磯野さん。

 磯 野  さあ……それは、みやちゃんのサービス如何だね。(去る)

 彼 女  あの人、コーラスをやれやれって……

 M 平  コーラスと民族の独立と恋愛論か、おきまりだよ。

 

 たこ八、昂奮した足どりで事務所から帰ってくる。

 

 たこ八  (通りがかりにM平に)な、次から次追っかけられ、もの考える閑が……え、ゴシャマン、人がいるキャピトルと、うちみてえなボロそうだろ。

 M 平  なに?

 たこ八  ふん、いばるな! てんだ。な、手前だってサラリーマン、キャピトルがなんでえ!(プリプリして去る)

 

 大将が追うように出てくる。

 

 大 将  おい! 八ちゃん

 M 平  なに? 湯気立ってたぜ。

 大 将  あいつ、(舌うちする)見境ねえ。とぼけて聞いてりゃいいんだ。

 M 平  高島先生の、近代的工場管理理論か。

 大 将  (頬をふくらませる)ぷう! むづかしい。(腕を組む)

 M 平  (ニヤリとする)なかなかね。

 大 将  (チラッとM平をみて)お前も一しょにきてくれ。

 

 大将とM平、現場へ去る。

 

 少 年  (おみやに)ぼく、なにか手伝います。

 おみや  (微笑む)いいの、わかんなくなっちゃうから。

 彼 女  坐ってればいいわ。あんた、家どこ?

 少 年  社長さんとこの、そばの下宿に。

 彼 女  あら、田舎から。

 少 年  いえ、家は東京ですが、外れの方の、不便なところで、今までゴムエ場に行ってたんですけど、も少し、その、勉強する余裕もあって、それに将来性のある仕事……実は、電機なんて仕事、あこがれだったんです。

 おみや  あこがれ、……ふふふ、ちっぽけな下請けなんて、なにやるのもキャピトル次第よ。ひどい時なんか、あたしだって徹夜しちゃうんだもの。

 少 年  (おどろいたように)はあ(唐突に)ここに組合ありますか?

 おみや  組合?……(彼女の顔をみて)あら、どうだった?

 彼 女  あるわ。まだ、正式には解散してないもの。

 少 年  解散フ?……へえ……なぜですか?

 おみや  なぜかしら? ねえ(笑う)

 

 おみやと彼女、少年をみて、顔見合せて笑う。

 口笛工員、出てきてうろついている。

 

 少 年  (何となくつり込まれて笑う)不思議なんですねえ、この工場。

 ゆり子  M平さん、どうして組合のことやらないの?

 おみや  だめ。絶望してるんだ、ってさ。

 ゆり子  あら、なかなかインテリ的な表現ね。

 おみや  知らないの。M平さんとてもインテリなの。(彼女の方を意味あり気にみて)だからさ。

 彼 女  何、話してるの。

 おみや  (口を手のひらで叩き)アワワワ。

 

 口笛工員、おみやの頭をちょいとつついて現場へ去る。

 風天が現場から出てくる。

 

 風 天  (大声で)だいとうりょ、っての君か?

 少 年  (目を丸くして)大統領……

 風 天  おれ、風天てんだ。お前おれの相棒だ、一しょに来いよ。

 少 年  どこへ行くんですか?

 風 天  くりゃわかるよ。

 少 年  そうですね。(風天について外にゆく)

 おみや  (見送って)いけそうじゃない!(舌を出す)

 

 青山が加工部品をもってあわただしく帰ってくる。

 みんなだまって仕事。

 山田がのそっと立って便所にゆく。

 現場から、ジャズのトランペットのスピーカー音が、ものうく聞えている。

 

 

 

 2事務所

 ここにも部品の山。

 古沢一人、電話をかけている。

 

 古 沢  ……企んでる? ……たかが知れてるね、小っぽけな工場……事務所の中まで部品積まれ、デスペレートな心境さ。……お前に分るもんか……労働基準法? のんびりした言葉いってやがらあ……大企業の総務課なんてところの退屈さ加減がわかるぜ……(周囲にちょっと気を配って)でな、例の高島……さよう、彼と経理部長……そうだよ、工場の経理部長……二人の間柄を……え? ヘヘヘ、野ぼなこと聞くなよ。……そうだよ、根掘り葉掘り知りたいね、高島に関する限り。……うん、例えば、彼のいる技術部で、下請けの技術的育成なんて問題がどれほど……(大将が入ってくる)おっと、うちのゼネラルのご帰還だ……ゼネラル、にぶいな、(大将古沢の方を見ている)(調子をかえて)お前がいうのはショパン、メンデルスゾーンじゃないよ。ざまあみろ、(受話器を置く)

 大 将  (乱暴な言葉にちょっとおどろき)ざまあみろ、だと……

 古 沢  (微笑して)……どうです? 現場の空気。

 大 将  (キョトンと)なにが?

 古 沢  たこ八氏、(頭を指さし)きてたでしょう。

 大 将  ハハ、野郎単純だ。

 古 沢  でも高島氏、まるで分ってませんね、現場で働く者の気持。技術屋特有のエリート意識、しかも大企業のしんにゆうつきだ。先が思いやられるなあ。

 大 将  先が、て、なんの先が。

 古 沢  先が……て、その……ぼくは分ってます、あの人の野心。

 大 将  なんの野心だい?

 古 沢  分りませんか、大将。

 大 将  ……うん。

 古 沢  (とぼけてるのか、にぶいのか、判断がつかない)キャピトルじゃ、先がつまっていて、思うこともやれない。

 大 将  大学出てるぜ。

 古 沢  あの人の出た学校は、キャピトルじゃ二流扱い、学閥の線にのれなきゃ……

 大 将  くわしいね、だいぶ。

 古 沢  ぼくも学校出の端くれですから。

 大 将  だな。でも奴はアメリカにもいったぜ。

 古 沢  気の利いた幹部職員なら軒並みでしょう労働組合の幹部でさえ行くんですよ。
大 将  それで?
古 沢  ……つまり、あの人の本心、事業的経営的仕事をしたいんです。キャビトルの、あの巨大な官僚的機構の中じゃ、人間はエスカレーターで身動きできない。
大 将  そいから、……
古 沢  ……で、つまり……(言葉をにごし)じゃないですか。将来ここを土台に……
大 将  油断がならねえな。
古 沢  ?……油断がならないなんて
大 将  (大声で笑う)ずいぶん、先よんでるもんだ。さすが、インテリは違うね。
古 沢  (真顔で)この工場の運命は、ぼくの運命です。
大 将  嬉しいこと言うぜ、古沢君。(屑を叩く)
古 沢  (気をよくして喋りだす)あの人が、大企業の中で考えていた経営管理、下手な実験台にされたくありませんよ。
大 将  ……危ねえかな? やはり。
古 沢  やり手なことは分ります。組合ではキャピトル労連の中央執行委員、もっとも御用組合だが。
大 将  奴もダラ幹てわけだ。
古 沢  と思います。会社、組合の二刀流、その上、下請けの技術的育成で、うちの仕事にも首をつっ込む。
大 将  頼もしいじゃないか。
古 沢  気が合うようですね。
大 将  昔、おれがキャピトルで働いている頃から、よく知ってる。……あんた、嫌いらしいな。

古 沢  ……あまり、信用しません。

 

大 将  ふふん。

 

古 沢  キャピトルの経理部長がうちの保証をすれば、銀行が金を貸すといってましたね。

 

大 将  そうだ。

 

大 将  キャッシュが入るよ、キャッシュ、キャッシュ。

 

古 沢  正当な支払いは手形で引延ばし、設備資金という名の、紐つきの金は銀行が貸す。やりきれんなあ。

 

大 将  独占資本の横暴てわけか。ハハハハ。

 

古 沢  借りるんですか。

 

大 将  (暗い調子で)人手不足で、人件費はかさむ一方、そこへもってきて工場はせめえ、みてごらんよ、足のふみ場もねえ。

 

古 沢  ええ、まったく。

 

大 将  部品が入っても、置場つくるのが一仕事、これじゃ能率もくそもねえ。

 

古 沢  管理の奴ら、計画性がないですね、まったく。

 

大 将  ぎりぎりなんだ、空間が無えんだ。いくら汗ながしたって、頭しぼったって、(指で○をつくり)もうこれ、これかけなきやダメ。

 

古 沢  紐つき、なんて問題じゃないんですか?

 

大 将  まあ、紐によりけりさ。

 

古 沢  ぼくの親父の知人で、町工場を、創業以来十何年、苦労して育てましてね、やっと基礎が固まった。そこで設備投資、そのたびに資金筋から人が入る、工場はだんだん大きくなる、それにつれて実権は大企業の代理人の手に、とうとうそのひとは会長という名で棚上げです。

 

大 将  うちもそうなる、てのかい?

 

古 沢  いや、その、気にさわったら……大将……

 

大 将  ……テレビ・ラジオの部品加工なんて先がみえてる。生産過剰のガタはもうじきくる。その時持ちこたえる条件、そいつあ技術だ。新しい機種をこなす、他の下請けに真似できねえ技術……古 沢  (冷たく)技術ね、……

 

 

 

M平、その後に風天と少年、部品の箱をもって入ってくる。

 

 

 

M 平  ここへ、置こう。

 

古 沢  (立ってゆく)ダメだ!

 

M 平  夕方まで。

 

古 沢  現場へ置けよ。

 

M 平  仕事ができない。

 

風 天  たこ八うなる!

 

古 沢  管理は?

 

M 平  もうぎりぎり。

 

古 沢  事務所だ! ここは。

 

M 平  まだ、一ばん空間がある。

 

古 沢  おれは、ここの長だ!

 

M 平  官僚的なこというなよ。

 

古 沢  官僚的とはなんだ!

 

M 平  中小企業はお互いに助け合い、ゆずりあい。

 

古 沢  ダメだ。けじめがなくなる。

 

M 平  なら、あんた、おれんとこのゆり子に、なんで事務所の仕事おしつける?

 

古 沢  なに? おれは人手不足で部下なしだから、あの子を臨時の助手に。

 

M 平  おれたちゃ、狭くて場所がないから、ここを臨時の置場に。

 

風 天  (箱をかかえたまま)早くしてくれい!

 

 

 

大将は腕を組んだまま、見向きもしない。

 

 

 

 

 

 

 

3現場倉庫

 

 

 

同じ日の夕方。

 

(ここの場面では登場人物それぞれの行為は、やたらと交錯して演じられる。観客は舞台で行われていることの一つ一つを、明らかに理解する必要はないのである。)

 

彼女は電話に出ている。

 

たこ八はおみやのそばで、何やら文句をいっている。

 

帰り支度で背広を着た磯野は、M平と話合っている。

 

ゆり子のそばでは、書類を手にした古沢が何か指示している。

 

山田は黙って隅で仕事。

 

現場から大将がやってくる。

 

人々は適宜にあらわれ、また去り、相互の人間関係はさまざまに変ってゆく。

 

 

 

彼 女  (電話)青野電気でございます。毎度どうも。

 

M 平  (磯野に)不合格だって。

 

磯 野  検査成績、いかんともなし難し。

 

たこ八  (おみやに)お前、分らねえ女だな。

 

大 将  (磯野に)おい、磯野君、君悪いとこだけ選んで抜き取ったんだろ。

 

磯 野  ああ、大将! みなさんの汗の結晶、合格するように、祈って抜き取りをする、ぼくのまごころ、分ってくれないかなあ。

 

彼 女  (電話をもって呼ぶ)大将、キャピトルの管理課。

 

磯 野  (なんとなく気の毒そうに)つらいんだ、不合格を出す身は。

 

大 将  (電話をとる)へい、青野でございます。

 

磯 野  ……どうも、ぼくはこれで退散……解放させてもらおう。

 

彼 女  (皮肉に)さっさとお帰り。

 

磯 野  (ものいいたげに彼女により)これまでの時間は資本へのれい属、売った時間、これからはぼくの時間、人間的自由の。

 

彼 女  なにいいたいの磯野さん、理屈は女にききめはないの。

 

磯 野  やんなっちゃうな、女ってすぐそれだから。僕は個人的なこといってるんじゃないんだ。(ため息)

 

大 将  (電話で怒鳴る)なんだって! 不合格にするつもりで、仕事する奴がありますか!

 

たこ八  (口をとがらしておみやに云う)五三〇も、二六八も、スプリングは同じじゃねえかよ!

 

おみや  勝手にもってってあたし知らないから。(机から離れて、泣く)

 

M 平  (たこ八に)どうしたんだい?

 

たこ八  十時まで夜業ってのに、スプリングが間に合わねえ。

 

M 平  スプリングぐらい、後からくっつけろ。

 

たこ八  手順のロスを、どうする。でなくたって能率だ、損失時間だ、合理的手順だ。蜂の頭だ、尻をひっぱたかれ通しなんだぞ、現場は!

 

大 将  (怒鳴る)電話が聞こえねえ!

 

古 沢  (ゆり子に、強い口調で)明日のお昼までに終えといて。物品税のことで税務署がくるんだから。

 

ゆり子  (泣きそうな気持で)はい、あの……

 

磯 野  (ものいいたげに見廻していたが声をはりあげて)さようなら……(もの足らぬ顔で帰る)

 

M 平  (たこ八にくってかかる)女の子でも、管理は管理なんだ。立場を尊重してもらいたいな。

 

たこ八  うちは中小企業なんだぞ。ぶっ固いこといって仕事が流れるかい。

 

M 平  自分に都合のいいことばかり言うな。

 

大 将  (電話を終って、一同に宣言口調でいう)明日の正午までに、再検査うける準備完了。やり直しだ。いいか、各員一層奮励努力せよ、Z旗が上ったよ、Z旗が。

 

たこ八  手がないね。手が。

 

大 将  二六八、一時ストップ。まだ二日延ばせる。

 

M 平  それは困る。何度も念おされているんだ。

 

大 将  (M平の言葉を無視して)調整係は全部残る。できる人間は徹夜だ!

 

たこ八  たすけてくれい!

 

大 将  なくな八。

 

M 平  計画なんて、立ちゃしねえ!

 

大 将  (怒鳴る)文句云わず、おれの云う通りやれ!

 

 

 

鉄ちゃん現場からのそりと出てくる。

 

 

 

たこ八  鉄! うろうろするな!

 

 

 

鉄ちゃんたまげて退場。

 

大将とたこ八は現場へゆく。

 

青山と、風天、大統領が、重そうにダンボール箱をかかえて入ってくる。

 

風天に大統領は何回となく箱を運び入れる。

 

 

 

青 山  四六三が入った、M平さん。

 

M 平  (耳に入らない)身動きとれずに、ぎゅうすか、ぎゅうすか。

 

青 山  M平さん。

 

M 平  景気、不景気わしら知らぬ。

 

彼 女  (青山に)こんどの機種、だれが持つの。あたしはもう手一っぱい。

 

青 山  おみやは?

 

彼 女  かあいそうよ、いまだって、現場にいじめられて泣いたのに。

 

ゆり子  (帰り支度で)あの、今日、試験なんです。すいません……。

 

彼 女  いいの、早くいきなさい。ちょっと、あんた古沢の仕事なんか頼まれて、……はねつけてやるのよ。あんな奴。

 

ゆり子  でも……今晩やります。学校終ってから。(いそいで出てゆく)

 

彼 女  学校へ行くのも気兼ねして、かわいそうに。

 

M 平  なにもかも無理でござんす。足のふみ場もございません、無理が通れば道理が、道理、通り、人通り、銀座チャラチャラ人通り、……どおり……だいどおり。おおあの子がいる。青さん、彼にももたせよう。

 

青 山  入ったばかりで、残酷だよ、それは。

 

彼 女  かあいそうよ。部品の名前も加工の手順も、まるっきり知らないのに。

 

M 平  面倒みるよ、おれが、とにかく人の子だ。高度の順応性こそ高等生物の特質。……もたせればなんとかやってのける。それがまた、彼を早く一人前にする方法でもあるんだ。(荷を運んできた少年に)大通君。君の一大奮発に期待するぜ。

 

少 年  はい、どんなことですか。

 

M 平  いま受けてきた、仕事番号四六三。君にもってもらう。

 

少 年  もつ? て、あの?……

 

M 平  君が担当者。

 

少 年  はあ……あの、そんな簡単なんですか、ここの仕事。

 

M 平  じゃないから、一大奮発なんだ。余の辞書に不可能の言葉なし。

 

少 年  はいやります。

 

M 平  (リストをとり)これがリストだ。第一の欄は部品名。VRはヴォリューム、SWはスイッチ、TRはトランス、このがに股みたいなギリシヤ文字は抵抗、略号や頭文字が多いから面くらうが、こんなもの、君の頭がその気になれば一日で覚えちゃう。

 

少 年  はい、覚えます。

 

M 平  次の欄は一台当り使用数、その次が一ロット、これは一ロットが二千台だ、だから二千台当りの数。その次の数字が、今日受領した数。ここの数と種類が、この箱の中味全部というわけだ。

 

少 年  (箱の中に手を入れ)かわいいな。これキャラメルそっくりだ。この束は干うどんで、こっちの箱はチョコレート。

 

M 平  (頭を打つ)こら、食いものばかり連想するな、それはチタコンとシールド線とコンデンサーだ。これらは明日までに区分され整理されて、家庭内職に出される。内職者――昼間ぐるっと廻ったろう。

 

少 年  ぼく、内職って貧乏な家ばかりがやるんだと思ってたら門固えの家の奥さんもいるし、でっかいステレオのある、団地マダムのおばさんもいる。いろんな人がやってますね。

 

M 平  人の慾は無限だよ。さて、そこで、これらの部品は全部、いまから四日後には加工ずみとなってキャピトルに納品されなきゃならない。ところでキャピトルのコンベアの速度だが、いま一工程二分とする。そうすると一日実働七時間作業でいくつできる。算数のテストだ。

 

少 年  ……二分……一時間三〇の……二一〇です。

 

M 平  合格。お前頭いいぞ。で、この仕事のコンベアは2ライン、二本で流しているから、日産で四二〇だね。一ロットやるのに約五目。われわれはこれと毎日競走するんだ。ワッショ、コラ、ワッショ、コラ。

 

おみや (いつの間にかきて話をきいてる)こわいわよオ、仕事番号もつと。隘路部品のお化けがでるわ。

 

少 年  あいろ部品?

 

彼 女  間に合わない部品、追っかけられる部品のことなの。

 

少 年  お化け……

 

おみや  (ゼスチャア入りで)いつもそれが、頭のどこかにいるの。脳の奥の方からおどかすの「止まるぞ!」「止まるぞ!」「流れが止まるぞ!」。そのうちに追っかけてくるのよォ。

 

少 年  なにが?

 

おみや  部品、仕事番号よ。工場にいても、家に帰っても、夜ねてると夢の中まで……

 

少 年  ほんと。

 

 

 

マダム工員と小母さん工員が出てくる。

 

 

 

おみや  真暗なとこ、なんにもみえない、ただ声だけがするの。どこからともなく、そう、心の底の方かしら。よぶのよ。仕事番号、四六三……(マダム工員「スピーカーちょうだいよう」)四六三……それが心臓のドキンドキンと一しょになって、(小母さん工員「ダイオード、ないわよ」)四六三……止まるぞォ……

 

少 年  おどかさないで下さいよ。

 

M 平  ま、そういうこともあるさ。心臓が弱い、おみやちゃんみたいな人には、管理係という仕事の宿命なんだな。

 

少 年  ……じゃ、その、なぜキャピトルじゃ、下請けに出すんです? そんなに忙しい仕事、自分の工場でやろうとしないんです?

 

M 平  そりゃ……つまり、下請けがあるから……そういうことだ。そういう仕組で仕事をするようになってるんだ、この社会が。それにコストも安くつく、この辺かなカンどころは。

 

少 年  (ポカンとしている)

 

M 平  この工場じゃ、その仕事をさらに家庭内職に出す。なぜか分る? 内職でやらせる方が、さらに安くつくからさ。

 

少 年  じゃ、それで一番得するの、だれなのかな?

 

M 平  君はいいところに気がついた。つまりそれは、キャピトルがもうける、独占的大企業の利潤になる。

 

少 年  はあ……というと、ぼくの仕事はキャピトルをもうけさせるためですか。

 

M 平  ちょっと待て、話がすげえアジテーションめいたことになったな。……(首をかしげる)よく分らねえ、経済学者にでもきいてみなきゃ。まあ、仕事しながらそんなこと考えると、馬鹿々々しくなってやる気がしなくなるもんだ。そこで生活の智恵だ。管理係はあれこれと考えるな、考えずに仕事に没頭するんだ。

 

 

 

風天があらわれる。

 

口笛工員がなにか探して廻る。

 

 

 

風 天  (大げさな身ぶり)ああ、また夜になってまで内職まわりかよ、チェッ……国道をよォ百キロぐらいでぶっとばしてやろうかな。

 

おみや  いこう! あたいも乗せてきな。

 

M 平  さ、仕事、仕事!

 

少 年  (身をぶるっとさせて)仕事、……

 

現場からのスピーカーの音、一きわやかましく。

 

―幕―

 

 

 

 

 

 

 

第一の間奏

 

 

 

音楽……間奏部のテーマ。

 

大統領(少年)ひとり。

 

 

 

大統領  (部品名を覚えるための練習)バリコン、ケミコン、チューブラ、チタコン……デッキに滑車、端子板にソケット……三P、二P、一P、ラグ端子……目盛板、バック板、飾り、バンド、(目はあらぬ方、空間をみつめる)部品が入る、員数を当る、リスト記入……外註加工手配、加工手順組合せ、加工伝票、内職発註……入った部品が出てゆく……不良交換不足請求、出て入って……台帳記入……入って出て、また記入、出て入って、入って出て、合計仕上り……残高、不足……また入って、また出て、(うんざりした調子で)要するに、なにが足らないか、いつもそれを追いかける……

 

 

 

途中から、中年のある人物が彼のわきにあらわれる。労働者らしい作業服をきて、どことなくもの悲しいものが漂っている。

 

 

 

ある人物 仕事……気に入ったかい。

 

大統領  (ぼんやりと空間をみつめたまま、振りむきもせず)……分んない。

 

ある人物 ……夢中か。

 

大統領  とても、日が経つのが早いんだ。朝、はじまったと思えばもう昼……と思えばすぐ夕方。

 

ある人物 仕事に追われるんだな。

 

大統領  うん……働いて、めし食って、くたびれて、ねて、おきて夢ん中まで追っかけられるか……働いて、めしくって、ねて……

 

ある人物 ……かあいそうに。

 

大統領  なに? なんて言ったの?

 

ある人物 (遠くをみつめて)親子二代……

 

大統領  え?

 

ある人物 (大統領の肩を後ろから、抱くようにして)……十六の肩……おれももう、その頃から働いた。大統領  へんだな、働くのが、悲しいみたい……

 

ある人物(父) 労働者は、そのこどもに、何を残すか……

 

大統領  どこかできいたようだ、(低い声で唄う)……死んだ親が、後に残す――

 

 父   (微笑する)覚えてるか、坊主。

 

大統領  (明るく)ぼくの子守唄だ、お父さん。

 

 父   おれが、お前の心に残せたのは、その歌ぐらいだな。

 

大統領  この体、ぼくの生命。

 

 父   心、魂をのこしたかった……

 

大統領  たましい……そんな古臭いもの、いらないよ。

 

 父   バカ言うな。……お前、なんのために働く?

 

大統領  ……人間、働くの、当然だろう。

 

 父   なぜ、当然なんだ。

 

大統領  知らないよ! ……人間は働かなけりゃいけない。昔も今も、だれもかれも、みんなそう言うじゃないか。労働は神聖なり、て。

 

 父   お前の年ごろ、おれもそう信じて働いた。シャニムニ、わき目もふらずそこは間もなく軍需工場になって……そのうち、作業服を軍服に着かえて、大陸へ送られた。……ただ、働くだけで……働く意味を考えないのは阿呆さ。

 

大統領  阿呆……じゃ、阿呆ばっかりか、世間は……

 

 父   牛や馬と、どれだけちがう?

 

大統領  失敗したな、学校へゆくべきだったか!

 

 父   仕事の中で考えるのさ、労働者は。

 

大統領  労働者は……仕事の中で考える……

 

 

 

 

 

 

 

第二幕「コンベア野郎に夜はない」(小さな工場と街の風景)

 

 

 

秋、十月末ごろ

 

4 現場倉庫

 

 

 

(この場面も、作業上のせりふは、観客にはっきり理解される必要はない。必要なのはテンポによってひきおこされる心理的多忙さである)

 

M平と青山はのべつ出入りする。二人は棚おろしをしていると考えてよい。

 

他の人物の主な仕事は、

 

ゆり子は伝票整理、彼女は納品書の作成。おみやは部品の整理。風天は納品のための箱を運ぶ。

 

大統領とおみやは、これら納品する加工ずみの部品の、員数照合をやっている。

 

内職夫人AとBは、お喋りしながらおみやの手が空くのを待っている。山田は黙々と修理。

 

この場面の進行中、現場のラジオは、ジャズを流している。

 

ジャズ、猛烈なドラムの連打からはじまる。

 

 

 

おみや  発振コイル、千。

 

大統領  発振コイル、千。

 

おみや  IFA 千。

 

大統領  IFA 千。

 

おみや  IFB 八百 残二百。

 

大統領  B八百 オーライ。

 

おみや  イアホン・ジャック、千。

 

大統領  ジャック 千。

 

風 天  (せかすように)日が暮れるぞ!

 

おみや  うるさいわよ! 電池ケース 五百、残五百。

 

 

 

電話が鳴り彼女がでる。

 

 

 

彼 女  (話をきいて、送話口をおさえて)またキャピトル、なんていう?

 

大統領  ケース 五百、出た、といっといて、出た!

 

おみや  バー・アンテナ 七百五十 残二百五十。

 

大統領  バー・アンテナ 七百と五十。

 

彼 女  (電話)出ました。……ほんとです。いま出たところです。はい。(電話を切る)

 

古 沢  (事務所へ出て来て)彼女! 管理の残業全部ツケ出てるね。

 

彼 女  出てるわよ。

 

 

 

古沢、ぶつぶついいながら現場へ行く。

 

青山、リストをかかえて忙しげに歩き廻る。

 

 

 

青 山  一八五の仕掛部品、仕掛部品……やだ、やだ、まったく、棚おろしはやだ……(どこかに居なくなる)

 

おみや  つまみ、A千、B千。

 

大統領  つまみ、A千、B千、〇K。

 

おみや  ビス 丸頭8B 六千。

 

大統領  8Pは四千だろ。

 

おみや  なに言ってんの、六個使いに変ったのよ。

 

大統領  あ、そうか、失敬。

 

おみや  あるの? 六千。

 

大統領  OK。

 

おみや  ナット、七八〇 三千。

 

大統領  七八〇 ナット 三千。

 

内職夫人A (少しじれて)みやちゃん、いつ終りますの?

 

おみや  いますぐ、も、ちょっと待って、ナッ卜九八〇、二千。

 

大統領  九八〇 二千。

 

おみや  切換スイッチ、千。

 

大統領  切換スイッチ……五百じゃないか。五百の残五百。

 

おみや  いいえ、千。

 

大統領  五百しかない、一、二、三、四、五、……どこにもない。

 

おみや  あたし、払い出し、お待ちかね。(内職夫人の方にゆき)ごめんね、待たせちゃって。

 

 

 

おみやは内職夫人に出す部品を数えはじめる。

 

大統領は部品の入っている、いろいろの箱をあちこちと、ひっかき廻す。

 

 

 

大統領  (叫ぶ)切換スイヅチが五百ないぞオ、だれか気がつかないかあ。

 

 

 

みんな自分の仕事が忙しくて、返事もない。竹山ふたたび出てくる。

 

 

 

大統領  (あわただしく棚などを探して)切換スイッチ、切換スイッチ、切換スイッチ。

 

青 山  (何となく棚を探して)仕掛部品、仕掛部品、仕掛部品。

 

大統領  切換スイッチ。

 

青 山  仕掛部品。

 

大統領  切換スイッチやーい!。

 

青 山  仕掛部品、やーい!(どこかへいなくなる)

 

内職夫人A (なにやら大声に笑ふ)

 

内職夫人B (それにつられて笑う)

 

風 天  (大統領に)出た、て返事したんだろ。お前の車、デンデン虫か! ておれが云われるんだ。

 

大統領  五百足んねえ、切換スイッチ。

 

M 平  (現場から顔を出して)やい! 大統領。

 

大統領  待った、待った! 大統領多用。

 

M 平  こら! こっち向け。

 

大統領  はい。

 

M 平  先週、お前が整理してた、仕掛品の未使用部品、どこへしまったんだ。

 

大統領  あれはねえ……現場の一番下の棚の奥。

 

M 平  影も形もみえねえ。

 

大統領  不思議だ。ねずみが食ったか?

 

M 平  なに。

 

大統領  そういうことは、あり得ません。

 

M 平  国会答弁みたいな返事するな。一寸、来てみろ。

 

大統領  ヘーい! 横っちょから入る奴が優先する? 交通規則にもねえぞ。(小走りに現場へ)

 

風 天  大統領! けっ、M平の雷がおっかねんだろ。さあ! 切換スイッチ、五百、五百。(乱暴にその辺をかき廻す)

 

おみや  また、この子は、ガシャガシャかき廻す!

 

風 天  他人のことなんか、かまってられるかい、納品がおくれて、どなられるのはおれなんだ。

 

おみや  ああら、天下の風天兄いが、びくびくしてんの、キャピトルの倉庫主任なんかに。

 

風 天  いい娘がいるんだ。あすこに。

 

おみや  ふん、キャピトルのパア娘よ。しょっ中払い出しの数間違えて。

 

風 天  向うでもいってるぜ。(おみやを指して)青野のバア娘。

 

おみや  (手近にあった品物をふりあげる)

 

風 天  (とび上る、身構える)忍法、風天流。

 

彼 女  (怒る)なによ! この子たち、給料もらってるんでしょ。

 

風 天  社長夫人みたいな口きくな、ばばあ!

 

彼 女  ゆりちゃん、伝票調べてみて、内職受入れの、七三五型、部品番号Sの七六。

 

ゆり子  (内職加工伝票を調べる)

 

彼 女  (内職夫人に)ちょっと、すいません。(みんなに)みんなにみんな、自分の持場を探してみて、まぎれこんでいないか。

 

おみや  いやんなっちゃう、あの子いい子だけど、だらしがないから。

 

内職夫人A ちょっと、あたしたちで数えますわ。

 

おみや  (愛嬌たっぷりに)まことに、すいませんわねえ、さんざ、お待たせしちゃった上に、さ。

 

内職夫人A どう、いたしまして。

 

古 沢  (機嫌悪く、ぷりぷりし、通りがかって立ち止り、だれにともなく)つまんないデマ流す奴がいる。……女の残業、事務所でけづる、……。バカも休み休み言え! 残業のタイムカードうたないのは、基準局にかみつかれないため、止むを得ない処置だ。つけ出すの横着してて、陰でぶつぶつデマ流す。「昨夜は何時まで?」忙しいのに、ぼくが一々きいてあるけるかい!(だれも忙しく、ふり向きもしない。不満そうに去る)

 

風 天  (何か思い出したように)待てよ……切換スイッチ、七三五の払出しは三日前だったな。あん時や赤尾に藤田にうちと下請けが、三軒、いっぺんに重なって、ダンケルクの戦さみたいだったっけ……

 

彼 女  しっかりして頂だい、風天の兄さん。あんたまさか、五百しか受けてこないってこと。ないんでしょうね。

 

ゆり子  (伝票を計算して)加工上り、五百だけしか受けてません。百六十の百二十の百五十の七十……

 

彼 女  ほら、五百しか加工に出てないんだわ。

 

大 将  (事務所から出てくる)大統領、どこへ行ったんだい。大統領。

 

風 天  現場。

 

大 将  あいつに、四二〇の試作やるから、部品十台分そろえとけと云っといたんだが、(大統領、現場から戻ってくる)大統領、試作の部品、そろえたか。

 

大統領  まだ半分しか。一時間待って。

 

大 将  揃えてある分だけ、くれい。

 

大統領  (棚から箱を出す)線と抵抗とビス類がまだ。

 

大 将  一時間、たのむよ、(去る)

 

大統領  へい、一時間。

 

婆さん工員 (大統領の後についてきて)大統領、ダンボール出しといて。

 

大統領  あい。

 

婆さん工員 忘れずに出しといて。

 

大統領 出しとくよ。

 

婆さん工員 忘れずにだよ。

 

大統領  あいよ。

 

ゆり子  加工伝票五百よ。

 

大統領  (瞬間に切換スイッチのことを忘れている)伝票五百、なにが?

 

ゆり子  切換スイッチ!

 

大統領  そうだ、そうだ。

 

彼 女  (風天に)払出しで、数当った?

 

風 天  (怒鳴るように)五時すぎに、そんなことしてられるかい。

 

彼 女  どこかその辺にないかしら、加工もれで。

 

ゆり子  キャピトルに電話できいたら。

 

風 天  だめだ、三日もたって。あいつら官僚的だから受けつけねえよ。

 

彼 女  誰れの責任。

 

大統領  風天か俺か。

 

風 天  どうする。

 

大統領  ねえ彼女、有償で買うとなったら、いくらだい?

 

彼 女  切換スイッチ(伝票をみる)単価七十五円だから、五百で(算盤を入れる)三千七百五十……

 

大統領  そんなものか、三千……

 

彼 女  そうでしょ、三千……あら、三十七万、うそよ、そんな。

 

ゆり子  三万七千五百円。

 

彼 女  (いらいらしてだれにともなく)ああ、またあたしに計算させるう!

 

大統領  三万七千、うへえ、組立加工費、八十台分とんじゃうぞ、大将カンカンだ。

 

風 天  おれに任せねえか、大統領。

 

大統領  なにを。

 

風 天  かっぱらいやるんだ。切換スイッチ。

 

大統領  でももう一度ここを探してみてから。

 

風 天  ありゃしねえよ。

 

大統領  悪は最後の手段。

 

風 天  面白えぞ、スリルだ。自分だけのもうけなら良心……プライドが許さねえが、みんなのためならいいのよ。そういうのを必要悪と云うのよ。おれがポリバリコン二百かっぱらってきた時、ずいぶん仕事がスムーズにいったろう。

 

大統領  感謝してるよ、ただおれは。

 

風 天  度胸ねえな。

 

大統領  いや、むこうの係りの女の子が泣くからさ。

 

風 天  感じやしねえてば、相手はなんだって馬に食わすほどあるんだ。かっぱらったってお釣りがくらあ。

 

彼 女  納品書直ったわ。

 

大統領  も一度念のため。

 

風 天  じゃ向うから電話する。雨か、風か、かっぱらってよければ雨。

 

大統領  よし、かっぱらってよければ雨。風天号出発。

 

風 天  はい、風天号、キャピトルヘ向けて出発!

 

 

 

風天とび出す。

 

 

 

大統領  (ほっとして、喋りだす)なんて、忙しんだろ。三年もやったらボケちゃうよ、……(急に)天皇はいいなあ、(手を上げる)こうやってりゃいいんだ。国民たち、オース。(手をふる)……(がっかりと)天皇にゃなれねえし、この忙しさ。

 

 

 

電話がなる。

 

 

 

彼 女  (電話に出て)……ほら、キャピトルよ。

 

大統領  (電話とる)はいはい、毎度どうも……はい、お前んとこの車はデンデン虫か。はい、多分、エンコしたんではないかと思います。何分ポンコツ寸前の車で……すぐ調べます。絶対に、絶対に出ております。今時分そちらの門を入ったはずです。もうしばらくのごしんぼう。はい、はい……(電話を切る。舌を出す)

 

鉄ちゃん (こわい顔して大統領のそばにきている)大統領、さっきの挨拶、ありゃなんだ。(口笛工員が後からそっとのぞきにくる)

 

大統領  ええと、なんだっけ?

 

鉄ちゃん とぼけんな、おれの顔を。

 

大統領  あれか。言葉の弾み、失敬。

 

鉄ちゃん 現場へきてあやまれ。

 

大統領  あやまるほどのことやってないよ。

 

鉄ちゃん お前、生意気だぞ。

 

大統領  じゃ、なぜ勝手に片づけちまったんだ。

 

鉄ちゃん おりゃ現場の棚だ。

 

大統領  品物は管理のものだ。

 

鉄ちゃん たこ八の命令だ、文句があるならたこ八にいえ!

 

大統領  たこ八の陰にかくれて空いばり。

 

鉄ちゃん なにを!(いつの間にか、小母さん工員、マダム工員がのぞいている)

 

彼 女  (電話がかかってきていて)大統領、電話。

 

大統領  失礼、鉄ちゃん。(電話をもらい)はい、大通です。……二一四型の、一部改造。加工ストッブ……もう出しましたよ、特急だというから、……どうしてもう少し早く分んなかったのかな……え……え、生意気? ……ぼくの口のきき方。そういうあんたはどなた? ……へへえ、これはどうも、気をつけます。……図面とりに……はい、いまこちらから納品にいってますからすぐ手配いたします……失礼いたします。(切る)バカヤロウ!

 

鉄ちゃん おい、大統領、いまの言葉なんだ。

 

大統領  いまの言葉? ハカヤロは電話の相手だ。

 

鉄ちゃん バカヤロのことじゃねえ。さっきのたこ八の陰にかくれて何とか……

 

大統領  あ、そうかそうか、また、後にしてくれ。(手を合せる)また改造だ。テンヤワンヤ技術者が頭が悪いことは、労働者の不幸ということになるんだな。ゆりちゃん悪いけど風天に電話、……まだついてこねえか。

 

彼 女  (のぞいている女たちに)ほら、たこ八きた!

 

 

 

みんなねずみのように逃去る。

 

鉄ちゃんは気抜けして現場に帰る。

 

 

 

おみや  (内職夫人と話合っていたが)ちょっと大統領、単価の話きいてくれない。

 

大統領  単価まずい。大統領の権限外、M平さんだ。(逃げ腰になる)

 

内職夫人B (大統領をおさえてしまう)上げてほしいと、いうんじゃないの。

 

内職夫人A わかるわねえ。コイルは割がいいけど、ヴォリュームは合わない、てこと。

 

大統領  でもあれは、キャピトルの原価計算を元にして、きめてあるんです。

 

内職夫人B うまいこと……知ってるわよ、M平さんのさじ加減だってこと。

 

大統領  いやいや、奥さん。一がいにそうとばかりは。

 

内職夫人A だからね、ある程度、だき合せで仕事いただきたいの。

 

内職夫人B ヴォーリュームやるから、コイルも一しょに。

 

大統領  うへえ、もっともなご要望ですが。……その、ね、配分についてね、いうに云われぬ苦労があるんで……

 

内職夫人A わかるわよ、でもあたしたちだって、お金がほしいからやってるんでしょ。

 

大統領  それはもう、はい。

 

内職夫人B わかっていただけるわねえ、大統領さん。

 

大統領  はい、しかしそうしますと、こんどはコイルの仕事やってる奥さんがたから。……こりゃ政治力がいるな。

 

内職夫人A じゃ、あたしたちはいつまでも割のよくないヴォリュームを。

 

大統領  いえいえそれはもう、内職者あってのわれわれ、共存共栄ですものね。M平さんと相談して、できれば、単価の再検討、それが無理なら、仕事の配分について、……

 

内職夫人A そうそう、それでこそ大統領さんだわ、そのかわり、急ぎの仕事、どうしても今夜中にあげなけりゃ……というような時は、ねえ、そこは魚心と水心。

 

大統領  へいへい、かしこまりました。善処いたします。

 

内職夫人B (大統領の肩を叩いて)ほんとよ。期待してるわ、大統領さん。(一同に)どうもみなさん、お邪魔さま。

 

 

 

二人は笑いながら去る。

 

 

 

M 平  (現場から出てくる)やい、大統領! 算数は得意だなんて、なんだ。お前がまとめた在庫表、デタラメだぞォ!

 

大統領  (ふり向きもせず頭をかかえて)おお、大統領は激務だなあ。休暇もらって、フロリダ海岸にでもゆきたいよ!

 

 

 

停電――電灯がきえ、スピーカの騒音がハタと止む――

 

 

 

おみや  (嬉しそうに)停電!

 

M 平  うへえ! おれもしばらく停電だあ。(へたり込む)

 

ゆり子  (解放されたように)まあ、静かだこと。

 

大統領  ……こういうのを、仕事の中の幸福というのかなあ。(椅子によりかかる)

 

 

 

一同の体まで停電したようにぐったりする――一寸の間。

 

 

 

おみや  キャピトルも停電してないかしら。してれば、コンベア止ってるわ。

 

彼 女  こんな停電高が知れてるわ、残業ですぐとり戻されちゃうもの。どうして、あたしたちの仕事って、こう毎日あおられなきゃならないの? 世の中にはぶらぶらして生きる人もたくさんいるのに。

 

ゆり子  学校へ行っても、第一時間目はダメね、頭の中がワサワサ、ワサワサゆれてるの。

 

大統領  そうなんだ。おれさ、この間、本屋で、工程管理て本みつけて、買ってきて読んでるんだがそれに数字が出てきやがると、イライラしてきちまって、本、裂きたくなっちまうんだ。(小母さん工員、マダム工員現場から出てくる。大きなのびをして、彼女のところにゆき、何かおしゃべりする。)ゆり子  裂いちゃったの?

 

大統領  とんでもない、四百五十円もしたんだもの。いつか、読める時がくるさ。

 

 

 

口笛工員が出てきてうろつく。

 

 

 

大統領  (ポツンと)大学、大学、といって大学を出て、サラリーマンになる。それがなんなんだろうな……

 

 

 

マダム工員机にひじをつき、腰をくねらせて笑い声たてる。

 

山田が女たちのそばへよって、相好をくづしている。マダム工員の腰をみている。

 

マダムエ員ふり向く。山田はどぎまぎして、そそくさといなくなる。

 

 

 

おみや  ……(面白そうにみている)

 

大統領  (虚空をみて)人間の幸福? どういうことかな……百万円もらったら、幸福かな……ものを食べている時は幸福なのかな……。(小母さん工員が、大声で笑う)

 

おみや  (突然高い声で)キャピトル、近い内、四十八時間ストやるらしいて噂ね。

 

彼 女  ほんとに、やる気あるかしら、キャピトルの組合。

 

ゆり子  貨上げか、ボーナス要求ね、もうそろそろ暮がくるから。

 

彼 女  あたしたちにゃ関係ない。

 

おみや  (手を合せて)ストライキ、キャピトルのコンベアが止りますように! 神さまおねがいします。

 

大統領  (キョトンと)ストライキ? コンベアが止るのか、……

 

 

 

間――青山が現場から戻ってくる。

 

 

 

青 山  ……勘定合って銭足らず……だから棚おろしって、いやなんだ。

 

おみや  (おさえて)じっとしてな、青山さん、停電してる間くらい、人間らしく休むの。

 

青 山  くらいんだねえ、停電すると、(椅子にどしんと腰下ろす)お茶をくれえ!

 

 

 

ゆり子立ってお茶をいれる。

 

大統領は新聞をじっとよんでる。

 

電話が鳴る、彼女がとる。

 

 

 

彼 女  停竃でも電話なるの? ……あら、風天ちゃん、そっち、停電してない? ……そう、にくらしい。大統領とかわるわ。

 

大統領  (電話をとる)帰りに技術課によって図面もらってきてくれ、二一四の改造……また改造だ……あそうだ、やっちまえ、雨、雨、大雨。気をつけてな、風天!(受話器かける)

 

青 山  どこに、雨なんか降ってるんだ?

 

大統領  ……おれの心の中。

 

おみや  いかすせりふ、言うじゃない、大統領。

 

 

 

電灯がつく。

 

 

 

大統領  ちきしょう! (電燈を見上げて)お前はなぜ、もっと長く停電してねえんだ。

 

 

 

間、スピーカーが聞えはじめる。

 

人々は動かない。

 

たこ八があらわれる。

 

 

 

たこ八  (こわい顔で)電気が来たぞォ!

 

 

 

マダムエ員たち、ビクリとする。

 

山田がのっそり帰ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

5 アパートの一室

 

 

 

木造アパートの部屋、狭いが小ぎれいな感じ。残業終えて帰ってきた亭主、ひとりで食事。わきで女房(内職夫人A)わきめもふらずに部品加工。

 

 

 

亭 主  (めしが終る。お湯をがぶりと呑む)

 

女 房  (無関心、仕事に夢中)

 

亭 主  ……(新聞を手荒くひろげてみる)

 

女 房  (知らん顔で仕事)……

 

亭 主  (新聞を投げる)あああ!(大声)

 

女 房  ……(仕事)

 

亭 主  ……亭主より内職が大事か!

 

女 房  (静かに)調子が出ているので、手が放せないの。わかるでしょう。

 

亭 主  夜だぞ! 夜、……会社じゃ一日中あおられ、家へ帰れば女房は部品とにらめっこ、味気ねえな。

 

女 房  手伝って、なんて言ってないわ。

 

亭 主  冗談いうな。家へ帰ってまで、パンダのにおいかがされ。

 

女 房  お向うじゃ、毎晩ご主人が手伝うわ。

 

亭 主  よそはよそだ! そんなにまで働いて……おれの給料で不足か!

 

女 房  公庫の頭金いつになったら貯まるのよ。

 

亭 主  住宅政策、なっちゃないよ。国がこんなに狭くなってるのに、土地、空間が私有財産だ!

 

 

 

部品の箱をかかえた大統領が扉をノックする。

 

 

 

女 房  あなた、ちょっと……

 

亭 主  (立って開ける)けしからん、全く。

 

大統領  (ていねいにおじぎする)夜分、まことに恐縮です。

 

女 房  あら、大統領さん。

 

大統領  (おじぎばかりする。箱を出して)どうも、どうも、奥さん(また、おじぎする)救けると思って……(女房をみる。亭主がこわい顔で大統領をみている)どうも、……キャピトルの倉庫の払出しがおくれて、……どうしても明日の朝、いくらかでも納品しないと、……なんとか、ご無理でしょうが、二百個でけっこうですから……すいません、ほんとに。(亭主のこわい顔がかわらないので)大企業というのは一方的でしてね……

 

亭 主  そのキャピトルに、ぼくはつとめてるんだよ。

 

大統領  ……はあ、これは、どうも、お見それいたしました。(おじぎする)

 

亭 主  (苦笑する)しかし、君。労働基準法って知ってる?

 

女 房  あなた!

 

亭 主  時間を見給え、人権じゅうりんだね。

 

大統領  はい。でも、わたしたちは、その基準法って通用しないんです。

 

亭 主  通用しないって? そりゃまた……

 

大統領  実際のところ……その、現実的にはですね。

 

亭 主  君、知ってるのかい? 労働基準法。

 

大統領  不便ですね、基準法は。女の人の残業やれないでしょ。といって、うちなんかでやらなきゃ間に合わない。間に合わなきゃキャピトルのコンベアが……だからタイムカードは定時間で捺しといて。

 

亭 主  君、それ、当り前だと思う?

 

大統領  間違ってますね、どっちかが。

 

亭 主  ……君はいったい幾つ?

 

大統領  はい、十七です。

 

亭 主  こりゃ、また……

 

大統領  なんです?

 

亭 主  君は年少労働者だ。

 

大統領  そうですか。

 

女 房  よしなさい、あんた。大統領さんはとても忙しいの。

 

大統領  いえ、奥さん、大事なことです。

 

亭 主  うん、大事なことだ。

 

大統領  (うながして)それから、……あの……且那、ご主人さん。

 

亭 主  うん、君は……君たちを保護してる法律を知らない……だけじゃない。内職をもって、家庭労働を強制して歩く。

 

大統領  強制じゃないんです、おねがいです。

 

亭 主  ……君んとこの事業主は告発さるべきだ。

 

大統領  そんな……告発なんて、うちのような下請けじゃなくて、キャピトル、……キャピトルのコンベアが。

 

亭 主  機械に責任ないよ。

 

大統領  じゃ、その機械を動かしてる……というといったい何かな?

 

亭 主  コンベアを動かしてるのは、生産機構さ。

 

大統領  じゃ、その生産機構が告発されるべきです。……そういうことになるかな。

 

亭 主  (笑顔になる)君は面白いぞ。

 

大統領  では、それはそれとして、(箱を前に出し)これ、二百だけでけっこうですから、奥さん。

 

女 房  これからねえ。

 

大統領  あの、魚心と水心で。

 

亭 主  なんだ? それ。

 

大統領  いえ、エヘヘ。

 

亭 主  (女房に)とにかく、眼を赤くして、夜中の十二時なんて。おれは反対だ。大統領  はい、もう、ご無理は……この七六〇にはあおられ通しで。

 

亭 主  (びくっとしたように)七六〇!

 

大統領  はい。

 

亭 主  仕事番号だな。

 

大統領  はい……あの、何か……

 

亭 主  輸出だな、東南アジア向け。

 

大統領  はい、そうなんです。

 

亭 主  (女房に)お前、七六〇の部品をやってたのか?

 

女 房  あたし、仕事番号なんか、別に……

 

亭 主  女はそれだからダメなんだ!(部品と伝票をみる)七六〇だ!

 

大統領  (おそるおそる)どうなんでしょう?

 

亭 主  そいつは隘路部品なんだ。今日も生産会議で、主任が頭にきてた。

 

亭 主  おいてき給え。七六〇じゃ……。

 

女 房  まあ!……

 

亭 主  いけなきゃおれも手伝う。

 

大統領  これはどうも、どうも、どうも。(何度も頭を下げる)

 

 

 

 

 

 

 

6街の片隅

 

 

 

夜。小公園らしい街燈とベンチ。それに水飲柱。

 

背景にキャピトルの建物が照明で浮んでみえる。

 

ベンチで風天、なにやらムシャムシャやっている。

 

自転車に乗った娘(おみや)くる。

 

 

 

おみや  (自転車の上で)オスッ!(降りる)

 

風 天  ……おみやか(紙包を出し)くえ!

 

おみや  (のぞいて)いいわよ。

 

風 天  はずかしいんだな。

 

おみや  夜のベンチ、二人並んで鯛やきかじったって、ロマンチックじゃねえや。

 

風 天  ロマンチックって面か。高くもねえ鼻ひくひくさして……

 

おみや  そういう口きくと、絶対女にもてないよ。

 

風 天  (黙ってムシャムシャやる)

 

おみや  がっつきね。レディの前で。

 

風 天  腹へってるんだ。秋だよな。

 

 

 

大統領、自転車に箱つけてくる。

 

 

 

大統領  オース!

 

おみや  大統領。

 

大統領  (自転車止めて)デIト……

 

おみや  うそ! やな感じ……

 

風 天  この女、邪魔しゃがんだ、おれの第四食事。

 

おみや  あすこにうちの車あるから、風天どこいったかな? 見れば一人で鯛をムシャムシャ。

 

風 天  まだ一匹いる、食え!

 

大統領  うん。(かじる)

 

おみや  こどもね。二人とも。(自転車にのる)

 

風 天  ずらかるのか。

 

おみや  (イイイとやる)……内職おいてくるの。サボつてちゃダメよ。忙しいんだから。(去る)

 

風 天  (見送って)いい娘がよオ、こんな時間まで、自転車とばしてよオ……

 

大統領  何時だろ?

 

風 天  昨日の今ごろ。……どうだい?

 

大統領  三種類残ってんだ。やんなった。

 

風 天  憎らしいな。キャピトルの製品買う奴ら、ラジオ、テレビ……

 

大統領  なんで、お前、お客が憎いんだ?

 

風 天  買う奴らいなきゃ、何もこうやって、おれたちの尻ひっぱたかれることねえもん。

 

大統領  ふうん。おれ、さかさまに考えるんだ。

 

風 天  さかさま? どういうんだ?

 

大統領  買う奴いるからこさえるなんて、そんなのんびりてたら、今の資本家ぶっつぶれちゃうよ。

 

風 天  ぶっつぶれるか。

 

大統領  だとも。買い手をごっそりこさえといて、品物をごっそり売りつけるんだ。

 

風 天  買い手をこさえる?

 

大統領  宣伝、コマーシャル。

 

風 天  あ! そうか!

 

大統領  見ろ! あの、でっけえ、ネオン。

 

風 天  あれも宣伝。ネオン……きれいだな。昼間みると汚ねえが、ガラス管クニャクニャ、つまり。キャバレーの女みてえなもんだ。

 

大統領  うん、本質的にそうだな。

 

風 天  キャバレーで一万円、パアッと使ったら面白えだろな。

 

大統領  おれ、この頃、なんでもさかさまに考えてみるんだ。

 

風 天  お前て、ほんとに、変ってんな。

 

大統領  さかさまに考えると、さかさまに見えて、さかさまに見えると、今までわかんなかったことが、ぱあっとわかることあるんだ。

 

風 天  ふうん、そうかな、さか立ちなら、おれ、うめえぜ。エイッ!(ベンチの上にさか立ちしようとする)

 

風 天  (直る)いけねえ、鯛のアンコがのどにきた。(水をのむ)……なにが、ぱあっとわかるんだ。

 

大統領  ……つまりさ、キャピトルのおかげで、下請けは食ってる、みんな考えるだろう。ところがそうじゃなくて、下請けが仕事するおかげで、キャピトルは動いている、て考えるんだ。

 

風 天  ん……。

 

大統領  コンベア、ストップさせないため、おれたちがかけ廻るんじゃなくて。

 

風 天  じゃなくて……

 

大統領  おれたちがかけ廻るから、コンベアはストップしないでいられるんだ。

 

風 天  ん……少し、わかるような、わかんねえような。

 

大統領  労働基準法なんて、守ってたら、下請けは仕事にならないん、じゃなくて。

 

風 天  じゃなくて……

 

大統領  基準法平っちゃらで仕事するから、下請はやってゆけるんだ。

 

風 天  ……お前、大学出みてえだな。

 

大統領  大学出ってこんな風にいうのかな……

 

風 天  古沢の奴なんか、おれ、正しいつもりで話しても、いつの間にか間違ってることになっちまうんだ。

 

大統領  でも、もの考えんの、考えもんだな。

 

風 天  ええ?

 

大統領  もの、考えんの、考えもん。

 

風 天  (口の中でぶつぶつ――首かしげ)頭弱いんだな。

 

大統領  今夜なんか、つくづく思うんだ。……内職者なんて、みんな貧乏ならいい……

 

風 天  なんで?

 

大統領  だって、こんな夜になって、無理な仕事、……困ってる家の方、頼みいいだろ?

 

風 天  ……余裕があると、人間て、ぜいたくになるな。金ありゃ、働かねえもん。

 

大統領  おやじさん居ないとか、病気とか、子供が多くて、給料安くて、内職やらなきゃ食ってけないとか。

 

風 天  ……うん。

 

大統領  こないだ、本で、炭鉱地帯の内職のこと。読んでおどろいたんだ。この辺の三分の一ぐらいの手間でも、みんなよくやるんだな、輸出の花造りみたいな内職……

 

風 天  うちのおふくろもやった……

 

大統領  ふん……

 

風 天  おれんち、おやじ、子供の時死んで、おふくろ後家だもん、ずいぶん無理な仕事して、おれ育てたもんな。

 

大統領  つまり、ふうん……(間)人間て、生活がもっと豊かになると、家の中まで、工場のつづきみたいな内職なんか、しなくてもよくなるよな。とすると、おれたちが今やってる仕事、上ったりになっちゃう。……だからよ、今やってるようなこと、人民の幸福とは、さかさまの関係になる。……そういうことだろう。

 

風 天  その……人民の幸福って?

 

大統領  おれたち、労働者の幸福だよ。

 

風 天  下請けの労働者でも。

 

大統領  そう、下請けの労働者でも。

 

風 天  キャピトルの連中でも。

 

大統領  キャピトルの連中でも。

 

風 天  みんないっしょさ。

 

大統領  みんないっしょさ。

 

風 天  ……でもいまは、どっか、ちがうな、労働者、つっても。

 

大統領  ……どっかちがうな。

 

 

 

――間――

 

 

 

風 天  うちの連中はみんな、毎日ワイワイ、追っかけられ通し、なにも考えられねえな。

 

大統領  そこなんだ。人間、つまり、毎日ワイワイ追っかけられ通し考えるひまがないというのは、これは少くとも人間幸福ではないんではないかと思うんだ。

 

風 天  やめよう。頭変になった。

 

大統領  風、少し寒いな。

 

風 天  うん、少し寒い。

 

大統領  おれ、もう二軒ほど、廻ってくる。風 天  車ころがして、先いっているぜ。

 

 

 

二人、右左に別れる。

 

大統領の前におみやぬっと現れる。

 

 

 

おみや  (小声で)バア。

 

大統領  おどかす……

 

おみや  (口に指)シッ!

 

大統領  なにが?

 

おみや  なんでも……

 

 

 

そのままじっとしてる。

 

 

 

大統領  なによ?

 

おみや  なんでもない……

 

大統領  なんだ。

 

おみや  ね、あたし、工場やめるかも知れない。内しょよ。(じっとみる)

 

大統領  ……それで?

 

おみや  舞踊学校へ入るの、ダンシング。

 

大統領  すげえ。……

 

 

 

―間―

 

 

 

おみや  ……あたし、ゆり子みたいに頭よくないでしょ。

 

大統領  そんなでも……

 

おみや  運動神経、音楽、ならいいわよ。

 

大統領  そうだね。……おれまだ……

 

おみや  (よりそい、上をみて)きれいな空。

 

大統領  ……汚えよ、工場地帯の空って。

 

おみや  (手を上にあげ)あ、流れ星。

 

大統領  星?

 

おみや  (早口で)流れ星、消えない内、ねがいごと、きっとかなうの。

 

大統領  星なんか……

 

おみや  ロマンチックじゃないなあ、大統領。がっくり!(行く)

 

大統領、キョトンと見送る。

 

 

 

 

 

 

 

7 現場倉庫(夜)

 

 

 

すでに午後九時をすぎた感じ。

 

彼女、ゆり子、山田がそれぞれに仕事。

 

風天が離れて、車の部品を修理している。

 

おみやは外から帰ってきたところ。

 

帰り仕度の小母さん工員、マダム工員がお喋りしている。

 

 

 

小母さん工員 ゆりちゃん、いいの、夜業なんかしてて。

 

ゆり子  あたし、いつも五時に帰らしてもらってるから、せめて今夜みたいに、忙しい時くらい……小母さん工員 大学受験するんだってねえ、あんた。

 

ゆり子  (迷惑そうに)そんな……

 

小母さん工員 (無神経に)かくすことないよ、感心!

 

マダム工員 はきだめの鶴ね、ゆりちゃん。

 

ゆり子  いやだわ。

 

小母さん工員 もったいないもんね、こんなところでくすぶらしといちゃ。

 

風 天  ばばあ、亭主待ってんぞ! お喋りしてねえで、早く帰れ!

 

小母さん工員 ……おどろいた。

 

マダム工員 青少年の非行問題、頭いたいところね。

 

風 天  なにを! 土手カボチャ!

 

 

 

二人、ゲラゲラ笑って去る。

 

 

 

彼 女  八ツ当り、よしな、風天。

 

風 天  なにが?

 

彼 女  キャピトルさ。

 

風 天  泥棒か。

 

彼 女  自分から泥棒なんて。

 

風 天  ……以後倉庫出入禁止ときた、キャピトル電気株式会社宝町工場総務課、へッ、おれがおっかねえんだと、あのデッケエキャピトルがよ。ハハハ。

 

彼 女  勝手なこと、きめちまうものね、大企業って。これでうちじゃ、キャピトルに足を踏み入れられない人が二人もできたわけじゃない。一人は、部品どろぼう常習犯てこと、一人は、なんといったらいいのかしら、反逆者のなれの果て……そう、なれの果てね、あの人はもう。

 

おみや  さすが、いい言葉……反逆者のなれの果て、なんてさ。……M平いとしや、彼女のためいき彼 女  (おみやの髪の毛をぐいとひき)あんたにはまだ、大人の苦しみなんかわかりゃしないのよ!

 

おみや  いたいよオ!

 

ゆり子  (ふき出すように笑う)

 

おみや  なにがそんなにおかしいの。

 

ゆり子  だって……

 

 

 

夜業終えた、たこ八と鉄ちゃんが帰りかかる。

 

 

 

たこ八  お先にィ、夜道は痴漢がうようよしてて、おっぱいぎゅっとやられっから、あまりおそくまでやるな。

 

おみや  蛇の道は蛇。

 

たこ八  口のへらねえ小娘だ。

 

鉄ちゃん (おみやに近づき)おくってやろうか。

 

たこ八  あきらめろ、鉄。みんな一人づついるんだから、なに食わねえ顔してたって。

 

ゆり子  (むきになって)あたしはいません!

 

おみや  (しなをつくり)あたしだっていないもの。

 

たこ八  (すましている彼女により)なあ彼女、ひとこと、あってもいい筈だぜ。

 

彼 女  (胸で圧迫するよう、ぐいとよる)浮気してもいいわ。そのかわり生命がけよ、覚悟はいい、小父さん!

 

たこ八  (狼狽して)おいおい……(キョロキョロして)……誤解されるじゃないか……(ホッとしたように)

 

彼 女  (笑う)

 

たこ八  (胸の動きをおさえて)すげえ女だな……ふう。

 

おみや  あたしも、男誘惑してみたい……

 

鉄ちゃん おれ、いつでもいいぜ。

 

風 天  (いきなり怒鳴る)仕事終ったら、さっさと帰れ!

 

鉄ちゃん (おどろいて、おみやと風天とみくらべ、風天に向って、ていねいに頭をさげる)そうか、知らなかった。おみそれいたしやした。

 

おみや  (むきになって)うそよ、うそよ、この人、勝手に怒ってるのよ!

 

 

 

風天黙っている。

 

たこ八、ぼーっとなって、鉄ちゃんと帰る。

 

 

 

彼 女  (風天に同情して)にくらしい娘ね。口では恋人がたくさんほしいなんて言っておきながら。(両手でおみやの口をひねる)

 

おみや  (目をつぶって、彼女のなすがままに任せている)

 

 

 

パリッとした背広の古沢が入ってくる。

 

 

 

古 沢  お嬢さん方、何時までやるの……(だれも返事をしない)……残酷物語だな、意味もなく、あたら青春を疲れはたす。

 

ゆり子  (抗議の感情をこめて)意味がない――というわけはどういうことかしら?……あたしたちの残業を。

 

古 沢  ……おや、大事な学校まで休んで、今夜はサービス。……まあね、こんなに目の色かえて……うちだけじゃない、あっちでもこっちでも、日本中でおそらく何百、何千もの下請けが、親企業の激烈な競走のあおりによって、夜もやすまず……無政府的……もう生産過剰は目にみえてる。そうして間もなく、パタッと火が消えたように、……そうなるのが怖いから、ますます元請けに忠誠をはげみ、無理な仕事を。馬鹿な話さ。

 

彼 女  (皮肉に)古沢さんは学がおありになるから、何もかもお見通されて、わっしょわっしょとあおられてる、あたしたち工員をみると、気の毒におなられ遊ばすの。

 

 

 

M平がそっと入ってきて、きいている。

 

 

 

古 沢  彼女、そんなひねくれたものの言い方、お止めなさい。なにもかも無計画、無責任、キャピトルもうちの大将も、ぼくはそれを言ってるんだ。人はふやさず仕事だけはどんどんふえる。残業はのべつ幕なしで、残業料や工員のコストはふえても、売上げはその割にはふえない。そのあげくに言われることはきまって、管理がデタラメだ、なってない。

 

M 平  (横から)それを言うのは、どなただい?

 

古 沢  (ちょっとくらい)……高島だよ。

 

M 平  なんだ、キャピトルの銀流しのせりふか。

 

古 沢  その銀流しが、経営指導とやらで、のり込んでくるのも時間の問題だな。

 

M 平  それで、総務課長が青くなってとび廻ってるのか。

 

古 沢  青くなんかなるもんか。ぼくにはぼくの目算がある。

 

M 平  だいぶ、現場の連中をたきつけたらしいな。高島ボイコットで。

 

古 沢  労働組合はあるにはあるが開店休業じゃね。どんな不合理な労働条件にも、うんともすんとも声もなし。

 

M 平  そうおっしゃる古沢さんこそ、昔は学生運動もやったとおっしゃるのに、どうしてかわいそうな労働者を指導して、改善闘争にのりださないのかな。

 

古 沢  おれは総務課長、労働組合法からいっても立場がちがう。

 

M 平  組合法もへったくれもないよ。部下なしの一人課長なんか。(笑う)

 

古 沢  でも、総務課長は課長だ。

 

M 平  (大声で笑う)課長兼、庶務係兼、会計係兼……

 

古 沢  (じっとこらえて)そういうMさんこそ、あんたは立派な工員、労働者であり、かつては……

 

M 平  いまのおれは抜けがら、何いってもダメ。

 

古 沢  うら悲しいねえ、M平さんがそういうせりふをおっしゃるとは。

 

M 平  だから、キャピトルの下請け指導がなんだか、高島がひもつきで乗り込んで来ようが来まいが、関心はない。失うべき地位も誇りもない。その日ぐらしの、犬のような労働者なんだ。どなたかのように、あたたかい小さな椅子さえもないんだ。

 

古 沢  下請け工場の、一人課長の椅子がなんだ。

 

M 平  意気ばって言わなくたって、わかってるよ。すわり心地が悪くないことは知ってるんだぜ。

 

彼 女  (皮肉に)古沢さん、もうお帰りになった方がいいわ。

 

古 沢  (憎悪を浮べて)まあ、徹夜でもなんでも、ゆっくりお楽しみ。

 

M 平  (カッとなる)なに! どういうことだ、それは!

 

古 沢  おっと、こんなことにお怒りになっては、M平さんらしくない。失うべき誇りももたない犬のようなと、いま言ったはずじゃないですか?

 

M 平  野良犬はくいつくぞ!

 

古 沢  なるほど。

 

 

 

古沢あわてて去る。

 

一同しばらく無言。

 

 

 

彼 女  (外に出て)高島、のり込んでくるって?

 

M 平  まだ、わかるもんか。よしんば来たって、あいつ、キャピトルヘ新入社当時、現場の班長だった大将にゃ、けっこう、お世話になった身だ。あんまりデカイ面もできねえさ。

 

おみや  あたしたち、どうかなるの?

 

M 平  かわりはないよ。ああ、けたくそ悪い。(外に出てゆく)

 

彼 女  ちょっと、また、M平さん。どこへ行くの。

 

 

 

あわてて後を追う。

 

 

 

おみや  (声色まねて)M平さん、どこへゆくの。(舌を出し、ゆり子にウインクする)悪女の深情。

 

ゆり子  悪女の深情とは、きりょうの悪い女についていうことよ。彼女は美人でしょう。

 

おみや  あら、そうなの。じゃ、悪女はM平さんの奥さんの方だ。

 

ゆり子  あんた、知ってるの?

 

おみや  ここへ何度も来たことがあるもん。以前にM平さん、彼女と泊り歩いて、お給料もろくに持って帰らなかったから。

 

ゆり子  まあ、ひどい。あの人が……そんな人だと思わなかったわ。

 

おみや  あんた、案外感覚が古いみたい。奥さんてほつれ毛をこんなにして、鬼子母神さまみたいな顔、声は男性的で。

 

ゆり子  なぜ結婚したのかしら、そんな人と。

 

おみや  思想的結婚の破たんよ。M平さん、ずいぶん悩んだそうよ、酔うとおいおい泣いて、恋も革命も矛盾だらけ、すべては夢幻の如く、ていうの。

 

ゆり子  ……気がつかなかったわ。

 

おみや  M平さんのこさえた歌知ってる?

 

ゆり子  ううん……

 

おみや  作詩作曲加藤M平、振付萩原おみや(舌を出す)あたしの出まかせおどり。(立ってポーズをとる) エヘン。

 

 

 

おみや、歌いながら踊る。

 

 

 

昼は昼で

 

夜は夜で

 

仕事が追いかけ

 

コンベアが迫いかけ

 

なんの因果か

 

機械に追われて

 

おれたちゃ 夜はない

 

 

 

ゆり子  (拍手する)すてき! おどろいたわ。

 

おみや  二番やるわね。(風天に)不景気な顔してないで、あんたも唄いなさい。

 

 

 

風天唱和して――

 

 

 

レジャー バカンス

 

どこの話さ

 

ねてもさめても

 

部品が追いかける

 

体もこころも

 

コンベアに食われて

 

おれたちゃ 夜はない

 

 

 

歌の間に彼女も戻ってくる。

 

青山と大統領が部品の箱をもって帰ってきて、この歌と踊りを見ている。

 

 

 

大統領  (電気にでもかけられたように、呆然として)へえ、面白え歌、なんての、それ?おみや  コンベア野郎に夜はない。

 

大統領  コンベア野郎に夜はない……ううむ。ああ、その通りだ。

 

ゆり子  知らなかったわ.M平さんて芸術的なのね。

 

大統領  (感歎して)M平さんがつくったの、へえ、洒落てんだな。

 

おみや  ああ損した。歌って踊ったのはあたしなのに。

 

ゆり子  そう、歌と踊りが素晴しいわ。

 

おみや  (耳をおさえ)もういいの、いいの。

 

大統領  みやちゃん才能あるよ。

 

おみや  知らない、知らない!

 

青 山  大統領! 内職加工の残り片づけちまおう。

 

大統領  そうだ、そうだ、みなさん、とうとう残ってしまったんです。(みんなに最敬礼する)

 

青 山  おねがいいたします。

 

彼 女  いいの、いいの、毎度のこと。

 

大統領  百個だけでいいから。

 

おみや  あたし、片づかないから、今夜は泊り込みでやるつもり。

 

彼 女  あたしもおんなじ。

 

ゆり子  あたし、もう帰るから百個だけなら、何としてでもやってくるわ、大統領のためですもの。

 

大統領  ありがたい……おれ幸福だな。……幸福て、人の心と心の問題なんだな。

 

ゆり子  (目を輝かし)大統領て、印象的なこというのね。

 

大統領  (目を丸くして)おれ……?

 

ゆり子  あんたの言葉。

 

大統領  そうかな、でも、おれ、ただ……

 

ゆり子  あんたまだ、自分の素晴らしさ、わからないんだわ。

 

おみや  (部品をいきなり床にぶちまける)にくらしい!

 

彼 女  どうしたの? おみや。

 

おみや  (狂乱の態で)にくらしい、にくらしい、部品がにくらしい!(祈りの姿勢で)神さま、こちらの。かあいそうな乙女にも、おあら、おあら、おあられみ(おあわれみというつもりが、舌がもつれていえない。急に顔を覆ってしまう。泣いているのか、笑っているのかわからない)

 

彼 女  どうしたの?

 

おみや  (顔をあげ、発作のように笑う)

 

彼 女  ヒステリーだ。疲れすぎね。

 

青 山  (帰ろうとする山田に近より)山田さん、百個たのむね。

 

山 田  (黙ってうなづき、部品を受取る)

 

風 天  (すっと立ち上って)二人とも送ってやるぜ。夜業のあげく内職かまされちゃ。

 

ゆり子  いいの? あたしたちのために車なんか。

 

風 天  たとえ百個でも、部品運ぶのおれの役目だ。ついでに人間も乗せていくまでさ。

 

大統領  風天、たのんだぜ。

 

風 天  オッケー。ひとっ走りだ、さ、来いよ。(先に出てゆく)

 

ゆり于  さよなら、風邪ひかないようにね。

 

彼 女  さいなら、気をつけて。

 

 

 

三人が出てゆく。入れちがいにM平が帰ってくる。

 

 

 

M 平  ポツポツ降り出してきやがった。秋だねえ、空気が冷くて、キャピトルのネオンばかり、やけに輝きやがる……

 

おみや  (鼻をつまんで)焼酎くさい。また、焼とりやで。

 

大統領   ……よっぱらい詩人だな、こりゃ。

 

青 山  さあ、大統領、ジャックにスイッチの配線!

 

大統領  そうだ、内職内職。

 

M 平  また売れ残りか。いくつづつ、片づけるんだ。

 

青 山  二百。

 

M 平  配線ならみやちゃん。おっと応援してやらないか。

 

おみや  あい、男たちの仕事、みてられないもの。

 

彼 女  あたし、かんにんして、この報告書終らないから。

 

 

 

人々、内職加工を手助けする準備。

 

おみやは電気ゴテのコードを入れ、糸ハンダの準備をする。雨の音高まる。

 

 

 

青 山  とうとう本ぶりか。

 

彼 女  もう、ストーヴがほしいわ。

 

おみや  (小声でシャンソンをうたう)

 

静かな雨

 

並木の雨

 

あなたを待つ

 

むねにふる

 

M 平  お! おみや、なつかしい唄、やるじゃないか。(立ってうたう)

 

おみや  (うたう、M平和する)

 

ながれる唄

 

なつかし唄

 

ゆめにささやく

 

あのメロディー。

 

M 平  (歌の途中から)ああ、いやんなった。(詩的な調子で)夜は休むものなり……(怒りの調子で)夜はいこうものなり……夜は恋を語る時なり……恋失いし者は、酒によいて泣く時なり……(怒りの調子で)断じて、断じて、仕事をする時に非ず!

 

大統領  夜は仕事をする時に非ず。……昔は夜業なんかなかったんだね。

 

M 平  大昔は、灯りがなかった。灯りの発明が、人間が夜休むことをやめさせたんだ。

 

大統領  おれのおじいさんは大工職人だったが、小さい頃、よく年期奉公のつらかったこと、話してくれたよ。朝早く、冷い水でかんな砥ぎやらされたことや、仕事しくじるとゲンノーで叩かれたことや、三度のめしが、なっぱの味噌汁にたくわんばかりだとか。……でも、夜、仕事する話はなかったなあ。

 

M 平  長時間労働は、資本主義生産が生みだしたんだ。たしか、マルクスだか、エンゲルスだかが書いてる。

 

大統領  マルクス?

 

彼 女  いいの、いいの。そういう話はいいの。

 

おみや  (だれに言うでもなく)あたしね、家がお金持ちなら、パリヘ行って、シャンソン勉強する筈なの。でも仕方ないわ、五人兄妹の二番目でさ……バラ色の人生。待ちましょう。……泣くな乙女よ、泣くじゃない、マブタのホコリが目にしみる。おみや綴方教室。(いきなり大統領にだきつく)大統領  うヘ! 心臓がとまる。

 

おみや  (ぱっと離れて)うそ、大げさ!

 

彼 女  また! 挑発する。

 

おみや  仕込まれたもの。

 

彼 女  仕込んだ覚えないわ。

 

おみや  お生憎、彼女だけに仕込まれたんじゃないもの。

 

彼 女  へらず口!

 

青 山  (事務所の様子をうかがい、M平のもとにゆき、不安気に)大将まだ試作やってるらしいぜ。

 

M 平  知っちゃいないよ。平気、平気。

 

 

 

間――人々仕事をつづける

 

 

 

彼 女  当月分在庫残高。(ソロバンをがちゃがちゃやる)合わない、合わない、あたしはどうして、こう頭が悪いんだろう。

 

 

 

事務所から大将が入ってくる。

 

 

 

大 将  シールド線と、ヒシチューブ少しくれないか。(みんなの作業をみる)

 

 

 

青山はそわそわした様子。

 

大統領が棚から材料を出してわたす。

 

 

 

大統領  これでいいですか。

 

大 将  オーライ。……唯助、M平、また夜業でやってるな、内職加工。

 

青 山  (怖れて、黙っている)

 

M 平  緊急非常処置、内職者は手一ぱい。明日いくつか入れなければ、キャピトルで。

 

大 将  わかってる。でもけじめはけじめだ。

 

M 平  けじめを守るか、キャピトルをストップするか。

 

大 将  それでおれをおどかす気かい、M平。

 

M 平  (興奮する)杓子定規すぎるよ。小さな算盤や、機械的な取りきめにこだわってちゃ、うちみたいな下請工場は動きゃしないんだ。それを文句いうなら、労働基準法だって守ってもらおうや。

 

大 将  基準法守れだ! やい、言っていいことと、悪いこととあるぞ!

 

大統領  (おどろいて、仲裁するかのように立ち上る)あの、あの、あの……

 

大 将  なんだ、大統領。

 

大統領  あの、……どうしていけないんですか? 夜業で内職加工やっちゃ。

 

大 将  ……きめてあるんだよ。夜業、いや、内職加工は工場でやってはいかんと。

 

大統領  どうして、そんな変なこときめたのかな? 今夜、部品もって、内職者廻って、ことわられるたびに、しみじみコンベアが憎らしくなった。昔の、封建時代の殿さまだって、コンベアほどは、人民を酷使しなかったよ、きっと。

 

大 将  大統領、ものの言い方、少しおかしいぞ。

 

大統領  大将も、少しおかしいと思うんだ。なぜ、夜業で内職加工やってはいけないんだろ?

 

大 将  分らないらしいな、説明してやろう。彼女、そろばん。(そろばんを受収り、大統領がやりかけていた部品を一つとり)お前、これ一時間にいくつやれる?

 

大統領  ……内職者みたいになれてないから……三〇ぐらいかな。

 

大 将  危ねえもんだ。ま、三〇としとこう。ところでお前の残業料は、一時間当り?

 

大統領  ええと、二割五分増だから………百円。

 

大 将  だな。そこでお前が残業でこれをやると、百わる三〇、はじくまでもねえ、一個当り三円三十銭。

 

大統領  はい

 

大 将  彼女、これの加工単価は?

 

彼 女  (伝票をみて)九五銭。

 

大 将  え? どうだい、九五銭がお前が残業でやれば三円三十銭で三倍だ。M平がやれば本給が高いから八九倍、内職単価って奴はどこまでも内職単価だ、工場の常用工賃、まして家族手当つきのの男に残業でやられてみろ。会社つぶれちゃうよ。

 

大統領  はあ……

 

大 将  前にこれで、大きな赤字を出した。それ以来、内職加工は工場でやってはならぬときめたんだ。どうしても間に合わない時は、管理係の責任として、家へ持って帰ってやること。

 

大統領  (昂奮して、あがる)そうすると……そうすると……

 

大 将  なんだ?

 

大統領  すごく安いんですね、内職単価。

 

大 将  工場作業の割にすりゃの話だ。……でも、電機部品の内職単価は、世間一般の内職のうちでは高い方だ。

 

大統領  (熱をこめて)ほんとうは安いんですね。

 

大 将  安いよ、でもこれがあるから、日本の産業は伸びたんだぞ。

 

大統領  おれの仕事は、この安い内職を配ってあるくんだ。コンベア、コンベアを止めないためにゃ、今夜みたいに、人のやすむ時間にも頼んで歩くんだ。おしつけて歩くんだ。しかも内職は昼間やろうと夜中にやろうと単価はおなじなんだ。

 

大 将  お前いまカーッとなってるが、こんなこと昔からだぜ。それで今日までうまくやってきたんだ、日本は。(みんなに)ま、今夜のことはいいさ。間に合わなきや仕方がない、ただけじめだけははっきりさせておかないと。……定時間。高能率、高賃金という理想から遠くなるばかりだからな。……ま、そんなとこだ。(事務所に引込む)

 

M 平  分りきったこと、けったくそ悪い。

 

 

 

間――雨の音、高くなる。

 

 

 

おみや  (足を投げだし、上を向いて)なんだっていいじゃ。……あたし。いま、とってももののあわれ感じてるんだ……この雨……もう、妹はねたかしら……

 

 

 

間――雨

 

 

 

彼 女  ああ、威勢のいい話ない。キャピトルの組合じゃ。近々に四八時間スト、やるんだって話してたわね。

 

M 平  賃上げ……下請けにや関係ねえや。

 

彼 女  関係なくても、ストライキやれば、コンベアが止るもの、それだけでもいいわ。あおられずにすむ。

 

大統領  (その言葉にショックをうけたかのように)コンベアが止る。……ストライキで止る……キャピトルの労働組合の……(じっと目をこらしている)

 

 

 

雨の音――

 

 

 

 

 

 

 

第二の間奏

 

 

 

音楽――大統領の思ひ悩んだ独言。

 

 

 

大統領  ……つまり、一つがわかると、その先に二つ、わからないことがでてくる。……わかる、ということは。たくさんわからなくなるということじゃないか? ……インテリになるのは、むづかしいことだなあ。

 

 

 

途中から父があらわれる。

 

 

 

 父   お前。経済学読むといい。

 

大統領  無理だよ、あんなむづかしいもの。

 

 父   うむ……。

 

大統領  ああいう本、時間がいるだろ、読むのに。……読んでも片端から忘れちまうんだ。覚えてられない、なじみのない言葉が多すぎるものなあ。

 

 父   言葉、言葉に負けちゃ、言葉をこわがっちゃいけない、しっかりしろ!

 

大統領  (異質なものをロにするように)……カチ……シャカイテキロードー………ジョーヨカチ……ヒツヨーロードー 父   秘密を解く鍵は言葉だ、それもむづかしい言葉、カチだとか、ロードーだとか、つかみどころのないような言葉の奥にある……

 

大統領  それから……

 

 父   おれも、若いころ、そういう言葉を使うのが嬉しかった。インテリになったみたいで……意味なんかろくに分らなくたっていいんだ。……で昼休みに喋ったんだよ。「お前らヨ、ジョーヨカチ、て言葉知ってるかよオ」てな調子で。……仲間は目パチクリさしてたが、工場の労務に聞かれちまって、目の玉とび出るほどしぼられちまった。……おれ、実は、その言葉を百科辞典で覚えたのさ。……あの百科事典買うのに、小づかい三月ためたよな。……それで、もう、インテリの真似するのはさっぱり止めたんだ。とんびの子はとんびだ。

 

大統領  ぼくもとんびか。……

 

 父   三十すぎて、戦争に生き残り。もう一度めぐりあったのさ、その言葉に。

 

大統領  なんだっけ?

 

 父   剰余価値……なぜ、戦争前、労務係にしぼられたか、やっと分った。

 

大統領  ぼく、よくわからない。

 

 父   ……その言葉に、なじみがうすいだけさ。……労働者は、抽象的な言葉を知らない。それが自分たちの秘密を解くはずなのに。

 

大統領  ……母さんがよくいった。父さんは戦争が終ると、生きかえったように労働組合のことに、……それで身体も心もすりへらしたんだって。

 

 父   うん……考える前に行動したんだ。

 

大統領  え?

 

 父   行動した。……行動のなかで考えようと……でも、行動してると、考えられなくなるもんだ。

 

大統領  ……わかる……わかるような気がするよ、それ。……ね、どっちが先なんだろう、考えることと。動くことと。

 

 父   ……

 

大統領  どうして、答えてくれないの……

 

 父   ……まず、行動しなきゃ、どうにもならないように、なっちまうんもんだ、現実とは。なあ、坊主。

 

第二部

 

 

 

第三幕「コンベア止りなば」(大きな工場と小さな工場)

 

 

 

秋、十一月ごろ

 

8 キャピトルの工場の現場倉庫

 

 

 

明るい色の壁。キャピトルのトレードマーク。デスクカウンターに電話、要すれば背面に移動するコンべアチェインの影がみえるとよい。生産を促進させるためのムード・ミュージック(例えばOver The wavesなど)キャピトルの女工員A・Bがおしゃべりしながら部品整理。倉庫主任が電話している。

 

 

 

倉庫主任 手不足は言いわけにはならん。……当り前だね、泥棒に倉庫の出入りは許すわけにはいかないよ。……社長に。言いたまえ、こうおくれて、またコンベアが止るようなことがあったら、今後の発註だって……なに? 困るのはお互いじゃないか?……生意気だ! あんただれ? 青野電機のだれ? ……加藤……なに? えむ、えむがなんだ?……よろしい、加藤だな。……なに? おれの名を? 第四製造部品倉庫主任の小野だ! おい何を笑う? 君。(受話器を荒くかける)礼儀を知らん!

 

女工員A 青野電気、来ましたよ。

 

 

 

大統領が大きな箱を持って登場。

 

 

 

倉庫主任 礼儀知らずだぞ。君んとこのは! なにしてたの?

 

大統領  (腰を低く)申訳けありません。(納品書を出す。女工員たち部品を処理)

 

倉庫主任 コンベア止ったら、いい……一ライン百二十人もいるんだから、五分止っただけで六百分、十時間のロスになるんだ。(大統領をよくみて)君だね、こんどは。

 

大統領  止りましたか?

 

倉庫主任 (怒鳴る)止ってからじゃ、すまないんだよ!(女工員たちクスクス笑う)

 

大統領  (まじめに)よかったですね。

 

倉庫主任 (あきれて苦笑する)君はまだ、ものを知らないようだな。そんなのんびりした神経じゃ、とても近代的生産に追いついてはいけないぜ。

 

大統領  ほんとうです。ふうふういってます。

 

倉庫主任 やれやれ、長生きしそうだ。

 

大統領  いえいえ、寿命がちじまります。

 

倉庫主任 とぼけたのばっかりいるよ。おたくには。かっぱらい屋に、たんか屋、すごい下請けさ。

 

大統領  まことにどうも。

 

倉庫主任 ときに、加藤って人いるね?

 

大統領  加藤……M平さんですね。

 

倉庫主任 そのえむ……ての何だい!

 

大統領  ほんとうは明(みん)平(ぺい)、というんです。明(あきら)かに平(たいら)。

 

倉庫主任 加藤明平……年は四十前後……鼻の頭赤いだろ。

 

大統領  はい、赤くて、焼附好きで。

 

倉庫主任 青野にもぐり込んでやがるのか。

 

大統領  ご存知で。

 

介庫主任 昔、ここをクビになったんだ。ウルトラのアカハタ野郎でよ。

 

大統領  ウルトラのアカハタ?

 

倉庫主任 いまから十何年前、君たちが鼻たらしてた頃さ。戦争に負けたドサクサで、奴らウルトラは、この会社ものっとって、社会主義てのを、やろうとしたのさ、ところがどっこい、アメリカの力をみくびったのが運のつきだ。

 

大統領  そのころ、コンベア、ありましたか?

 

倉庫主任 コンベア? まだない。第一仕事になんかなりゃしないんだ。毎日毎日、団交だ委員会だ、ストだデモだ。

 

大統領  すごかったんですね。

 

倉庫主任 話になんないよ。そのウルトラ連中がクビになったればこそ、生産体制は整ったわけだ。連中は、トラブルおこすのが好きで、仕事はきらいな奴が多かったからな。コンベア・システムは、その後に入ってきたんだ。

 

大統領  じゃ、ウルトラはコンベアに反対なんですね。

 

倉庫主任 連中は何でも反対さ、反対! ていえば革命的なんだ。あいつ、青野でいまでも反対!

 

てやるかい?

 

大統領  いいえ、いまは……絶望、ていいます。

 

倉庫主任 絶望(笑う)そいつはいいや。

 

女工員B 課長さんがおよびです。

 

倉庫主任 まってろ、君。

 

 

 

倉庫主任出てゆく。

 

 

 

女工員B (大統領に)あんたガッチリしてるわね。

 

大統領  こわい人ですね。

 

女工員B (鼻つまんで顔しかめる)特別よ。

 

女工員A 万年倉庫主任で頭にきてるの。

 

大統領  やはり、組合員ですか?

 

女工員A もちろんよ。

 

女工貝B しかも、職場の代議員よ。

 

大統領  職場の代表? あの人が。

 

女工員A おたくの、風天さんにいって、あたしまで、ずいぶん調べられたって。

 

大統領  何を? 調べられたんです?

 

女工員B あたしたち。倉庫係が、下請けの人と結託して、部品持出しを謀ったんじゃないかって。嫌疑。

 

女工員A 警務課で三時間もよ。失礼だわ。「君たち、特別の間柄じゃない?」なんて訊くの。ブライド傷つけられたわ。

 

大統領  ……おどろいたな、会社って、あんた方まで。ふえっ!……人権じうりんもはなはだしいや。……ここには立派な労働組合があるのに、どうして問題にならないんですか?

 

女工員B 立派な労働組合だって。(笑う)

 

女工貝A わかってるでしょ、あの人が代議員じゃ……

 

大統領  どうして? そんな人が選ばれるのかな。

 

女工員B (目玉をくりくりさせ)やり手がないもの。

 

女工員A 点数下げたくないもの。

 

二人 (ロと目を合わせて)ねえ。

 

大統領  矛盾だらけか。

 

女工員A こんどのストもそう。(Bに)知ってる? ストライキに備えて増産してるって噂。

 

女工員B (気がなく)知らない。

 

大統領  ストライキと増産?(首かしげる)

 

女工員A にぶいわね。ストライキで生産がおちる分、先に増産しておくの。

 

大統領  (ますます分らない)……おれ、よっぽど頭悪いのかな。

 

 

 

倉庫主任が帰ってくる。

 

 

 

倉庫主任 青野さん。明日からコンベアも二時間残業、部品に馬力かけて。

 

大統領  あの、それ、四八時間ストライキの……

 

倉庫主任 (検悪な調子になる)何の関係がある?

 

大統領  (おどろいて、たじろく)いえ、ただ、その噂を……

 

倉庫主任 君、そんな噂をきいて一体。

 

大統領  (言いわけのつもりで)あのストライキなら、コンベアも止ると思って……

 

倉庫主任 コンベアが止ったら……

 

大統領(せい一ぱいに)あの、労働者の力で、コンベアが止るなんて、素晴しいと……

 

倉庫主任 バカ言うんじゃない! なまじっか、労連の統一闘争だなんて、現場の生産状況考えなしの、デタラメなスト日程。みんな大迷惑してるんだ。君なんかわけもわからず。素晴しいだ?

 

大統領  (たまげる)ごめんなさい、まさかお気にさわるとは……

 

倉庫主任 今流している七六〇、輸出だよ、納期は船積みぎりぎり、おくれたらキャンセル食うんだぞ。

 

大統領  そこを狙ってのストライキで……

 

倉庫主任 (どなる)君は下請けの従業員だろう! 部品さへ間に合わせればいいんだ。余計なこと頭使わないで。どんどん部品を入れる。

 

大統領  わかりました!(とぶように退場)

 

 

 

女工員二人、びっくりしてみている。

 

 

 

倉庫主任 (電話のダイヤルを廻す)……人事課、調査係の山さん……おれ……愉報一つ教えるぜ……下詰けの青野電機……うん、そこにな、……(声をひそめて話す)

 

 

 

 

 

 

 

9 キャピトルの労働組合

 

 

 

壁に赤旗、キャピトルの会社のトレードマークが染め抜かれ下に労働組合の文字。

 

大統領と風天が椅子にかけて待たされている。

 

 

 

風 天  (キョロキョロして)デッケエな、うちの工場より、組合の方が。……見た? 隣りにある椅子、重役が坐るみてえな。

 

大統領  委員長用だろ。

 

風 天  あんなのに、坐ってて、おれたちのこと、わかるもんか!

 

大統領  現象だけで、判断しちゃいけないよ。

 

風 天  ゲンショー? ほんと、あきれたよ、お前の物好きにゃ。

 

大統領  ……待たせるな。

 

風 天  あいつ、なんだ? えらそうな顔してたけど……

 

大統領  (前にある名刺をみる)書記長だって。

 

 

 

中年の執行委員、ひょいと顔を出す。

 

 

 

執行委員 あんたがた、青野電機だって、(声をひそめて)加藤、達者かい。

 

大統領 あの、M平さん、ご存知で……

 

執行委員 よおくね。小西ってんだ。奴によろしく。組合にいるからたまには電話を……書記長出てくる。本を二三冊もっている。

 

書記長  (頭の回転がよさそうな喋り方をする)どうも、話中失礼。闘争中だと、実に多忙で、ハハハ……そこでさっきの君の話……組合はある……経営者は何も圧迫しない……のに、開店休業で無いにひとしい。……だいいち、なにをしていいかわからない、というわけね。

 

大統領  ええ、なんといいますか、そこにたいへん大きな……、

 

書記長  (話をきかずに)こういう本がありますがね(本をとり)労働組合早わかり――団体交渉のやり方――労働協約の結び方――労働組合実務要諦、まだ他にもたくさん(磯野、ヤレヤレという身振り)

 

大統領  あの、本借りにきたんじゃないんです。

 

書記長  (高飛車に)まず、本で学習しなさい。要するに、労働組合についてのABCがわからないから、何をしていいかわからない。

 

大統領  あの、実はうちにも、組合運動の経験者いるんです。

 

書記長  ホウ、それで、なにしてるの?

 

大統領  絶望してます。

 

書記長  絶望……インテリか。

 

大統領  詩人なんで……昔はウルトラのアカハタだったって、さっききいたばかりです。

 

執行委員 (咳払いして)他に、頼りになるような大人はいないの?

 

書記長  脱落者か、ふうん。

 

大統領  あとは……

 

風 天  (指をおり)まずたこ八だろ。

 

大統領  どなるだけ。

 

風 天  次が青山。

 

大統領  頼りないな。

 

風 天  鉄の野郎。

 

大統領  オッチョコチョイ。

 

風 天  あとは女だ。

 

大統領  若いのは五六人で。

 

風 天  現場はみんなばばあばっかり。

 

書記長  ばばァ……

 

大統領  世帯持です。

 

書記長  君たち。青野電機の従業員の、主体性だな、すべては。賃金もうちと大差はない。

 

大統領  ちがいます。

 

書記長  おや、でも君……

 

大統領  表面は大差なくても、うちの方が忙しすぎます。

 

風 天  けつからヤニがでるくらい。

 

大統領  (風天に)そいつはいい。

 

書記長  社長に要求出したら、人手ふやせと。

 

大統領  出来やしません、なかなか。

 

書記長  ね、君たち、具体的に、われわれに、当組合に、何を要求するんです?

 

大統領  ええ……その……いってみれぱ知恵なんです。

 

書記長  (腕を組む)知恵ね……

 

大統領  知恵です。

 

書記長  ……どうも……君の工場の経営管理に欠かんがあるね、きっと。

 

風 天  ほら、高島と同じこと言ってらあ。

 

書記長  高島? うちの中執の?

 

大統領  チューシツ?

 

書記長  中央執行委員。

 

大統領  ええ、きっとそうです。その二股かけてる人。

 

書記長  二股かけてる?……

 

大統領  ええ、会社と組合と……

 

書記長  (怒る)失礼だぞ! そんな言葉づかい。ものを知らないにも……従業員はすべて組合員だ、二股といえばなんでも二股だ!

 

大統領  ……(怒られて言葉がない)

 

磯 野  怒っちゃまずいですよ、書記長。下請けの人の目、案外本質ズバリじゃないかな。

 

書記長  君! そういうことを云って……

 

執行委員 (間に入り)まあまあ。

 

大統領  (頭を下げる)どうもすいません。

 

書記長  (いくらか和らぎ)高島中執が、技術指導している下請けは、君のところか。

 

大統領  そうです。

 

書記長  (急に冷淡になる)それは、君のところの社長が、受註問題で会社と話合うことだね。

 

大統領  うまくゆきません。下請けは弱いんです。親会社の無理に耐えられなきゃ、落第ですし、そのしわよせはわれわれが……

 

書記長  君は話のもって来どころを間違えてるよ。

 

風 天  (立ち上る)言わねえこっちゃねえや!

 

書記長  なにがだ? 君。

 

風 天  人権じゅうりんだよ、おれはどうせ泥棒だ。守衛も組合も、キャピトルはキャピトルだい!

 

書記長  泥棒て、なんだい?

 

大統領  こいつ話がとんじゃうんです。

 

書記長  なにがなにやら……闘争中で忙しいんだがね。(腰を浮かす)

 

大統領  待って、書記長さん。

 

書記長  まず君たちが、君たちの社長に……

 

大統領  ぼくたち、実際は、キャピトルの製造課に使われてます。仕事の場所はちがいます。でも、同じ品物を、行ったり来たり、電話であおられ、文句を……

 

風 天  ひでえんだ、けつから……

 

大統領  黙ってろってば。ぼくなんかそれで、定時制いくのもあきらめ、通信教育うけても、頭ん中はいつも仕事番号、ヴォリュームや。バリコンが、二次方程式や英文法とごっちゃンなって、ミキサーかけたみたいにぐるぐるぐる……

 

風 天  (調子にのって)そうなんだ運転免許とるんだって……

 

書記長  本すじ、本すじ!

 

大統領  ね、そうでしょ。ぼくたち、仕事じゃキャピトルに固くむすびついてる。だもの、キャピト ルの組合は、ぼくたちの親組合で、ほんとうなら、ぼくたち、キャピトルの組合員でもいいはずなんだ!

 

磯 野  そうそうそれだ!

 

書記長  (磯野をにらむ)うん。そりゃ、君、産業別組織の考え方だが。

 

大統領  はあ。

 

書記長  アイデアは結構。でも現実には飛躍がありすぎる。当組合員はキャピトルの従業員でなければ加入できない。

 

大統領  ぼくたち、キャピトルの従業員も同じでしょ。

 

書記長  同じようでいて、ちがう。キャピトルと青野は別企業だ。

 

磯 野  企業組合の限界。

 

執行委員  よせよ。

 

大統領  その辺がへんなんだ。

 

書記長  君の頭もへんなんだ。

 

磯 野  どっちが変かな。

 

書記長  磯野君!

 

風 天  いいぞ、いいぞ!

 

大統領  なぜ、組合が、労働者が、こまかく別になっていなきゃならないのかな。仕事は一つに結びついているのに……

 

書記長  無茶だよ、下請けの君たちが、キャピトルの組合に入りたいなんて。

 

大統領  入らなくてもいいんです。こんどの四八時間スト、一しょにやれれば。

 

書記長  なんだって?

 

大統領  コンベア止りますね。ぼくたち、それに参加したいんだ。コンベアが労働者の力で止まる。ぼくたちの力もそれに……

 

磯 野  (大きく、ショッキングに)そうか! それだったんだ!

 

書記長  それは君たちの自由だ、大いにやり給え。

 

大統領  はい、帰ってみんなにこのことを、

 

書記長  (あわてて)ちょっと、待ち給え。それはあくまで君たちの自主的な自由であってわが組合が直接……

 

大統領  どうして逃げるんです。

 

書記長  下請け共闘というのは複雑なんだ。君の考えは、幼稚園だからそこのところ……

 

大統領  幼稚園かな。(首かしげる)

 

書記長  君はまだ、闘争の複雑さを理解できない。

 

大統領  あの、ストライキに備えて、増産をやるというのも、その、複雑さなんですね?

 

書記長  どこから君、デマだ! そんなこと、あり得ない!

 

大統領  複雑、複雑……

 

執行委員 (せきたてるように)会議が始まってるぜ、書記長。

 

書記長  多忙なんで、失礼します。

 

 

 

二人去る。

 

 

 

磯 野  (二人が去ると近寄り)ありがとう!

 

大統領  あれま……

 

磯 野  君たちに教えられた。

 

風 天  何が何だか。さっぱり……磯 野  ロでこそ、全労働者の団結なんて……やることは企業のワクの中、自分たちのことだけ……(情熱をこめて)ね、こんなことで、われわれの組合に失望しないでくれよ、本当の労働組合とはね……

 

大統領  本当の組合?

 

磯 野  信じてほしい。彼らの妥協的いき方を排し階級的観点から闘っている……(声をひそめ)キャピトル労組革新青年同盟……ほくは君たちの仲間さ。(二人の手を握る)

 

 

 

 

 

 

 

10 事務所

 

 

 

夜。大将が試作をやっている。少し離れて、古沢が腕まくりで書類整理。となりの現場倉庫では夜の気配。

 

M平が入ってくる。

 

 

 

M 平  (大将の試作をのぞいて)ずいぶん面倒な仕事らしいね。……なんだい?

 

大 将  計算器。

 

M 平  ふーん。……

 

大 将  テレビ、ラジオは犬のくそだ。青野でなくちゃ、といわれる技術的仕事こなさなきゃ、先は見えてら。

 

M 平  高島のアイデア。

 

大 将  ん……うまく軌道にのってくれりゃ……

 

M 平  ときに、用事って?

 

大 将  お前、大統領、あいつに何か云ったろ?

 

M 平  おれ? さあ、けっこう口数が多い性質だから。

 

大 将  なに云った?

 

M 平  別に……そう訊かれて、こうと云える程、意味あること云った覚えないな。

 

大 将  (M平をじっと見て)キャピトルの労働組合にあらわれたとよ、風天と。

 

M 平  組合……へえ、……あいつ、すっとぼけ野郎。

 

大 将  お前、訊いてみてくれないか、なんのため、そんなところへ。

 

M 平  (気軽に)いいじゃないの、なにも。いもの煮えたもご存知ない。萠出でそめし青年の意識さ。

 

大 将  バカヤロ! それでキャピトルから注意をうけたんだ。

 

M 平  相変らずけつの穴せめえな、キャピトルめ。

 

大 将  そりゃ、とうに分ってるはずだ。どんなに忙がしくてもお前がキャピトルの門を……

 

M 平  ああ、わかってる。おれの首切らなきゃ、仕事ださねえといったら、いつでも切って貰いましょう。大 将  やい、いつになったら、その青臭え根性、ぬけるんだ!

 

M 平  青臭い? ヘヘ。

 

大 将  (おだやかに)M平、お前どう思っていようと、この工場の幹部なんだ。……男、しかも若い者たちはみんな大きな工場に吸上げられ、現場作業のほとんどは女、それも家庭の主婦の力に頼らなきゃならねえ。おれたちの企業じゃ、数少え男子の力はどんなに大事か、そのためにおれが、どんなに無理して給料もよけい出すように努めているか……

 

M 平  あんたの熱心さは立派だよ。……小さくても五十人からの生活を背負っている社会的責任感だな。……金ぐり、工場運営、工程分析、製造企画から、人探しまで、何でも屋のオールマイティー。……おれにゃ、そういう情熱の対象がねえんだ。……あんたにゃ、身体を張った事業でも、おれにとっては単なるキャピトルの下謂けさ。われわれの日に夜をつぐ努力も、一体何のためだろう。……製品……売れるもの……それは果して、いま、人間が真に必要としているものかどうか……わかりゃしない……だれも考えやしない……しょせんはコスト――キャピトルの宝町工場の製品コストがどれだけ引下げられるか……落着く先は数字、無味乾燥冷酷な数字だよ。4が3になるか、3が2になるか……

 

大 将  手前、なまけ者だ!

 

M 平  そう……なまけ者。……夜、十時、十一時まで。くたくたに追廻されてる、なまけ者……

 

大 将  ……お前みたいなのは苦手だよ、どうもおれなんかと、人種がちがうんだな……

 

M 平  大統領か。あいつの頭、ときどき短波……それとも高周波回路あたりが故障するのかな。

 

 

 

間。古沢仕事が終ったらしく、大きなのびをする。

 

大将じっとしている。試作の手も動かない。

 

電話がなる。

 

 

 

古 沢  ……なんだ、今時分(とる)……青野電気ですが……あ、高島さん、……こう追っかけられちゃ、総務課長といえども……いま、会社、それとも労連……ふふふ、代りますよ。大将、高島氏。

 

大 将  (電話にでる)おう……なんで、え?……七六〇の追加生産、五百台、納期は……冗談じゃないよ、残業つづきに臨出までして……とうとう中央交渉決裂四十八時間のスト決行。……前から分ったんだろ。……え? 瀬戸際で妥結を見込んでいたのが……会社に足もと見すかされてたな、ふん、下手なスト打って組合がガタガタになるのを見越されているんだ。だらしがねえ!……いやいまのおれは下請けのおやじだ。組合がどんな戦術取ろうと関係ねえ。でもそのしわよせはごめんだぜ……時期ずらせねえの……ゼネストだから一工場の自由は……ふん。じゃ、工場と特別協定、七六〇のコンベアだけは動かす……今さらなんだ、五十歩百歩じゃねえか。……へえ、ピケ張って、臨時工の入場も止める。尻抜けストライキはやれねえか。……つまりだな、その追加生産、いってみればスト破りだ。……早くいってもおそくいってもスト破りだ。……これからここへ来る……おい、おい、……切っちゃいやがった。(受話器おく)

 

古 沢  (ニヤリとして)さあ、たいへんだ。

 

大 将  下請け、何だと思ってやがる、うちの従業員だって人間だ。これ以上あおって……

 

古 沢  さすがに大将だな。(心配そうに)他所の下請けはどうでしょうね。藤田製作、赤尾電機……

 

大 将  他所は他所だ。

 

古 沢  七六〇、五百台といってましたね。(算盤をとる)五百台の組立工数は千七百五十時間……うちの、組立現場一日当り稼働時間は二百四十から九十時間(はじく)……きついな。

 

大 将  (不安そうに)やれやしないよ。

 

古 沢  ……しかし、おかしな人だな。

 

大 将  だれが?……

 

古 沢  いや、高島さんです。いったい、どっちの立場で電話してきたんだろう。会社か? 組合か?大 将  もちろん、会社……組合? ……いや会社だ。組合の立場じゃ、いくら御用化したって。いってみれば自分たちが打つストライキを裏で破るなんて……

 

古 沢  スト破りにゃなりませんよ。

 

大 将  いや、ストでコンベア止めりゃ、七六〇の船積みもできねえ。そこで組合が……

 

古 沢  解釈の仕方です。いってみれば、下請け発注量がふえたわけで、……外註量の増大、生産面の問題ですよ。組合のストライキもピケットラインも保証されるとすれば、罷業権の侵害ではありませんね。

 

大 将  古沢君、会社の顧問弁護士みたいな……君はいつから高島の味方になった。

 

古 沢  高島さんの味方、それ、どういう意味ですか?

 

大 将  いや、こりゃ失敗、ロが過ぎた。

 

 

 

間。

 

 

 

古 沢  大将、ぼくも学生時代、革命を夢みたことがあるから、嫌いじゃないですがね、トラブルてのは。……今度の四八時間ストだって、組合幹部のバクチですよ、掛声だけで回避する。それが突上げがひどくて突入せざるを得なくなった。突上げてるのは大衆か? ……大衆なんて、時の勢いでどうにでも動くもんです。黒幕は反執行部派ですよ。革新青年同盟とかいうはね上りもいますけど、本質は組合の勢力争いでね。下請けこそいい迷惑だ。いや、仕事あおられるだけならまだしも、……下請けの、親企業に対する忠誠の度合い、ふみ絵みたいな真似させられて……

 

大 将  なにを、おれにいいたいんだ。

 

古 沢  高島氏の要請、よく考えてみませんか。……融資問題まとまろうとしている鼻先さ、経理の優先支払いの序列にだって……

 

大 将  古沢君、ズバリ聞こう。君はいま高島のことをどう思ってる。

 

古 沢  ……どう、て……ほくには、大将のように、この工場と共に歩いてきた歴史がないから、……また、それだけ客観的にも見ますがね。

 

大 将  どう思う?

 

古 沢  必要でしょうね。……キャピトルの紐は紐、野心は野心……これから先は大将とのチームワーク如何じゃないですか。この屋台骨を少しでも大きくするには……それがまた(工場の方をみて)連中の幸福ともいえるんじゃないかな。

 

大 将  ……(黙っている)

 

 

 

 

 

 

 

11 現場倉庫

 

 

 

昼。人々忙しく立ち働いている。

 

となりの作業現場からはスピーカーの調整音。

 

おみや、ゆり子、彼女は一グループをなし、たこ八はおみやに何かいっている。山田は黙って作業。

 

劇の進行中、しばしば電話がかかってくる。

 

大統領、風天、M平の三人は、別に一かたまりとなり、なにか話合っている。

 

 

 

風 天  社会探訪、度胸つくぜ。面白えんだ。高島のこと、二股だって、いったら怒りやがってな。あの書記長。

 

おみや  (ヒステリックに)おみや、おみやって、なにもかも! 責任者あたしじゃないわよ!

 

たこ八  (大げさに飛びのいて)おっかねえ!……どうも、こないだの晩以来、おれの神通力もなくなったらしいや。(現場へ去る)

 

大統領  だれよ、それ訊くの?

 

M 平  黙って答えりゃいいんだ。

 

大統領  がっかり。M平さんも、そんな訊き方するのかなあ……

 

M 平  (悲しそうな調子で)なるほど。おれも大統領にふられたか。

 

大統領  云います。でもほんとのところ、おれにもよく分らないんだ、自分の心。

 

おみや  (よってきて、大統領に)ちょっと、一昨日入ったスピーカーの内わけは?

 

M 平  後! いま重要会談。(おみや、ぷんとしてはなれる)

 

大統領  残業つづきのあおられ通しで、変になってたんだ。……おれが入社した日、おみやちゃんが、ここで云ってたね。夢の中まで部品が追っかけてくるわよォ、て。……何度もみたよ、そんな夢。何度も……

 

M 平  夢の話と労働組合と何の関係あるんだ。

 

大統領  せかさないで、きいてよ。

 

風 天  (大あくびする)車の工合みてきよっと。(立ち去る)

 

 

 

青山が現場の方からきて、おみやたちのところで、なにか話をする。

 

 

 

大統領  みんなコンベアのせいだ。……人間が考えたコンベア……発明家の顔がみたいな。……コンベアがおれたちを引きずって働かす。でも、すごく能率的で、コストが安くて、いい製品が出廻って、社会のためになるならそれも……社会の、国民のしあわせ?……なんだろう? ね、M平さん、テレビや冷蔵庫や洗濯機がゴシャマンと出廻ることかな? 四畳一間の、ぶっつぶれそうなアパートの屋根だって、テレビのアンテナ立ってるな。おかげでおれたちは生活してるけど、ノイローゼにもなっちゃってる。……社会の、いや、それはまず、大手メーカーのしあわせだ。キャピトル……そうだ、キャピトルの重役たち、あの人たちはコンベアには使われてない。ノイローゼにもならない。コンベアを使ってる、そして自分はゴルフでもやりながら、次の事業のことを考えている。コンベアに使われて、ノイローゼになってるのは人間でも、ちがう種類の人間なんだ。おれたち、労働者ばかり、というわけだ! そうなんだ!

 

M 平  大統領、お前の論理は、カール・マルクスと似てるぞ。

 

大統領  これはおれの考えだよ! 似てるとすればマルクスの方がおれに似てるんだ。

 

M 平  逆もまた真だ。お前それを、キャピトルの組合にいって喋ったのか。

 

大統領  いや、あの時は昂奮してて、なにもまとまってない。でも、組合できいてみたかったことは、こういうことになるのかな。

 

M 平  奴らに分るもんか! 奴らは雲の上だ。いまの組合なんて、会社出世街道、本線の指定席とりそこなった連中の、裏コースみたいなもんだ。

 

大統領  うん、でかい、立派な椅子があった。M平さんも昔あれにすわった?

 

M 平  われわれの頃、そんな椅子はない。組合は大衆のもの、闘う組織だった!

 

大統領  ウルトラのアカハタが占領してたから。

 

M 平  バカヤロ。

 

大統領  すいません。

 

M 平  いい気になるな! だい一、キャピトルのダラ幹に、労働者の連帯性を期待するなんてことが……

 

大統領  そう、そう、そうなんだ。同じこと、ある人から注意されたの、帰りによび止められて。

 

M 平  (意気込んで)だれなんだ?

 

大統領  秘密、それだけは約束したんだもの、その人のため、その人の組織のため。

 

M 平  組繊のため? 党員だな、それは?

 

大統領  ぼくの知ったことではないし、M平さんにも用がないはずです。

 

M 平  ……ううむ……

 

大統領  なに、唸るの?

 

M 平  その、だれかは、きくまい、だが、彼はどんなことを云った?

 

大統領  看板をかけているのは、うその組合、ほんとうの組合は職場のなか、闘う青年の、団結した心のなかにある、て。

 

M 平  ううむ。いいことを云う。それに、大統領と風天が感激したわけか。

 

大統領  おれ? それほど単純じゃないよ。あらゆるものを疑ってみる、という考えなんだ。

 

M 平  えらい。(肩を叩く)

 

大統領  でも、なんでも疑ったら、なにも信頼できなくなって、ものをする気がなくなる、それじゃ進歩しないし……

 

M 平  虚しさに徹しろ。

 

大統領  そいで、M平さんの弟分になるか?

 

M 平  ……いやな野郎だ、お前は。

 

大統領  (急に真剣な様子になり)M平さん、どう思うコンベアのこと。たしかにむづかしいね。分んないことだらけさ。でもおれ、毎日毎日の、自分の感じで間違いないこと。それは、毎日あおられ、ふうふういってるということなんだ。おれの主はおれじゃなくてコンベアみたい……このコンベアが止るんだ、ストライキで。他人のためじゃない、自分のため、おれたちが、コンベアをおさえて、コンベアの主になるためこのストライキを支持しなきゃ。おれそう思う。……どう思う? M平さん。

 

M 平  ……

 

 

 

口笛工員登場。不良物品の交換にきたらしい。その辺をうろつく。

 

 

 

大統領  ねえ、M平さん。どうなの?

 

M 平  まあ、原則的に賛成。……でも、われわれには、何の現実的力もないさ。

 

大統領  (強く)M平さん、インチキだ!

 

M 平  (ショッキングに)お前にわかるか、複雑な現実が。

 

大統領  怒ったの? おれがインチキだ、といったから……

 

M 平  ……(何かいいかけて黙ってしまう)

 

 

 

青山は、女たちのところで何かぶつぶついっていたが、この時身をふるわせてわめきだす。

 

 

 

青 山  いらない、いらない! ダイヤル糸も、ジャックも、ソケットも。なにもかもいらない! おれのいうことなんか、だれも聞いちゃくれない、それだけの人格がないんだ、指導力がない、申しわけありません!(ペコッと頭をさげる)こういう長を持ったみんなが苦労するんです!(何度もおじぎする)どうも、どうも、すいません! すいません!(意地になっておじぎをしたはずみでひっくかえる)

 

 

 

みんなたまげる。ものに動じない山田が出て来て、青山を助けおこし、どうしたものかとまごまごする。婆さん工員、マダム工員が現場の入口から顔を出す。

 

 

 

おみや  (大声で泣き出す)

 

大統領  (ぼう然として)爆発だ……

 

 

 

間。古沢。事務所からやってきて、いそがしげに云う。

 

工員たち、あわてて現場へ引込む。

 

 

 

古 沢  緊急生産会議! Z旗だぞ、青山君、M平さん、大至急事務所へ。司令官が待ってるぜ。(現場の入口でどなる)田部さん! たこ八部隊長、緊急生産会議!

 

たこ八  (出てくる)くそたれ! 手が何本あったって、たまるか。

 

古 沢  (大笑いする)

 

たこ八  なにがおかしい。

 

古 沢  百姓と種油は、しぼれるだけしぼれ、家康がいったそうだが、今ならさしづめこう云うね。下請けと仕事は、あおれるだけあおれ、さあ忙しいぞ。(去る)

 

 

 

M平は青山をなだめ、たこ八と事務所へ去る。

 

間。大統領は部品の伝票の照合を勢力的にはじめだす。

 

おみやは泣きつづけている。

 

 

 

ゆり子  (泣いているおみやに困ってしまう)みやちゃん、泣かないで、ね、あんたが泣くなんて、なんだかへんよ。青山さんだってつらいのよ。それであんなにどなったり……いそがしいとだれだって、心がギスギスするのね。あたしものべつ考えちゃうわ。今度こそやめよう、やめて他所で働こう……でもまた、すぐに思いかえすの、じゃどこで働いたら……理想の職場なんてどこにある……どこだって、どこだって……そう! こうして迫いかけられながら、助けあって仕事をしている毎日、その一日一日に、あたしのかけがえのない人生があるんだ、そう思って元気をだすの。さ、泣いちゃだめよ。いつもの陽気なあんたにかえって、ね。

 

おみや  (不意に、敵意をこめて)放っといてよ!

 

ゆり子  (おどろき、じっとこらへて)……なにか、気にさわったこと云った?

 

おみや  いやなの、あんたにそんな言葉かけられるの。

 

ゆり子  なぜ……そんな……

 

おみや  あんたなんか、行っちゃうんじゃないか、大学の試験うかれば、もっと素適なとこ、アルバイトあるわよ!

 

ゆり子  あたし、大学受験するわ。でもお金があるから学校へゆくんじゃないわ。あたしは先生になりたいの。教師になりたいの、それが希望なのよ!

 

おみや  あんたなんかにわかんないの。なんでもかんでもおみやおみや、雑布ならぼろぼろ、遇連隊にはちょうどいいわよ!

 

ゆり子  あたしの学校、お荷物なのね。みんなの。わかってるわ、すいません。でも、これだってあたし精一ぱい、どんなに(わっと泣き出す)

 

彼 女  ああやんなっちゃう! いいじゃない、なんだって。みやちゃん、あんたは仕事をやれるだけやってりゃいいの、素適な男の子の顔でも空想しながら。ゆりちゃんの時間は五時まで、時間がきたらとんでいくの! 試験にうかるよう勉強するの。やれるだけしかやれないわ! (次第に自分のことばに昂奮する)みんな給料、どれだけもらってるのよ! どれだけ! 間に合わなきや、キャピトルのコンベアが止るだけ。止ったからってどうなの! 人の生命にでもかかおるというの。世の中なんてもっと広くて大きいよ。あたしたちがこうして、ぎゃあぎゃあいってる時、キャピトルの重役と娘たちはおデートよ。伊豆か熱海かしらないけど。バカ。バカしいったらありゃしない。ああ、腹が立つ!

 

 

 

彼女が叫んでいる間に、内職夫人AとBが連れ立って入ってきて、あっけにとられて見ている。

 

 

 

おみや  (彼女に対し。やや反抗的に)彼女、なに云っても平気よ、M平さんがついてるもん。だあれも、指一本させやしない。あたしなんかいないもん。守ってくれる人なんか。しわよせはみんなくるんだ、かよわいあたしんとこへ。

 

彼 女  かよわい? あんたが? おそれ入谷、ズベ公気取りで口八丁! M平がなにさ!

 

ゆり子  (おどおどして)あの……彼女、さん。

 

彼 女  和田! 名前あんだから、あたし!

 

ゆり子  ……ごめんなさい。

 

彼 女  ゆうべ夜っぴて、姉さんの赤ん坊がわきでぎゃあぎゃあ、たまにゃ、静かなところでねてみたい、わかる? そんな気持、え? おみや、あんた、おしゃべりもほどほどにしな。現場のにきび面の奴らのおだてにのって、あたしが温泉マークへどうとか、(思いかえして)……つまんないこと喋っちゃった。頭いたい、会社へくれば仕事仕事、あっちもこっちもガサガサワヤワヤ、行っちゃいたいわあ、遠い遠い、海の向う、人のいない南の島。(もの思いの表情)

 

内職夫人A (興味しんしんたる態度と別に)あの、悪かったかしら。内輪のお話のところ……

 

内職夫人B すいませんねえ。

 

 

 

大統領気がついて、内職夫人のところへ。

 

 

 

大統領  (商人的な気軽さで)はい、受けますよ。(製品をとり、伝票記人の手はず)

 

ゆり子  (あわてて出てくる)すいません、あたしやります。

 

内職夫人A おみやちゃん、どうしたの?

 

彼 女  (微笑む)いま、集団ヒステリー。

 

内職夫人B 集団ヒス? まあ、こわ。なあぜ?

 

大統領  (真面目な口調で)忙しすぎるからです。

 

内職夫人A (大げさに相づち)ほんとよ、ねえ。

 

内職夫人B 内職、気まぐれでねえ、あおったかと思うと、パタッとひま。去年なんか、内職工賃あてに、月ぷで冷蔵庫買ったら、トタンに仕事なくなって、父ちゃんには文句いわれ通し……

 

大統領  (憤りをふくんで)下請けは安全弁なんだ。おれたちがあおられたり、ひまになったり。ひきずり廻されるおかげで、キャピトルの連中は、ぬくぬく安心して仕事ができるんだ。

 

内職夫人A そんな……大統領さん、キャピトルの会社の耳に入ったら……

 

大統領  云わなきゃ気がつかない。

 

内職夫人B ここの会社で、迷惑するわ。

 

大統領  (意固地に)そうかな? おれたち、なんでそう、遠慮してびくつかなきゃなんないんだ。

 

内職夫人A 大統領もヒステリー。

 

大統領  おれも、腹が立ってきた!(部品の箱をドスンとおく)

 

内職夫人A 退散しましょう。

 

 

 

二人連れ立って去る。

 

山田、ツカツカと大統領のそばに寄る。

 

 

 

山 田  馬鹿になるんだ、大統領……

 

大統領  山田さん……これでも腹立てるな、っていうの……

 

山 田  力だよ……力のないものは、馬鹿になるんだよ。(キラリと目を光らし憤りをもち)でなきゃ、とび出しゃいいんだ。若え者はとび出しゃ……(目を伏る)

 

 

 

おみやは電話にでている。

 

 

 

おみや  (電話口をおさえ)……七六〇、まだくるの?

 

大統領  冗談じゃない。

 

おみや  部品払出すから、すぐ取りに来いといっているの。(電話器を大統領に)

 

大統領  (電話に)あの、他所の間違いでは……どうも。大統領です。……うちじゃもう手一ぱいで……はい大将の方に切換えます。(切換スイッチを入れ、受話器を置く)変だな?

 

 

 

風天が自動車の部品を下げて入ってくる。

 

 

 

大統領  風天、七六〇、五百台追加、なんて、きいてるか?

 

風 天  知らねえ、キャピトルのことなんか、くそくらえ。

 

 

 

別の電話が嗚る。大統領が出る。

 

 

 

大統領  ……はい……大統領です。………ああ……そう……ううん。じゃ、いまあった電話だ。……やっぱり陰謀だ。……よし、……そんな。おれたちは……闘争の意義なんて理屈より、実際にくたびれて、ヒステリーになってるんだ……くる。オーケー。いいよ。……うん、わかった。(受話器おく)

 

おみや  陰謀て?

 

大統領  ちきしょう! 同志からの情報だ。

 

彼 女  同志なんて? あんた、大統領。

 

大統領  ほんとなんだ、七六〇、五百追加。

 

おみや  ひどい。

 

大統領  ストでコンベア止るんで、納期に間に合わせるため、下請けにふり分け作業するんだ。会社も組合もぐるなんだ!

 

おみや  休めないの、わたしたち。

 

風 天  休んじゃあいいんだ。

 

彼 女  そうよ、休んじまおうよ!

 

 

 

事筋所から三人が浮かぬ顔で帰る。

 

 

 

たこ八  Z旗、Z旗、女房質においてもやらなきゃなんねえ。

 

M 平  風天、車。キャピトル緊急払出し。

 

風 天  やだよ。おれキャピトルに出入禁止。

 

M 平  大統領がのってゆく。

 

大統領  部品受領ならいやだ。

 

M 平  なに? 大将の命令だぞ!

 

大統領  でもいやだ、スト破りの仕事なんか!

 

風 天  (叫ぷ)ゼネスト! ゼネスト!

 

おみや  あたしも賛成。

 

彼 女  (男たちに)意気地なし!

 

たこ八  こりゃおだやかじゃねえ、おれんとこの婆ア共はどうなんだ! (現場に走ってゆく)

 

青 山  ……その、みんな、うちの会社、いまのるかそるかで、資金ぐり……それでなくたって下請けは……(反応がないのにがっくりして)おれが言ったって(椅子に腰を下ろす)

 

M 平  (大声で)やい! 大統領。お前……(声をおとして)どうせキャピトルの労組さ、八百長ストもかわりはない。

 

大統領  (鋭く)なら、破ってもいいの。

 

M 平  (反省的に)スト破りは階級的裏切りか。そうであるかないか? 判断の基準は? そもそも階級とは? (手を出し)つかんでみたか? 要するに言葉さ。言葉の魔術……といったら、ものごと万事……絶望だよ。

 

彼 女  絶望なら。絶望のストライキ。いいじゃない。絶望の突貫作業、こんなの、いかさない。

 

M 平  (彼女の言葉にショック)そうだ!(がっくりする)M平さんはくさった。くさっちまった。……(思い直す)待て、現実は……冷静に考えろ。ストライキは闘いだ、闘いとは勝ち負けだ。敵を知り、己れを知らば百戦危からず。冒険主義、一揆主義はだめ、うち一軒が下請けじゃない。うちが拒否しても他がやる。闘って、あとに何が残る?大統領  下請けが、どこもやらなきゃいい。

 

M 平  現実論として不可能、空論、空論。

 

大統領  そうだ、他所の下請けにゆこうよ。みんな参ってるよ、コンベアにあおられて。その人たちに言うのさ。みんな、仲間たち!

 

M 平  えらい! 大統領、お前、オルグの素質がある。でも、成功の望みはうすい。

 

大統領  すぐ、そんな。M平さん! おれ、尊敬してた。M平さん。絶望――ロではいうが心の底に、働く者の火がもえてる。

 

彼 女  そうよ、素適なところがあるのよ。

 

大統領  M平さんの詩、じーんとおれの心にしみた、あの気持、体もこころもコンベアにくわれて、おれたちゃ夜がない……

 

M 平  詩にあらわれたおれ、真実のおれだ。

 

大統領  そのM平さん、イメージこわさないで! M平さん。とにかく、キャピトルのコンベアは止るんです。会社や、組合のインダラ幹部が、いくら動かしたくても。その時には動かせないんだ。だから、こそこそねずみみたいに下請けに部品を。

 

M 平  その通り……

 

大統領  それ、やっぱり、労働者の力だ。キャピトルの、コンベアの川辺にずらりと並んで仕事してる、女の子たちの力、団結の力、そうだろ! インダラ幹部は陰で動いている、汚い、ケチだ。奴ら大きな椅子に坐っていても、まだ、M平さんの方が立派だよ。ね、M平さん、以前は、革命のために、すべてを捨てて行動したことあるんだろ!

 

M 平  そうでもあり、そうでもないようでもあり。

 

大統領  今だよ、M平さん。もう一度、詩のこころを、新しい詩を書いてよ、コンベアが止まる詩、止まる詩、スト破りの仕事の詩じゃない、止まる詩!

 

M 平  (感動し涙があふれてくる)ありがとう! 大統領。(腕をとる)君はおれの、眠りこけていたプロレタリアの心を醍まさせてくれた。……この仕事の恥づべき意味をおれは知っている。いながらおれは妥協した。大将、われわれが大将とよぶ小さなあわれな経営者のために。かつての彼は、おれたちと同じ労働者だった。打算に徹しきれない人の好い男、だから工場もでかくならない。とはいえ、所詮は中小企業経営者で、独占資本に従属し、その網の中でこの小さな屋台骨背負い、汲々とせざるを得ない、いうなれば小市民だ。おれの個人的センチメンタリズム、消えろ! 君たちは正しい、大統領、風天!(二人の手を握る)

 

彼 女  好き! そういうM平さん、勇気があるM平さん、好き!(すがりつく)

 

風 天  う! たんまらねえ!(おみやにかじりつく)

 

おみや  (悲鳴)

 

大統領  (瞑目し、深呼吸、独語)冷静に、お前だけは冷静に、大統領。

 

 

 

M平の演説の途中から、大将と古沢は戸のかげできいていたのが、たまりかねて大将がとび出る。

 

 

 

大 将  M平! 頭冷せ、この野郎!

 

M 平  大将、いや青野さん、やめてもらおう、そんな封建的言葉づかい。

 

大 将  年を考えろ、手前え、四十面下げて、卵の殼尻にくっついてる小僧や、小使臭え小娘におだてられ、すぐカーッとなる。

 

M 平  おれは青年だ。

 

大統領  卵の殼、おれ?

 

おみや  失礼しちゃう! あたし、どこが小便臭いの!

 

大 将  揚げ足、とる気か、こいつら!

 

古 沢  (出てきてなだめる)落着いて、社長。

 

青 山  叔父さん、おだやかに、大事な時です。

 

大 将  唯助。水くれ。

 

青 山  はい(ヤカンの水を湯呑についで渡す)

 

大 将  (ゴクゴクのむ)

 

 

 

現場からたこ八、鉄ちゃん、その他の工員たちが顔を出す。

 

 

 

大 将  (水のんで気が静まり)年甲斐もなく、乱暴な口きいて悪かった、かんべしてくれ……(声を一段あげて)あやまったぞ、いいか!(一息いれる)では、あらためて言わしてもらうぞ。おれは、組合を圧迫したことなんかねえぞ。給料だって、できるだけはずんでるつもりだ。おれだって、低賃金の、工場勤めの苦労は身にしみてらあ。やいおれがお前たちのどこを搾取した。おれは素寒貧だ、私有財産なんかねえ、お前らとおなじプロレタリアだ。……この工場おっぱじめた時、分配の共産制さえやったんだ、社会主義経営てんで。へ! 青臭え話だ、それじゃ第一、資本の蓄積ができねえ。よそとの競争にも弱えや、金庫の底はいつも空っぽ。ちょっと長え手形振り出されてみろ、足すりこぎにして金作り、労働者上りにゃ金づるなんてありゃしねえ。親類縁者友人まで、ありとあらゆる知己たずね、米つきばったで、お百度ふみぶっつぶれを逃れたことも二度三度、やっぱり資本主義の社会なら、資本主義の法則に、心を鬼にしてものっとらにゃ、事業の屋台は支えられねえ。ましてか弱い下請け稼業、大企業が要求するか酷な条件――いい仕事に、固い納期、どんな註文の変動にも応じられる、変転自在な労働力――いいか、中小企業に働く身は、今をときめく大手メーカー、キャピトル、四菱、TSC百万石に仕える労働者と同じにゃゆくもんか。一回のストライキでぶっつぶれる。いやさ、親企業によってつぶされちまう。さあ、手前ら、つぶしたかったらつぶしてみろ。

 

青 山  叔父さん、尻まくっちゃダメだよ。

 

大 将  M平! 野郎、プロレタリアの目がさめた? ならなんとか言ってみろ!

 

M 平  (深刻な身ぶりで)闘うべきか。闘うべきではないか、それが問題だ。

 

彼 女  ああじれったい。

 

大 将  けしかけるんじゃねえ、女!

 

大統領  女? そのいい方封建的です。

 

大 将  だまれ! 小僧、おっと大統領。

 

大統領  工場つぶす? ちがう、ちがいます、大将。だれがそんな。ただ参ってるんです。毎日毎日あおられ、みんなくたくたで。

 

大 将  (急に弱くなる)わかってる、わかってるよ。

 

大統領  キャピトルのストで一息つける。みんなそれを心待ちにしてたんです。それなのに、それなのに、コンベアが止る減産分、下請けでこさえる。しかも突貫作業で。デタラメです! デタラメ。それをしなきゃ下請けがつぶれる。うそだ、うそだ!

 

おみや  うそよ、うそよ!

 

大統領  そんなにまでしなきゃ、つぶれちゃう下請けなら、つぶれちゃった方が世の中のためです。

 

大 将  無茶いうな!

 

大統領  そんな工場もってるから、キャピトルの部課長たちが、油虫みたいにたかってくるんです。いっそのこと工場ぶっつぶして、大将、労働者になっちゃいなよ。

 

大 将  (両手をあげ)元も子もねえぞ!

 

M 平  本質的、大統領、お前の直観、本質的だ!

 

 

 

現場の者たち、ざわめきはじめる。

 

 

 

たこ八  ヤイ! 婆さん、鉄、おちつけ、ヤイ!

 

 

 

外から、労働組合の腕章をつけた磯野とキャピトルの女工員(第7景登場)が入ってくる。ビラを持っている。女工員は磯野が話してる間にビラを配る。

 

 

 

おみや  あら、磯野さん、素敵なスタイル。

 

磯 野  ありがとう、今日はみなさん、おや、大将も。

 

大 将  こりゃまた、なんだ?

 

磯 野  今日のぼくはキャピトルの検査工じゃない、労組青年部員として来たんです。青野のみなさん、明日正午から、われわれは待ちに待ったる四八時間ストに突入します。

 

大 将  待っちゃいねえやい。

 

たこ八  手前たちのおかげでぶん廻されてんだ。

 

磯 野  きいて下さい。この闘争、これは単なる賃上げだけではない、米日独占資本に対する、労働者階級の反撃でもあるんです。中小企業のみなさんごらんなさい、独占資本家に奉仕する、偽瞞の高度成長政策の結果を! いまや中小企業の倒産は軒をつらねてます。

 

大 将  バカヤロ! 演説なら駅前広場でやれい!

 

磯 野  あなた、この現実に目をつぶるんですか。

 

大 将  手前らに分るか、若僧め。

 

磯 野  あなたに用はない。ぽくは労働者諸君に訴えているんだ。

 

大 将  でてゆけ! ここはおれの工場だ。

 

大統領  おれたちは、身体まで大将のものじゃないよ、おれたちはおれたちです。

 

たこ八  うめえこという!

 

風 天  やれえ、やれえ! 大いにやれえ!

 

M 平  独占資本の能書きはいい。

 

磯 野  みなさん、知ってる? このストライキの陰で行われている卑劣な取引、七六〇の納期おくれ、その打撃をさけようと奴ら、会社幹部とだ落した組合幹部は、ひそかに相談して、これを下請けにおしつけようと、みなさんの労働強化で切抜けようとしてます。みなさんの仕事をさらにあおり立て、それでわれわれのストライキを尻抜けにしようとしています。下請けの諸君、われわれ、革新青年同盟は立ち上りました、ぼくたちはみなさんと手をとり合わなきゃならないんだ、下請けの労働強化反対、スト破り生産絶対反対。この陰謀を全組合員の前にバクロしました。大衆は憤激した!

 

風 天  ウワアア……(拍手)

 

 

 

大統領が拍手する。その他はしんとしている。

 

 

 

磯 野  もちちろん、一社だけ下請けが動いても、いたずらにぎ牲になるだけです。

 

大 将  その通り!

 

磯 野  すべての下請けが手をつなぎ……そこまでに多くの困難がある。その点、われらの組合は怠けてました……が、いまや、われわれ革新同盟が秘かに準備した行動隊は、一せいに行動を!……赤尾電機、藤田製作――その他多くのサブ加工工場に、オルグに向いました。

 

 

 

拍手がもり上っておこる。

 

 

 

磯 野  下請けのみなさんとの固い協力、これなくしてぼくたちの闘いもないはずです!

 

大統領  (思わず叫ぶ)そうなんだ! そのことなんだ!

 

 

 

拍手。

 

 

 

大 将  (ロをパチパチさせ)状況……事態の急変に際し、採るべき処置!(事務所にとんで帰る)

 

ゆり子  (おみやにつかまり)すばらしいわ! 夢みたい。

 

おみや  なにか、言ってよ、彼女! 言ってよ、なにか!

 

彼 女  あの、あの、ダメ、あたし心臓が……

 

女工員  (前に出る)下請けのみなさん、あたしキャピトルの部品倉庫にいます。あの棚のかげで。毎日毎日、外註払出伝票とにらめくら、部品の入りが悪いとイライラして、電話でヒステリーおこして……でも、ここにある部品、コンデンサーも、コイルもビニール線も、これ、あたしたちの手から、みなさんの手に、みなさんの手から、またあたしたちの手に。

 

彼 女  ねられないことあったわ! ダイオードわかんなくなって。

 

おみや  あたし、よく泣くの、電話でどなられて。

 

女工員  おなじ! おなじだわ、あたしたちも棚のかげで……部品が切れると……

 

彼 女  しわよせはどこまでも、女。

 

女工員  ごめんなさい、知らなかったの、毎日働いていながら、……部品が下請けで、どんな苦労をして加工されているのか。考えてもみなかったわ、あたしたち。今日ここへくるまで、ここへきて、みなさんの顔みるまで、……同じ仲間が、同じ仕事で結ばれてる仲間が、ここにもいるんだ、てこと……ごめんなさい。

 

彼 女  (女工員の肩をだく)そうなの、そうなの、そうなのよ! (泣く)

 

 

 

女たち泣き出す。

 

 

 

M 平  この瞬間、ああ、この瞬間、真実はかがやく、おれたちの、労働者の真実はかがやく。人生はすばらしい!

 

 

 

突然、だれかが現場のスピーカーを、最大のヴォリュームで鳴らす、ドラムの連打。ビートの利いたジャズ。

 

鉄ちゃんと風天がおどり出す。

 

 

 

鉄ちゃん やれ、やれ、やっちまえ!

 

風 天  やっちまえ、やっちまえ!

 

 

 

つづいておみやが踊りだす。

 

 

 

たこ八  ええい! こんちきしょ。(おどり出す)

 

 

 

舞台は目茶目茶に乱舞する人々。

 

呟然とそれをみる人々と。

 

 

 

 

 

 

 

第三の間奏

 

 

 

音楽――大統領と父

 

 

 

大統領  やればできる……動いた、動いたよ、壁が動いたよ、みていたろう。

 

 父   容易(たや)すく考えちゃいけないよ、動くということを。

 

大統領  (失望をあらわし)感動しないのか、おれのおやじは。

 

 父   バカ! 感動なんか後でしろ。

 

大統領  後で……感動、いかさねえ。

 

 父   動きがどうなるのか、見きわめるんだ。それはお前の責任だぞ!

 

大統領  そう、責任、責任、て、おどかすなよ、なにもやれなくなっちまう。

 

 父   責任がいるんだ、集団の行動には。

 

大統領  責任、……それをいうと……

 

 父   慎重に、冷静に、よく考えて、前へ進むんだ。……若者は止ってはいけない、前へ!

 

大統領  ……若者よ、前へ……あの歌のようにか。

 

 父   あの歌のようにだ。

 

 

 

 

 

 

 

第四幕「されどコンベアは……」(小さな工場にて)

 

 

 

12(前場に同じ)

 

 

 

翌朝。例の通り人々は働いているわけだが、今朝は生産意欲が感じられない。仕事が手につかず部分的にはサボタージュでさえある。大した意味もなく現場の工員たちまでうろうろ動いている。

 

昨夜、ここにごろ寝をした大統領と風天が、隅で朝食のパンをかじっている。彼女とM平はなにかひそひそ話。ゆり子は伝票整理。山田はのっそりと何かしらをやっており、おみやがお茶を入れている。

 

鉄ちゃんがうろついている。

 

 

 

 

 

鉄ちゃん けっ! 現場の婆さん共、今朝は先き見越して早えとこ休みが多いや。(現場へゆく)

 

おみや  (大統領たちにお茶をもってゆく)寝られた。寒かったろ。

 

風 天  なーに、おれもうじきトラックの上で寝るようになるんだ。兄弟分ともお別れさ。

 

おみや  やめるの? やっぱり、

 

風 天  どうせあおられるんならよ、金になる方がいいや、なあ大統領。

 

おみや  ま! 大統領も。

 

大統領  おれ、やめやしない。いまおれは、ぶつかるだけさ、ぶつかる。

 

おみや  よかった!

 

彼 女  (小声で)ほかの下諸け、どうかしら? 磯野さんのアジ演説、のっちまったけど、よそはどうも空振りらしいじゃないの。

 

M 平  (電話をとる)

 

彼 女  どこえ?

 

M 平  キャピトルの組合……昔の仲間が……(電話をやめ)なんだろうと、万事時が解決すらあ。

 

彼 女  何やったって同じよ、世の中は。いよいよとなったら、あたしお店に出ようかな、あんた心配? 水商売するの。いつまで親もと、六畳一間に七人もいるんじゃ。

 

M 平  子は三界の首枷……おれにこどもがいなきゃ……(頭をかきむしる)

 

彼 女  いいわよ。どうせ奥さん稼業向かないもん。

 

M 平  いろんなことがあった……いろんなことをやった……毎日毎日、汗をしぼられ、結局人間何が

 

残る? ……金、金がほしい!

 

青 山  (事務所から出てきて、M平に)いいのかい? 今朝からこんな、キャピトルのストは十二時からだというのに……

 

M 平  屁っぴり腰じゃ闘えないよ。

 

青 山  大将、金ぐりがつかなくなって、もし給料も払えんことになったら……

 

M 平  (かんしゃくおこす)つべこべいうな!

 

青 山  (とびのく)おれ、知らないぞ

 

たこ八  (現場から出てきて)やい! 委員長、書記長。

 

M 平  大声でよぶな、できたてのホヤホヤを。

 

たこ八  ところでよ、おれたちの要求て、何だ? いったい。

 

M 平  あ? そうか、闘争宣言はしたが要求は出してねえや。

 

たこ八  なにかくっつけろ、体裁わるいや、賃上げ、首切り反対。なんかねえかい! みんな鮭の頭か。

 

M 平  (大統領に)そもそものきっかけ、何だ? 書記長。

 

大統領  コンベア、毎日それにあおられ……

 

たこ八  コンベア反対! へんだな……

 

大統領  相手はキャピトル。

 

たこ八  相手はキャピトル。

 

M 平  おれたちの要求は、うちの大将に出すもんだぜ。

 

大統領  大将に出したって……

 

M 平  人手をふやせ。仕事うけすぎるな。

 

大統領  (強く)キャピトルだよ。相手はキャピトル、でなきゃ意味がないよ。

 

おみや  十二時くれば、仕事ストップね。

 

M 平  もちろん

 

大統領  そうだ! みんなで行こう、キャビトルヘ!…… ゆうべおれ、その隅でねて。……どこかな? あれ……大きな丘、平たいテーブルみたいな段がある丘、丘の上にゃ、青い芝生やチューリップが植って、白いデカイ工場が建ってるんだ。……丘の下は、うす黒くて、電線がクモの巣みたいに張って、ドブにゃ油が浮いてて、マッチ箱のような工場がゴチャゴチャあるんだ。あの丘に行こう! おれ、そういって走ったんだ。すると、周りにもおれみたいなのが一ぱいいて、いこう! いこう! 走ったんだ、どんどん。ワァワァ、ワッショワッショ。……おーい! ……おれたちがよぶと、おーい! 丘の上でも手を振ってる。……おーい!、おーい……でも。いくら走っても、丘は、その白いデカイ工場は近くならない。……おーい! 向うで手を振ってるのが見えてても、近くならない! 夢っておかしなもんだな。

 

M 平  うむ、大統領、その夢にコンプレックスがある。

 

たこ八  ヤイ、夢みてえな夢の話、スローガンどうするんだ!M 平  ああ、現実とは面倒なものだ。

 

おみや  ねえ、コンベアの唄、うたわない、華やかにやらない。風 天  よーし、やろう!

 

 

 

風天は「コンベア野郎に夜はない」をうたう。

 

おみやは踊る。

 

たこ八は歯をむき出してなにやら叫ぶが、あきらめた様子。

 

古沢が顔を出す。

 

 

 

古 沢  しけた革命歌だ。

 

M 平  弥次馬に用はない。

 

古 沢  これはまた、えらく見下げられたものだ。

 

風 天  ひっ込んでろ、スパイ!

 

古 沢  なに、キサマ!

 

風 天  (腕まくり)表へ出ろ!

 

M 平  (間に入る)挑発にのるな!

 

古 沢  挑発はそいつだ! なんの根拠でスパイと。

 

風 天  スパイじゃねえか。

 

M 平  あんた以前は、高島ボイコットで人をあおったが、この頃大分、意気投合してるんだって?

 

古 沢  咋日からのさわぎ、何だい。いい加減に熱さましておかないと、のっぴきならないことになるぜ。磯野あたりの口車にのって。

 

大統領  (古沢の前に進みでる)あんた、これを熱だといって笑うの?

 

古 沢  ……笑うよ。

 

大統領  ……この熱こそ大事なんだ。この熱こそ壁をやぶるものなんだ。

 

古 沢  笑わせるよ。

 

大統領  あんた、クソインテリだよ。

 

古 沢  なら。みんなはへッポコ労働者だ。磯野などがわめき散らした、下請け共同闘争を真にうけて。

 

M 平  事務所で算盤でもはじいてろ。

 

古 沢  一つ二つ教えてあげる。(大統領を指し)コンベアが止るって君が感激してる、キャピトルのストライキも、いわば一つの派閥争いのあおりさ。大会社は、会社にも組合にも派閥だらけ、いい例が下請けのしめつけさ。高島たち技術部系はうちなんかを育成するつもりだが、ライバルの製造部系は赤尾電機などに力を入れてる。だが結局、うちのような零細規模の工場には積極的な資本投入、合理化こそ必要という結論になったのさ。

 

たこ八  能書きは分った。

 

古 沢  磯野たちは革新の情熱にもえる純真な青年さ。だがその後ろで、糸をひいてる黒幕の無きにしもあらず……自重しろよ、自重。力無きものが、軽々しく動くは禁物……(頭を叩き)ここを使って。ここを!(去る)

 

 

 

間。

 

 

 

人々沈黙。

 

M平、どこへか電話をかける。

 

 

 

彼 女  知ってる? あいつ、うまいこと言って、会社へおくるお歳暮はくすねるし、すし屋そば屋は二重伝票切って、けっこうポッポに入れてるんだから。

 

たこ八  (叫ぶ)なにが何んだかさっぱり分んねえ!

 

ゆり子  (大統領のそばにそっとくる)大統領……(物かげにゆく)あんた、いつかあたしに言ったわね、ここから早く脱け出せ、早く脱け出さないと、神経すりへるぞ、て。

 

大統領  ……脱け出すのか? ……どこえ行くんだ。

 

ゆり子  ……大統領は。

 

大統領  おれは……下請けの大統領さ。

 

ゆり子  答えて。

 

大統領  ……

 

M 平  小西か……俺だ……加藤だ……

 

ゆり子  希望……自分のゆく道……ないの、あんたにも、あたしにも。

 

大統領  そんなもん……見えねえ……

 

ゆり子  見えない……

 

大統領  どこにある? そんなもん、選ぶ自由、どこにある? ……おれは片親で中学だけだ。

 

ゆり子  行き当り、ばったり……

 

大統領  壁……なんにもわかんないが、壁だけがわかる!……壁、右も左も壁、壁……おれはぶち当る。避けないでぶち当る!

 

ゆり子  (小さな包みを出し)あたしのメモリアル。(大統領の手ににぎらせる)

 

 

 

おみやがそっと二人をうかがう。

 

M平は電話の受話器を荒々しく置く。

 

 

 

M 平  腰ぬけ! なにが共同闘争だ。どうせ大企業に飼い馴らされた奴らのやること、(感傷的になる)赤旗のそらぞらしくもひるがえる、うすねずみ色の空よ。その矛盾知るはわれひとり、ひとすじの涙よ。けっ! 涙が出るは純情なり、絶望には涙なし、そは笑いなり、笑え笑え(大声で笑う)彼 女  M平さん、とうとう頭にきた!

 

おみや  あたしも気狂いになろう!(思い切り高い声を出す)

 

風 天  うわあああー(叫ぶと、その辺にあるものを叩きこわす)

 

 

 

人々、びっくりして集る。

 

間――だれも声なし、殺気のようなもの。

 

 

 

M 平  ひっくり返ったとよ、闘争委員会。

 

大統領  みんな、キャピトルの情勢が変ったらしい。でももう、後にはひけない。行こう、キャピトルヘ、みんなで並んで、キャピトルヘ。

 

風 天  デモか、いいぞ!

 

青 山  (おろおろして)警察にとどけなくていいのか、それにうちの工場だけが……

 

大統領  おれたち、自由行動する権利がある。行こうよ!

 

M 平  (立つ)わが工場、一粒の麦とならん!

 

 

 

戸外から。頭と手に紺帯をした磯野が入ってくる。

 

 

 

おみや  あら、いたましい、磯野さん。

 

磯 野  闘争委貝会でやられた。申しわけない、下請け共闘もやぶられちまった。

 

M 平  さもあらん、前衛はつねに進み過ぎる。

 

大統領  磯野さん、革新同盟の主張、おれには真実なんだ。それを、キャピトルの組合員、支持しないんですか!

 

磯 野  職制に足をさらわれたんだ。われわれが一時力を外に向けたすきに、職場ではささやきがやられた、組合員の耳から耳へ。ぽくらの行動を、組合を分裂させ、闘争を無闇と拡大し、収拾つかなくさせる陰謀なんだと。

 

大統飢  正しくても敗れる。何かが足りない。

 

たこ八  脳ミソが足りねえ、みんな鮭の頭だ!

 

青 山  おれたち、どうする?

 

たこ八  どうする委員長。(M平に)

 

M 平  どうする大統領、書記長。

 

磯 野  ぼくは提案する、共闘は敗れた、でも、キャピトル組合員の大多数は真実を知らない。みなさんたちがたちあがろうとした真実を!

 

ゆり子  (後ろで)事務所に高島さんが。ここえくるわ。

 

M 平  磯野君かくれろ。

 

磯 野  かくれる? なぜ?

 

M 平  かくれてみてろ。

 

 

 

磯野、人々の後にかくれる。

 

高島――赤い組合のたすきをかけ、勇ましい姿で登場。後に大将。

 

 

 

高 島  (威厳をもちそして丁重に)みなさん、どうもごくろうさま。

 

たこ八  それほどでもねえよ。

 

高 島  (たこ八の言葉を無視して)今日は、こんな赤いたすきかけておかしいでしょうが、実は組合幹部として、ぼくはつまり、キャピトル労連の中央執行委員でもあるので、その方からおねがいに上ったわけです。……いや、こんど、みなさんが組合の闘争を支援して同情ストをされるという話をきいた時、ぼくはこう、胸のなかが熱くなったなあ、なんというか、その、企業を超えた労働者の連帯感情というのかなあ……

 

鉄ちゃん (弥次気分で)うめえぞ!

 

高 島  (知らん顔で)みなさんのその志、組合役員として、ぼくはとてもありがたい、ありがたいんです。だが現実は?……センチメンタルにならずに考えてみましょう。正直なところ、われわれの組合、ぼくの口から言うのもへんですが、これは見かけほど強くはないんだ。張子のトラ……でないとしても、内部矛盾をいっぱいかかえてます。こんどの実力行使でもたいへんなさわぎですね。下請けのみなさんもひっくるめた統一闘争というアイデア、もちろんわれわれは持ってる、それはわれわれの運動の目標であり理想でもあるんだ。だが今は残念ながらその力がない。そこで、一見片輪なような闘争も生れてくるわけです。

 

風 天  だから。どうしたんだよう

 

高 島  (心を抑えて)われわれの闘争をアベック闘争と非難し、われわれをグラ幹とののしる者がいます。彼らによれば、世の組合の大半は御用であり幹部はダラ幹です。だがみなさん、こうも考えられる。なぜ? かくも多くダラ幹が選び出されるか? 意識がすすんでいる筈の組合員の代表として。

 

M 平  話の焦点を明確に!

 

高 鳥  たしかに! ぼくはダラ幹とののしられる。ダラ幹なのだ。してダラ幹とは何か? 資本家と妥協する幹部だ。じゃ妥協しない幹部がどこにいる? いるもんか。日本は高度の資本主義国なんだ。日本の労働運動は、闘いながら協調してゆく。これだ、これで日本の現実は動いている。闘争と協調の弁証法的統一、これこそアベック闘争の精神じゃありませんか。みなさん、どうかこの現実を正しく認識して下さい。

 

風 天  だから、どうしたんだよう!

 

高 島  キャピトルの労組は賃上げで、四十八時間ストをうつ、もうその時はきた。だがみなさん、下請けの人々は生産をやらねばならない。

 

大統領  そりゃ不合理だ。

 

高 島  なんたる矛盾、腹が立つ、怒るはず、怒らぬやつがおかしい……こんなチョボ一の話、どこから出てきた……分りますか皆さん。

 

人 々  (無言。高島の意表をついた言葉に声がない)

 

高 島  理由は簡単、キャピトルは親会社みなさんは下請け、それぞれ企業は別だから。労使闘いながら協調してゆく、矛盾のしわよせ、これが現実だ。……ぼくは、組合運動者としてみなさんに頭を下げる。許してほしい、ムチ打ってほしい。みなさんを引きつれ、共に闘うことのできない、われわれの弱さを……

 

人 々  ……(磯野がとび出しかける。廻りの人々がおさえる)

 

高 島  (弁舌の効果に自信をもつ)一方、生産技術者として青野電気の将来を考える者として、ぼくはおねがいします。作業をしてほしい。七六〇生産をつづけて……青野電機だけ……他社とはなれて、ストライキで独走しないでほしい。下請けの立場を知って行動して下さい。この資本主義的現実の上に立っておねがいします。(頭を下げる)

 

磯 野  (とび出す)嘘をつけ! これが彼の正体だ! 昨夜、おれたちは彼のため、ののしられ、なぐられ、……下請け共闘の闘いもズタズタにされた! みろ! 狐はいま諸君の前でしおらしい演技をしている……

 

高 島  ……なるほど、そう、ぼくは狐かも知れない。よろしい、そして君はなんだ。神か、人間か、それとも狸か。

 

磯 野  ……おれは、労働者だ……

 

高 島  よろしい。狐はみなさんにいう、涙をのんで仕事をしてくださいと、それが当面の生きる道なんだ。……労働者はなんというかね。

 

磯 野  (悲痛に)ぼくは昨夜考えた。なぐられ孤立した上で考えた。いま、おれたちは不利だ。その上で何をいうべきか、下請の諸君に何というべきか?……答えが、見出せない、見出せない……そのままおれはここにきた。おれたちは力が足らなかった。経験が不足していた……しかし、間違ってはいない。

 

大統領  そうだ! 狐の言葉をとるか? 労働者の言葉をとるか? ……今、おれたちは自由をもってる。

 

高 島  (勝ちほこって)ね、大統領。この労働者は、答えがないといってるぜ?

 

大統領  ……答がないとはいってない。いま答えが見出せないんだ。……それはいま力が弱いからだ。狐は答えをもってるか、狐は答えを、……狐も持ってない。狐はただ、虎の威勢を、……虎、……キャピトル……大企業、虎の威勢をかりてるだけだ!……狐、狐の正体はキャピトルだ!

 

高 島  (青ざめる、激怒してくる)君が一番悪質らしいな、大統領!

 

大 将  (おもむろに)おれは何もいわねえ。あとはみんなできめろ。

 

 

 

大将、つづいて高島引上げる。

 

破野、沈痛な様子で外に出てゆく。

 

間――沈黙。

 

 

 

風 天  けっ! みんなガン首並べやがって、威勢悪いぞ、おら、やめた!(人々黙ってる)M 平  ……ああ、束の間の生よ……ふたたび絶望が……

 

青 山  (ぐちっぽく)だから、おれ、はじめっから……

 

彼 女  ああ、腹が立つ!

 

おみや  (身をふるわし)いいいいい!

 

たこ八  なにがなにやら、さっぱりわかんねえ!

 

 

 

山田がのこのこ出てくる、顔をひきつらせて。

 

 

 

山 田  チ、キ、ショー!

 

 

 

舞台雑然となる。

 

サイレンが聞える。十二時を告げるキャピトル工場の。

 

 

 

大統領  みんな……サイレンが聞える。……十二時だ。キャピトル工場の、ストライキがはじまる、コンベアが止る、サイレンが聞える……たとえそのストライキなれあいであっても、コンベアは止まる。止めれば止まる。労働者の力で止まる。だのに、おれたちの手は、止められるのか、止められないのか……どっちなんだ、みんな。

 

一 同  どっちなんだ、大統領。

 

大統領  みんなは?

 

一 同  ……大統領は?

 

大統領  (間)止めよう! ちくしよう、おれたちにもストライキを打つ力があるんだ。

 

 

 

一同カン声をあげる。

 

周囲暗くなり、大統領に強い光。

 

少し離れて父の姿。

 

 

 

大統領  止めたんだ! みんなの手は。……だが事態は? ……負けか? 勝ちか?

 

 父   闘うべきときに闘って、負けということはない。

 

大統領  闘った。壁に体当りだ。固い壁だ。おれたちははねとばされた、固い璧の奴!(じっと目をこらす)

 

 

 

 

 

 

 

13 (前場に同じ)

 

 

 

昼。この劇、第一部の幕あきとほとんど同じ状態。せまい空間にたくさんのダンボール箱。それには「キャピトル」のトレードマーク。足のふみ場もない感じ。

 

M平、青山、彼女、おみや、山田の五人がそれぞれに仕事。ゆり子はいない。M平と青山は(第二幕はじめにおみやと大統領がやっていたように)床におかれたボール箱に、こごんでそれぞれに部品の照合。おみやは部品整理。

 

彼女は伝票、山田は隅で修理。現場からは相かわらずテストのラジオのミックスした雑音。(しかしこの場では全般的にソフトな、よりムード化したものとして出される)第一部幕あきのように、おみやの机の上のトランジスタラジオが鳴っている。

 

 

 

ラジオ  労働組合員、学生等、約八千人が参加、午後六時ごろ、学生を中心とするデモ隊の一部は、基地正面に坐り込みをはじめ、これを退去させようとする警官隊との間に(現場の調整音のシャズが大きくなってまじる)

 

鉄ちゃん (現場から顔を出し、のんびりした調子で)ポリ・バリコンが切れまっせ。切れたら流れが止りまっせ、たのんますよ。

 

おみや  (ラジオに耳をつけ)世の中は、激しい流れが渦巻いてる……外は嵐……

 

鉄ちゃん (首かしげる)みやちゃん、お前やっぱり、あいつにかぶれたんだ。……いや、おれだって彼 女  (電話が嗚ったので出る)はい……はい、おおせの通りです。……はい、まことにどうも……はい、よく気をつけます。はい、ごめん遊ばせ。(受話器おく)フン。

 

たこ八  (現場から現われ、あまり威勢のよくない声で)……毎度いうようだが、部品というものは、水の流れるごとくそろってこそ、はじめて調子のでるもんだ……とかなんとかね、張り切ったこともあったが、この頃は尾羽打ち枯らしちまったよ、なあ山田さん。

 

 

 

山田の肩によりかかる。

 

山田はたこ八を見上げて、ニヤッと笑ふ。

 

 

 

たこ八  (はな唄で)流るる水と、人の身はあ……(現場にかえる)

 

青 山  (部品照合のリストを読む。M平は身体をかがめ、ボール箱の中を点検)いいかい、5000P、5000P、……300P、15P、20P、また5000P。150P、100P、500Pの100P.……Pはおわり。

 

M 平  Pはおわり。

 

青 山  次は、002、05、005、もう一つ、005、005ゼロ三つだよ、次、01、005、また005、02、002、以上。次は抵抗。

 

M 平  次、抵抗、OK。

 

青 山  33K(キロ)、220K(キロ)、150K(キロ)、47K(キロ)、150K(キロ)、22K(キロ)、150K(キロ)、また150K(キロ)、330K(キロ)、22K(キロ)、また22K(キロ)、300K(キロ)。次……4・7(よんこんまなな)K(キロ)、1・8K(キロ)、1・8K(キロ)、また1・8K(キロ)、3・3K(キロ)、また3・3K(キロ)、以上。

 

M 平   (照合によって不明品を発見する)わかった、3・3K(キロ)、こんちくしょだ。

 

青 山  (彼女に)一八五の納品書かいて。

 

彼 女  物品税はどうなってるの?

 

青 山  さあ、おれゆり子に任せきりだったから……

 

M 平  ああくたびれた……(時計を見て)風天のばかめ、今頃、東海道は浜名湖あたり、ありゃ景色のいいところだ、昨日は東、今日は西、あいつらしいや。

 

青 山  若い者は、馴れた頃に出ていって、そのしわよせはいつもおれたちが。

 

M 平  泣くのじゃないよ、泣くじゃないよ、おれが餓鬼の時分、そんな歌が流行ったが、いつの世も変りないさ。(煙草をつける)

 

青 山  高島がくるぜ。

 

M 平  この工場、今じゃおれたちガラクタが何よりの財産さ。心配するな。

 

 

 

高島と青写真をもった建築屋。そのあとから古沢登場。

 

 

 

建築屋  (図面みて)ここが、この倉庫。

 

高 島  そう。下は倉庫に車庫、作業場が二、三階……とりあえず、ここだけ早く使えるよう。

 

古 沢  (建築屋に)そう、一ヶ月だね。

 

 

 

建築屋はその辺をみて歩く。

 

 

 

高 島  (やわらかく、みんなに)ぼくがキャピトルで研究してきたシステム、それを今後の工程管理に応用してみたい、協力たのみます。いや、諸君もずっとやりよくなる筈だ。これから説明するので集って下さい。……大通君は惜しかったが。彼のことだ、どこかで活路を見出しているよ。元気を出してくれたまえ、ねえM平君。

 

M 平  ダメ、後味わるくてねえ。

 

高 島  おり切るんだな。

 

青 山  これからすぐ集るんですと……

 

高 島  ラジオの方。放っといて平気、二時間や三時間、重点は新機種だ。ぼくが来たかぎり心配せんで。(事務所へかえる)

 

青 山  (口の中で)でも電話で怒られるのはおれなんだ。

 

 

 

古沢は建築屋とさかんに何かを話している。彼女、じっとそれを見る。

 

内職夫人A、B連れ立って入ってくる。

 

 

 

内職夫人A・B こんにちは。

 

おみや  ポリ・バリコンね、待ってたの。

 

内職夫人A 大きくなるんだってね、鉄筋?

 

内職夫人B 内職、ずっとでる。

 

おみや  心配いらない。

 

内職夫人A (おみやに)行方わかった?

 

おみや  (首をふる)

 

内職夫人B ねえ、大統領が身代りになったんだって? ほんとはM平さんが……

 

内職夫人A でもサ、ひどいじゃない。下請けじゃここ一軒だけがストライキ突入したからってさ……仕事出すとか出さないとか、キャピトルともあろうに。

 

彼 女  あすこの組合もインチキなの。会社となれあいで、下請けなんかどうなったって、自分たちさえよけりや……

 

古 沢  (不意に横から)そういうもんさ、日本の労働組合なんて。あんた、大統領に感謝しなきや。実のところ、おれも大将も、高島まで引き止めたんだぜ。でも奴は、工場の将来のため、M平さんが残り自分が退めるべきだと……突然姿を消した。……が、まあ、奴の心のなかじゃそういってここから脱出したかったのかな?(そう言って去る)

 

内職夫人B まだ若いんだし、こんなところでくすぶらしたんじゃ……あら、ごめんなさい。

 

おみや  (ゆがんだ笑い)いいのよ。あたしみたいなズベ公相手にしてたんじゃね。

 

内職夫人A (しげしげとみて)でも、みやちゃん、この頃ずいぶん大人になったわ。

 

内職夫人B 年頃だもの、あの、ほら、ゆりちゃん、あの子も見違えちゃった、この間駅であってねおみや  (部品の箱と伝票出して)あさってまで、おねがいね。

 

 

 

内職夫人、連れ立って帰る。

 

 

 

M 平  (じっと話をきいていたが)さ、新管理システムの講義聞きにいこうか。

 

 

 

大将が少年を連れてくる。少年はどことなく大統領を連想させる。大将は心なしか元気がない。

 

 

 

大 将  ……後釜きたよ。田舎の子だから、あせらず、よろしくたのむよ。

 

M 平  (吐出すように)結局、なんだというんだ。え? あいつは見事に破裂して、消えちまった。残ったおれとは、一体なんだ? 大将、お前さんの役割とはなんだ?

 

大 将  大統領のことか? そいつを言うな。(事務所へ去る)

 

 

 

青山、ぶつぶつ云いながら部品整理。

 

 

 

M 平  (少年に)くに、どこ?

 

少 年  宮城県です。

 

M 平  仕事の説明しよう、管理係ってわかるかい?

 

少 年  いいえ。

 

M 平  そもそも仕事にゃ、直接作業と間接作業とある、手を動かす仕事――抵抗、コンデンサー、いろんなえてものを、うけたり、からげたり、かしめたり、音が出るように……(いいかけて気力をなくす)今日はゆっくりそこに坐ってな……おねえさんたちがいろいろ教えてくれるから。(事務所に去る)

 

 

 

間、しばらく仕事、現場から調整音のジャズ、ものういようなトランペット。おみやがボソリとロをきく。

 

 

 

おみや  ねえ、彼女あたしこの頃考えるんだけど、親や兄弟てのは……(黙ってしまう)

 

彼 女  なんのこと。

 

おみや  (話をかえて)あたし、舞踊学校の規則書とったの、だけど……

 

彼 女  (笑う)まだ、こどもね。

 

おみや  とるだけ、タレント養成所も、音楽学校も、規則書ならもってる。

 

彼 女  いいわねえ。

 

おみや  (急に)彼女、バーヘ連れてって! あたしお酒のんでみたい。

 

彼 女  バカ!(少年を見て)おどろいてるじゃないか

 

 

 

青山、そそくさと事務所へゆく。

 

 

 

彼 女  (窓の外を見て)珍らしい、青空。

 

おみや  (手を休めじっと窓を見る)青空……大統領の青空……

 

少 年  おれの故郷、お天気なら青空だ。

 

おみや  ……(黙っている)

 

少 年  ……ボク、なにか、手伝いますか。

 

おみや  (その言葉に、何かを思い出し、まじまじと少年をみる)

 

少 年  ……(おそれをなす)

 

おみや  (顔をおおう、やがてしゃくりあげ、声をあげて泣き出す)

 

彼 女  (おみやに近より、そっと肩をだく)この娘ったら、……いいのよ、………あいつバカなんだ。こんないい娘に、キス一つしてやらないで……かんべんしてやんな、あいつまだ、女の子の扱い知らないんだから……泣くなんて、あんたらしくないよ。おみや、ズベ公なら怒鳴るのさ。どこヘとんでっちまったんだ、大統領。お前一人だけ、どこでどうしたからって、世の中がどうなるというのよ。なぜあたしたちを……(彼女自身悲しくなる)いいから鳴るのよ。恥かしいなんてほんものじゃないわ、怒鳴んな!

 

おみや  (窓による)……(叫ぶ)バカヤロウ! 大統領、どこにいるんだ! バカヤロウ!……バカヤロウ!

 

 

 

現場からもの憂いラジオのブルース。

 

―幕―