大橋喜一 作
        あわて幕やぶけ芝居 
        東京空襲三・一〇 
    
    おぼえ書
     東京江東区にあるアマ劇団の人々が、空襲の歴史を自作・自演する劇中劇。
     劇の基本場面は「東京都墨田区菊川町二丁目、第二八隣組長、薪炭商沢村勇作の家」。右隣は鉄工所(隣の大将)、左隣は製縫業(洋服屋)という設定。作者は装置についての具体的なイメージはない。東京の江東区の雰囲気、空をうつすホリゾント、物干台、屋並や電柱の影などあればよいが、一切は演出者と装置家にまかせる。
     出演者は二〇人(男十二人・女八人)を考えるが、増減は自由。劇団のリーダー・沢村哲平は現在年齢(一九八六年)六八歳であるが、他の劇団員の年齢は自由。哲平以外の人物は劇中劇ではさまざまな役を兼ねる。
     プロローグ、その他の劇中劇以外の場のせりふは一つの基準と考えて、俳優各自の特色をもったアドリブを加味してよい。お互いのよび名も自由に創作していい。
    人 物(年齢は劇中劇の年齢)
   
    哲平・劇団リーダー 姓沢村。現実年齢は六八歳。劇中劇は二二~二七歳。
    勇作        哲平の父、薪炭商 五四歳
    春江        哲平の母     四九歳
    英子        哲平の妹     二二歳
    紀子        哲平の妹     一七歳
    隣の大将      鉄工所主
    洋服屋       製縫業
    こと        哲平の祖母    七二歳
    《目》甲・《目》乙  本質は憲兵であるが、時により何にでもなる。メーク          アップまたは仮面をつける。
    ヘンリー      アメリカ空軍将校の制服
    ハワード      アメリカ空軍将校の制服
    舞台監督      役者を兼ねてもよい。ニックネームはあぶらげ。年齢          は自由だが、若者がよいだろう。
     その他の隣組の人々、金ピカの将校など、臨時の役は、他の俳優が演じ、また兼ねてもよい。そして哲平以外は時にはコロスの性格を持つ。
    1  プロローグ

    劇団「下町」の人々、全員登場。
    服装、足どりなどそれぞれにバラバラだが、客席への礼はピタリと呼吸が合う。中心の五人は、「東京空襲戦災誌」を手にしている。

リーダー 劇団「下町」のこのたびの演目。
全 員  東京空襲 三・一〇!

         一同静止、間。

 男   三年前から考えていました。大空襲を芝居にしたい。
 女   とはいっても、本がないの。
 男   そりゃそうです。大空襲だの大災害だのってなァ、そもそも芝居になるようなもんじゃ……
 ―   みんなで勉強しました。
 ―   東京大空襲戦災誌を。
 ―   手分けして首っぴき、
 ―   あげくはとても深刻に、
 ―   考えてしまった。
 ―   それに編集のたいへんなご苦労。
 ―   猛火に包囲され焼け死んでいった何万人の人々。
 ―   むごたらしいそのイメージが、
 ―   胸の底にいっぱいになって、
 ―   どうしたらこれを芝居にできるかしら。
全 員  思案投首!
 ―   あげくの果はいつも、
全 員  作者がいない!

    人々一つのポーズで、間。

リーダー (ノコノコ出てきて)しょうがないでしょう、今さらピランデルノの二番煎じ叩いても。
男   土台無理、哲平さん。そもそも空襲が九尺三間の舞台で見せられる代物か。
リーダー 私ゃね、焼夷弾に追われ逃げまどう格好見せりゃ、空襲芝居になるなんて思っちゃいません。つまりあの、三月十日、たった一晩で十万人が焼け死んだ、わずか二時間半に……なぜこんなに大勢焼け死んだか、焼け死ななきゃなんなかったか、その本質ですよ。
 男   ホンシツ? てぇと……
リーダー 要は根元です、空襲の。
 男   コンゲン? てなァ……
リーダー 空襲という現象のよってきたる大もとです。
 男   ゲンショウ? こりゃまた、
 男   大もとてなァ……
リーダー 戦争ですよ、あんた。そもそも戦争がなぜおこるか、おきたか?
 男   それなら、十二月八日だ!

 男   それ、日本が真珠湾攻撃かけた、
 男   なある、空襲は空襲によって報われる、いいこと言いましたね。
 男   へ、大出来だよ、自転車屋さんにしちゃ。
 女   あの、真珠湾攻撃なんてところまでやる気なんですか? お芝居で。
リーダー やりたいです! でも、できっこないと私ゃ思う。芝居にゃ制約があります。
 女   それじゃ、哲平さん……
リーダー 日本はなぜ真珠湾を、アメリカと戦争する気になったか?……(若者たちに)知ってますか、若い諸君。日米が開戦に至った最大の争点はなにか……あんた方、生れる前のことだから、知っちゃいねえじゃすみませんよ……どうなの? 菊之助?……クニオ?……ポンプ?

    若者たちも他の者も沈黙。

リーダー 当節は教育が、ことに現代史教育がなってないようですな。それは中国大陸からの撤兵です。(笑声)テッペイて言ったって、私の名前じゃありません! 兵隊をひきあげるテッペイ! 日本は中国の要地を占領していた。アメリカが日本に撤兵を迫った。すでに軍部がはびこって政治を壟断(ろうだん)していた日本、なんでこれをききましょうぞ。そこでアメリカは経済封鎖ときた。
 女   あの、そういうのみんな、空襲のお芝居でやるんですか?
リーダー ……やりたくても本がありません。そこまで描かなきゃ空襲の根元がわからない。だけどそういう戯曲がないの、劇作家がいないんです。
 女   あの、提案があるんです。どうでしょうか? この際哲平さんに本を書いてもらうの。いかがでしょう?

    拍手がおこる。次第に大きくなる。

リーダー 私が本を?……冗、冗談も休み休み……私ゃ芝居が好き、演出のまねごとも、だが本は書いたことない、ありません。芝居の本? そんな簡単安直にできるもんじゃ……
 男   おれ、高校演劇の審査たのまれるが、あのね、なかなかいい本書くよ、高校生でも。その気になりゃ、書けるよ、哲平さんだって。
 女   私、思うの、哲平さんに、ご自分の家のこと書いていただいたらと。

    さらに拍手。

リーダー ……あの、あの、私ゃ、東京の空襲体験してません。戦争中は赤紙で南方の戦場に行ってました。
 女   でもお宅は、菊川町で……
リーダー そりゃ、親の代から本所住い、生れも菊川町(新国劇的に)……でも、つらいんでさ。おやじもおふくろも焼け死んじまったァ。私ゃいまでも、菊川橋、みるたび通るたび思います。ここで二人がおり重なって焼け死んだんだ……と、妹二人とおばァちゃんはかろうじて助かったが……ほんとうはつらいんだ。ましてやそれを本に書くなんて……(涙ぐむ)
 女   ……わかるわ、だから、その思いを、本にこめて。どうでしょう、みなさん。
全 員  おねがいします! 哲平さん!

    リーダー以外は退場。
    2  哲平さんの語り

    リーダーしばらく腕ぐみ。ややあって語りはじめる。

哲 平  (リーダー)……そんないきさつで、私みずから本を書いて……ええ、私の名は沢村哲平、(このあたりより哲平は、「私」を、あっしとか、あたしゃなどの、古い江戸下町ことばで発するが、状況によってさまざまに変化し、現代的になったり古風になったりする)劇団のリーダー。うちの劇団の者は、主に墨田区……江東区の地域を根域に、その、もとより素人劇団でして、レパートリは、ええ、「名月赤城山」から、「ゴドーを待ちながら」「血煙荒神山」。サルトル、ブレヒトもやっちまおうて劇団でして、(ペコリとおじぎ)すいません、どうも。で、この芝居、わが家の実録でございます。(天をあおぎ)おとッつぁん、おっ母さん、あんたの息子の哲平は、戦後四十年、もう親の年より年をとり、ねえ、二親しのんで、下町の悲劇、あの三月十日の空襲を舞台にかけようて……しめっぽくなりゃがった、ドライにリアルに参ります。私の生まれは大正六年、てこたァ、二十年後、昭和十二年にゃ兵隊検査……これを徴集年度と申します。男の子、おぎャアと産声、もう役場じゃ徴兵年度のゴム印がペタリ。私ァ、昭和十二年。こりゃァ、日本が中国大陸に全面的に、進出、占領、侵略……用語の選択は文部省に、任せちゃいけませんが、戦争おっぱじめたその年、もろに兵隊検査がドンピシャ。いけません!おとっつあん、おっ母さん、私を兵隊にするために生みなさったか!……こりゃ、無理というもの、だれがわが子を兵隊に……と思うは平和なればの現代感覚でございまして、当時は、男は兵隊、女は看護婦、教育の力たるや大したもの。でも、うちのおやじさんはちょっと違ってまして、それなるがため……(間)これは後ほど。……さて、場面ですが、東京都墨田区本所菊川町……私が生れた大正の頃は、本所区菊川町。東どなりは柳原町、猿江裏、西どなりは徳右エ門町、北は堅川へだてて緑町、南は深川区でして西町、富川町、いまの高橋……なんで古い町の名を……私の故郷、ノスタルジアでございましょうか。いま都営地下鉄新宿線が通る新大橋通り、菊川駅のあたり。昔は市電、チンチン電車が、私の生まれた頃は菊川橋が終点、間もなく猿江まで延び、錦糸町につながり、南へは扇橋、千田町、をへて東陽公園、洲崎。これも単なるノスタルジアだけじゃございません。無惨や、私の故郷本所深川は火に囲まれ、人々あまた焼け死んだ。これらの町々の名は私の心に……昭和二十年三月十日……わが身は南方の戦場、(天を仰ぎ)だれが故郷を想わざる……故国の父よ母よ妹たちよ。まさかB29の無差別じゅうたん爆撃の、猛火に焼き殺されているとは露知らず……

    舞台監督、顔を出す。

舞 監  哲平さん! セリフにないよ。
哲 平  このアドリブはテーマに即していて、
舞 監  いい加減にして! 困るんだ舞台監督として。
哲 平  (ひたいに手)いけねえ、インスピレーションが切れちゃった。舞台監督に怒られましたんで、先へすすみます。

    合唱 天に代わりて不義を討つ、忠勇無双のわが兵は――
    「祝出征、沢村哲平君」ののぼり、日の丸の小旗をもった町内の人々。

哲 平  なんとはや、時代はさかのぼる昭和十三年。

    人々よってたかって、哲平に紋付、羽織、袴をつけさせる。
    仕上げに「出征兵士、武運長久」のたすきをかけさせる。
    その間合唱。哲平なされるがまま、やがて台の上に立たされる。わきに隣の大将が立ち挨拶。
   
隣の大将 このたび、わが町内から沢村哲平君が名誉の召集を受けました。天皇陛下のお召しであります。わが大日本帝国に刃向かう、にっくき支那をこらしめるための、名誉ある召集令を受けました。町内の名誉でもあります。哲平君の武運長久を祈って、沢村哲平君バンザーイ!

    人々、日の丸の小旗でバンザイ。哲平のモノローグの間、静止となる。

哲 平  (モノローグ)昭和十三年、戦火は広がって、日本軍は、華北、上海、抗州湾の上陸、南京の占領と拡大しました。当時二十一歳の私、この壇の上でなにを思ったか?(姿勢を正す)教育勅語の一節、一旦緩急アレバ義勇公ニ奉シ、モツテ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スベシ……じゃ、なかった。私はせい一ぱいこう言った。(挨拶をのべる、人々は動く)みなさま、私は召集令を受けました。行って参ります。(人々はカンコの声)(ふたたびモノローグ、そして客席に。人々は静止)みなさま、私は言わなかった。「天皇陛下のおんため」「み国のため」「暴支庸懲(ようちよう)」「帝国軍人として」「男子の本懐」……これらのたぐいの言葉は言わなかったのです!

    舞台端に《目》出現、きいている。

《目》  (モノローグ)不逞分子か、非国民だな。(手帳に記して去る)

    舞台の人々さっと退場。紋付、たすきのおかしげな哲平だけ。哲平まごついて怒る。

哲 平  舞台監督! いったいどうしたの? おい、あぶらげ!(ニックネーム)このシーンはカットしたはずなんだろう?
舞 監  (顔を出し)なにねぼけてるの。一回カットしてまた生かしたんだろ。
哲 平  たしかに私ゃ召集を二回うけました。昭和十三年と十七年。でも二回も召集風景はくどくなると、はじめの場はカットしたはずですがね。
舞 監  でもね。二回目の出征風景はひっそりなんでしょ。旗ものぼりも、天に代りても歌わないって。
哲 平  そりゃあんた、二回目はアメリカ相手だ、防諜ということがやかましくて、はじめのようなお祭りさわぎはできないね。
舞 監  だから、舞台のさまにならない。一回目の出征風景はお祭さわぎで戦争あおり、当時の日本国内のバカサ加減がよく出るから生かそうって。
哲 平  そうだっけか……
舞 監  しっかりして。それにこのシーンがないと、大事な菊川橋の場がつながらない。
哲 平  わかった、わかった!

    舞監が引っ込む。
    3 菊川橋の上で

哲 平  私がなぜ、行って参ります。とだけしか言わなかったか、これにゃ深い仔細が、……てなァ、赤紙がきたその夜、親爺は私を菊川橋の上に連れ出して……

    夜の橋上、それらしい道具が出るのもよい。

哲 平  (七五調気味のせりふ)男なら、のっぴきならねえ召集令、赤紙うけたこの身体、明日にはいよいよ入営か。そこで話というのは、お父っつあん。(相手役が出てこない)……話というのは、お父っつあん!(どなる)さぶちゃん、出だぞ!(やっと出てきた勇作に)なにしてやがんだ!
勇 作  ちょっと、しょんべん、
哲 平  いいから、せりふ。
勇 作  (大声)いいか哲平、この戦争、日本がおっぱじめたこの戦争。
哲 平  バカ、そんな大声、
勇 作  お客にきこえねえと……
哲 平  壁に耳、障子に目、戦争中だ、もっとあたりに気を配って。
勇 作  (所作よろしく)いいか、哲平(ひそひそ声)この戦争。どう思うかい? 腹の底。
哲 平  世をあげて、戦争さわぎのこのご時世に、声をひそめてお父っつあんは?
勇 作  赤紙一枚、親子の別れ、行かざァなるめえこの戦争。えもお前、心底どう思っているんだい?
哲 平  正直なとこわかんねえ。小学校で教えこまれたお勅語の、一旦緩急アレバ義勇公奉シ、てことだが、ね、お父っつあん、上海に上陸、南京を攻めおとし、武漢三鎮攻撃とか……いってみれば隣の国を攻めおとす、これが陛下のおんために、生命を捨ててかからにゃならねえこと? ことあたりが……
勇 作  そこだ、そこだ、さすがはおれの倅。
哲 平  日本男子の義務だとか、修身の時間で六年間、こってり教えこまれて成人したこのおれだが。親の気持ちての、聞かしてもらいたいんだ、お父っつあん。日本人の親ならば、一人息子を戦争にとられても、陛下のためなら悔いはねえ、みんなそういうもんかねえ。
勇 作  うそだ、うそっぱちだよ。士族くずれのえれえ奴らはどうか知らねえが。
哲 平  それじゃ、この戦争、嘘が大手をふって……
勇 作  なあ哲平、学校の先生は言うに及ばず、新聞、ラジオ、映画まで、戦争はお国のためとさわぎ立てる。去年の暮は南京陥落で提燈行列。国土を焼かれ苦しんでいる中国人の苦しみを、考えようともしねえで、バンザイバンザイ。これが日本人の一般の姿だ。こんなこと口にしたら、それ非国民だの、国賊だの、……このまんま行ったら、日本人はいまにひでえ報いをうける。どんな報いをうけるやら、おれなんかにゃわからねえが、お天道様はそんなこと許しゃしねえ。日本はいつか、きっと罰をうける。おれはそう思っているんだ。
哲 平  なら、どうしたらいいんだ。戦争いやだと脱走したら、憲兵に警察にとっ捕まり、炭屋の息子は非国民だと、町内からは後ろ指、うちの商売も上ったり、おれはそこまで、とてもやれねえ……
勇 作  やれねえのが庶民の悲しさ、徴兵検査の赤紙とは、日本の男の宿命と、従ったとてなァ哲平、兵隊さんになったとて、人を殺すの殺されるのは、運のきわみのその場のこと、武運長久じゃないけれど、人を殺すな殺されるな、生命だけは大切に。……そうはいかねえのが戦争の、間尺に合わねえ怖いことだが、他人を殺すな、殺されるな、その心根以上のことはおれも言えねえ。そして哲平、お前の二つの目で、戦場のありさまをよく見てこい。日本人てのは、どんなことをやる人間か?
哲 平  ? お父っつあん。日本人でありながら、そりゃどんな意味があるんだい?
勇 作  まァ、いいってこと。忘れるなよ、決して殺すな、殺されるな。
哲 平  ……わかった。それじゃ、お父っつあん。
勇 作  お前も身体に気をつけて。

    形よろしく。二人は客席にペコリとおじぎ。

哲 平  という次第。本編の主人公、私の父親、沢村勇作をどうぞよろしく。ところで私、ずっと出ずっぱり、このあたりにてちと主役交替、おあとをよろしく。(スタスタと退場)
    4 父・沢村勇作


勇 作  (見送って)座頭てなァ、えてして勝手、芝居とはいえ、息子役が親より年が上、格好がつきませぬ。……沢村勇作――本によると、反戦思想の持主らしいが、根は一介の薪炭商、炭屋でして、学歴は尋常科だけ、それなのに、おそれ多くも天皇陛下を神とあがめない明治人間。……高等教育もうけていないのに、日本は神の国、戦争に敗けるはずは絶対にないとの、庶民的信念を持っていない。これはどうしたことか?……役づくりの上で、私、無い知恵しぼって考えました。……生れは明治二十四年とのこと、なれば徴兵検査は明治四十四年、多情多感な青年期……ありました、大逆事件、幸徳秋水たち社会主義者、明治天皇暗殺の陰謀とかなんとか、でっちあげて二十四人に死刑判決。……戦後現在の裁判制度じゃ思いもつかない大逆事件。第一審で死刑判決、四の五のいわせず絞首台おくり、野蛮国日本です。怖いですねえ、天皇制、おそろしいですねえ、天皇陛下。それに気づいたんですねえ、沢村勇作さんは。(だれかの声色の調子で)この大逆事件の真相、一般国民は知らなかったんですねえ、敗戦になるまで。

    舞台監督顔を出す。

舞 監  さぶちゃん、あんたまで哲平さんの真似しなくたっていいよ。大空襲に関係ないだろう。幸徳事件なんて!
勇 作  でも、こりゃ役の解釈の上で、
舞 監  舞台進行! 上演時間のびる一方だよ!

    間。

勇 作  倅は約二カ年、中支派遣軍をつとめ、戦功もなし怪我もなし、上等兵で帰還いたしました。そこで私、「これ哲平、お前が目にした中支の戦場とは?」……みなさんも多分お聞きになりたいところ、……でも、カット。その話をすると大空襲が遠くなる。また舞台監督のあぶらげが顔を出す。……いずれにしても戦争は泥沼。どうも日本の魂胆は、北へ進んでソ連と一戦か、南へ向い米・英・オランダと戦い、南方資源を手に入れるか……私、一介の炭屋にすぎませんが、ちと、こんなことが気になる性質で。……そうこうする内、日本は仏印――ベトナムに軍をすすめる。こんなお喋りしてると、またあぶらげが、ええ、舞台監督が顔を出します。そこでひとッ飛びに、昭和十六年十二月八日! おききなせえ、あのチャイム。

    戦前の重大放送を知らせたチャイムの音。遠い砲声、爆音、戦争開始を暗示する音の効果。
    《目》甲は陸軍軍服、《目》乙は海軍軍服。手に巻物状の布告文。ものものしく登場。

《目》甲 (荘重に)大本営発表、本八日未明帝国陸海軍は、西太平洋において、米国ならびに英国と戦闘状態に入れり。
《目》乙 帝国海軍機動部隊は、ハワイ真珠湾を奇襲攻撃、アメリカ太平洋艦隊主力を撃破せり。
《目》甲 帝国陸軍部隊は今暁、マレイ半島に上陸、一路南下進軍中なり。

    突然荘重な音楽。二人の《目》直立不動。やがてどこからともなく不明瞭な声。

 声   ……(声は、「天佑ヲ保有シ万世一系ノ皇祖ヲ践メル朕ハ――云々」の宣戦の詔勅らしき文章が、音韻不明瞭ではあるが、それらしくものものしく唱えられる)

    この間。日の丸の小旗をもった人々、登場し、立ち、あるいは坐り、神妙な態度で天なる声をきく。音楽やむや、二人の目はおもむろに前にのり出す。

《目》甲 それがしの役は《目》の甲。
《目》乙 それがしは《目》の乙。
《目》甲 《目》とはそれ眼にして、
《目》乙 民の動向、よろずに目をくばるの目なり。
《目》甲 このたびの聖戦たるや、それ、
《目》乙 八紘一宇の大理想のもと、
《目》甲 万邦おのおのそのところを得、
《目》乙 あまねく大御稜威(みいつ)に浴させんとの、大御心にもとづく。しかるにこれを阻む、
《目》甲 敵は米英ならびに支那にして、
《目》乙 戦いの前途容易ならざるものあり。
《目》甲 国民の間には、この聖戦の意義をいまだわきまえず、
《目》乙 自由だの、平和だのと、
《目》甲 時局わきまえざる柔弱思想の、
《目》乙 はびこりて、敗北思想のひろがり、国民の団結にゆるみの生ぜざるよう。
《目》甲 われらはあるときは憲兵であり、
《目》乙 あるときは警察官であり、
《目》甲 ときには国民学校訓導となり、
《目》乙 ときには青年学校教官となり、
《目》甲 ときには在郷軍人会員となり、
《目》乙 ときには町内会隣組のなかに、
《目》甲 さまざまに身をやつし目を光らせ、
《目》乙 もって国民の心を引きしめ、この非常時局をのり切らんとするもの。

    二人は周囲の人々に合唱をうながし。

《目》二人 鬼畜米英撃滅せよ!

    人々面くらい、ばらばらに唱える。

《目》甲 気合が入っとらん! そんなことで敵に勝てるか!
《目》二人 進め一億火の玉だァ!
人 々  (気合をこめ)進め一億火の玉だァ!
《目》甲 爾今(じこん)、支那事変を含めて、この戦争を《大東亜戦争》と呼称する。
《目》二人 大東亜戦争貫徹!
人 々  (さまざまな形で唱和)大東亜戦争貫徹!

    音楽、「愛国行進曲」の合唱。

    みよ東海の空あけて、旭日高く輝けば――(人々は歌いながら退場)
    5 隣人たち

    隅の方にいた勇作出てくる。

勇 作  大東亜戦争……うめえ名をつけたもんだな。

    新聞を手に隣の大将。軍艦マーチが遠くできこえる。

隣の大将 大戦果だよ! アメリカ艦隊全滅――イギリス戦艦二隻轟沈! すげえもんだ、帝国海軍、陸軍に劣らず大したもんだぜ。
勇 作  うれしいかい、大戦果とやらで、大将?
隣の大将 おや、ま、うれしくねえのかね? この大戦果。
勇 作  私にゃ関係ないね。それに米英相手とますます戦争でかくなる。この方が心配です。
隣の大将 でも、沢村さん、勝ってるんだよ。
勇 作  アメリカやイギリスの兵隊はずいぶん死んだんでしょうね。
隣の大将 おかしいよ、あんたの言い分。死んだのは毛唐たち。毛唐だよ。
勇 作  それも、同じ人間じゃありませんか。
隣の大将 あんたみたいに考えたら、とても戦争なんかできないね。
勇 作  だから、私ゃ、戦争反対でしてね。
隣の大将 そんなこと世間に聞えたら、時局わきまえざる非国民て、灸すえられますぜ。
勇 作  だれにお灸をすれられますかな?
隣の大将 だれたって? そりゃ、あんた、
勇 作  天皇陛下でございましょうか?
隣の大将 しょうがないお人だ、そんなところへ陛下さまだすと不敬罪になりますよ。
勇 作  それじゃ、お灸をすえるという偉いお方は、どなたかな?
隣の大将 まったく、あんたはとぼけてる。東条さんですよ。日本だって好きで戦争やってるんじゃないんだ。止むを得ずだ。
勇 作  止むを得ずハワイを空襲、止むを得ずマレー半島に上陸ですか。
隣の大将 私相手だからいいけれど、気をつけなさいよ、いまにひどい目にあいますよ。
勇 作  かもしれませんね。でも、あんた、この調子でいったら、日本だってひどい目にあうかもしれません。と私ゃ思うんです。
隣の大将 日本が? そんなことはないね。
勇 作  おや、そりゃどうして?
隣の大将 日本は神国だ、神の国だ。神武天皇以来一度だって戦争に敗けたことはないよ、いざとなったら、あんた、
勇 作  いざとなったら?
隣の大将 神風が吹く、てもんだ。かの元寇、どうですか。え、蒙古の軍勢一夜にして海の泡となった。そうでしょうが。(退場)

    舞台端にいつしか国民服姿の哲平。

哲 平  (客席に)隣の大将、鉄工所経営。目下は陸軍御用の大砲の弾丸の信管を削ってますが、特別の軍国主義者じゃございません。まァ、あたり前の日本人。つまり国定教科書で教育された平均的日本人でございます。

    洋服屋さんが登場。

哲 平  西隣に住む洋服屋さん、目下のところ海軍省御用の製縫業。
洋服屋  (興奮気味に)すごかったですよ、先日の国民大会。
勇 作  国民大会? はてな?
洋服屋  あんた、ご存知ない? こりゃ、また。米英撃滅国民大会を?
勇 作  ああ、なにか新聞社主催で、情報局だか政府だかが後押しで、あれが国民大会か。
洋服屋  新聞が主催しようと、あんた、国民大会は国民大会でしょ。国民が現にいっぱい集まったんだから。
勇 作  そうですな。犬猫集めたんじゃ国民大会にゃなりません。戦争支持の国民大会てわけですか、新聞社主催で。
洋服屋  だいぶトゲがありますね、あんた。
勇 作  お出かけになったんですか、洋服屋さん。

    音楽、「愛国行進曲」のメロディ。

洋服屋  九段、靖国神社に集合。空にゃあんた、アドバルンだ。「米英撃滅」「ルーズベルトを葬れ」「チャーチルを殺せ」こういう文字が青空に翩翻(へんぽん)と、街は日の丸の旗行列。私ゃ心があつくなったね。ああ、日本だ、日本人だ! いまや一億一丸となることができたんだ、てね。
勇 作  感激しちゃったんですか、尾上さん。
洋服屋  しましたとも。あれで感激しなきゃ、ちィとばかり日本人の心があんた……大鳥居の下から出発、九段下へ、神田は神保町から小川町を右に曲りゃ神田橋、行列は延々とつながって。あれ、なんていうんですか、先頭に先達がいて音頭とるんですよ、「大東亜戦争貫徹!」とか「一億火の玉だァ」とか。みんながそれに声を合せる、その合の手に楽隊ですよ、「愛国行進曲」とか「敵は幾萬」とか、ブンチャカ、ブンチャカ。
勇 作  そりゃまた賑やかな。どんな人たちが集まってました?
洋服屋  え? 国民ですよ。
勇 作  て、いうと、ま、米屋とか八百屋とか、勤め人、長屋のおかみさんて手合いですか?
洋服屋  ちょっとへんだ、炭屋さんの言い方。
勇 作  でも、国民ていうのは、私に言わせりゃそうしたもんで。
洋服屋  もっと筋金入りですよ。在郷軍人会、これがみんな分会旗立ててよ、それから青年団だ、つづいて産業報国会、それに女、愛国婦人会に国防婦人会、みんな白いエプロンたすきがけ、中学生に女学生もいましたね。
勇 作  女学生までも、やれやれ。しかし、ねえ、洋服屋さん。いいと思いますか? 米英といえば世界の一等国、科学も産業もどえらく発達してるっていうし、飛行機も軍艦もしこたま持ってるそうな、それを相手に戦争はじめた。こりゃたいへんなことでしょう。それがまるでこのところ、日本中がお祭さわぎ。おかしか思いませんかね?
洋服屋  そこんとこ、ね、炭屋さん、この戦争、どうも海軍は反対だったらしいんです。でも、陸軍が強硬で、結局海軍は陸軍に引きずられて踏み切ったというんです。
勇 作  さすが尾上さん、海軍さんの服縫っていなさるだけあって、海軍の情報くわしいね。
洋服屋  でも、炭屋さん。海軍が一度腹をきめてかかりゃ、ごらんなさい、今度の大戦果。この勢いで海軍が戦争の舵をとろうていうんです。
勇 作  そりゃ、どういう意味なんでしょう?
洋服屋  ドカンと敵をやっつけて、こっちが有利な間に、手を打とうてんですよ。短期間なら勝目があるが、長期戦になったらやっかいだと海軍は考えてるそうです。
勇 作  なるほど。
洋服屋  でも、陸軍は石頭揃いで、とくにあの東条はコチコチで。
勇 作  あんた、そんな話、もし憲兵の耳にでも入ったら……
洋服屋  そう、ひっぱられて、往復ビンタくわされて、おまけに軍の御用仕事差止め、おまんまの食いあげですよ。
勇 作  そこのところですよ、服屋さん。
洋服屋  ま、当世、星と錨のご威光に、愚痴いってもはじまらねえ、長いものにゃ巻かれろでしょう、ねえ、炭屋さん。(退場)

    バックに行進曲と歓呼の声。勇作は考え込んでいる。舞台端に哲平。

哲 平  (回顧的に)開戦直後、日本中が軍艦マーチに愛国行進曲。国民の大部分はウキウキと……嘘じゃございません、私が証人です。うちの親父さんなどは特別の変り者で……世をしのんでの……

    以下のせりふの間に、舞台には最小限の道具が飾られる。また沢村宅に出入りする隣組の人々の姿、適当なアドリヴを伴って点描される。

哲 平  うちはまた隣組長もしてまして、正規には菊川町二丁目第二八隣組。七世帯……右隣の市川さんが例の鉄工所、右隣の尾上さんが洋服屋さん。裏の家の中村さんは飾り職ですが目下は御用工。鳶職の桂さん、染物屋の板東さん。横丁に住む片岡さんは、お孫さんが出征中、老人ご夫婦二人だけがひっそりと暮してます。ええ、隣組全員をここに出すには、役者の数が足りませんので、そこはよろしく、ご容赦ねがいます。

適当な時に舞台監督が登場。
    6 召集令ふたたび または脱線芝居

    舞台監督は赤紙を持ち、哲平の鼻先に。

舞 監  哲平さん!二度目の召集令状!
哲 平  舞台監督が、なんと赤紙を。乱暴です!
舞 監  (自分の時計を示し)目標は昭和二十年三月十日、舞台進行!(退場)
哲 平  またまた、一旦緩急アレバです。(柱にかかった奉公袋を外し、内容を出しながら)この日がなんと三月十日!……といっても昭和十七年、あの日のちょうど三年前。とはなにかの因縁でしょう。……軍隊手帳、小包包装紙と紐と荷札、隊まで着ていった私服を家に返すため、(家の者をよぶ)赤紙がきましたよォ、召集令状がまた来ました! 到々来ましたよォ!

    両親、二人の妹、祖母と出てくる。
    だが、みんな芝居じみた登場の仕方。

哲 平  (ものものしく)二度目の赤紙、家族との別れの場。(大袈裟に召集令を示し)到着地東部第○○部隊。十二日一三時迄に到着すべし。
勇 作  (時代がかって)名誉の応召、悴でかした、これぞ男子の本懐。
春 江  これ哲平、そなたの身体は、もう陛下さまに捧げた身体。
こ と  (数珠をもみ)ご先祖さま、家のほまれでございます……
英 子  兄さんえ。あとのことは心おきなく。
紀 子  (子役せりふ)御国のために、おにいちゃん!
一 同  立派なはたらき、手柄を立てて。
勇 作  忠君愛国、死んで帰ってくるんだぞォ!(見得を切る)

    軍国一家の形で静止。

哲 平  (客席に)文部省推せん、教育勅語の演劇の型でございます。しかしわが家はいたってぞんざいでございまして。

    次の型の芝居にうつる。

勇 作  来やがったかい、また赤紙の……
春 江  またあんたに……嫁をもたすこともなしに、戦地に送り出すなんて……それが心のこり、ほんとに……(とりすがって泣く)
こ と  あたしゃ願かけしたのにねえ、神さま、どうか哲平に、孫に赤紙がきませんように……
英 子  ……兄さん! また戦地へ。……死んじゃだめよ、きっと、きっと、生きて帰ってきて。
紀 子  兄ちゃん、死んじゃいや、紀子いっしょうけんめい、お祈りしてるから、死んじゃいや。
哲 平  きっと、きっと、生きて還ってくるからなあ。みんな身体を大事にして……

    一つの型になる。

哲 平  ごく庶民的にありきたりのところでございました。次にお目にかけるのは、いささかリアリズムの視点を強めまして……

    次の型にうつる。

勇 作  またも赤紙か。マニラ、シンガポール、ビルマ、ジャワ。戦場はひろがる一方。(声ひそめ)このどえらい戦に、哲平は、一度ならず二度までも狩り出される。

    英子、紀子など父の言葉にびっくり。

勇 作  こんどこそ、親兄妹の水盃。そこでこの際哲平に腹の底、本音を言ってもらおうと思うんだ。みんな心をおちつけて聞いてやっておくれ。
哲 平  おっ母さん、英子も紀子も黙ってきいておくれ。日本国民てのはみんな盲目か?……みんな自分をごまかして、この戦争にのっかって生きている。おそろしい時代に生れ合わしたもんだ。……それというのは、この前の召集令、赤紙うけて鉄砲もたされ、おれは中国へ送られた。あれは聖戦でも天皇陛下のためでもねえ、強盗も同じだ、日本軍は中国で強盗殺人、おれはそれをこの目で……いや兵隊として片棒かつがされて経験してきた。こりゃ嘘じゃねえ。でもこんなこと口に出したら、どんな目に合うか――非国民、スパイ、日本のなかじゃ生きてはゆけねえ。それじゃ、おれと同じ兵隊たちはどう思っているのか? おそろしいことに、日本軍がやっていることが、強盗殺人だと、思いたくない、感じたくないと、みんな心が麻痺しちまって。そりゃ自分もその仲間だから無理もあるめえ。なぜそんな情ねえ心の状態になったか?……わかるかい? 小学校の教育、天皇陛下のおんため生命を捨てるのは男子の本懐、そして日本は神の国と教えられた。その陛下の軍隊とやらが、お隣の国じゃ強盗の集団とは、こりゃとても思いたくねえ、そこでみんな盲目になって知らぬ顔で生きているんだ。

    ことは熱心にお題目を唱える。

哲 平  その上ではじまったのが今度の戦争だ。ワッショイ、ワッショイみんな浮かされているが……じつは反対する人もかなりはいた。でも、みんな治安維持法とやらでぶち込まれてしまって、こんどはアメリカ、イギリスが相手、狙った獲物はオランダ領の南方の石油資源、おれはそこに狩り出されてゆくんだ。いやだといえば憲兵がくる、これがわが国、日本という国がやっていることなんだ。
英 子  (反抗的に)じゃ、兄さん、どうすればいいの? 大東亜戦争は。
哲 平  おれが知るはずないだろう。だが、この戦争、さきゆきはひどいことになる。
英 子  あたし信じられない。日本が、日本の戦争が強盗だなんて! 兄さんの言い方、極端だわ!
紀 子  うそよ、兄ちゃん! じゃ学校で、校長先生はじめ……うそだって言うの、学校の先生はみんな嘘つきだって言うの?
勇 作  もうこの辺でやめておけ。学校の先生、教育者だろうと、軍人だろうと、立派な人もいれば、威張り屋の腰ぬけ野郎もいるもんだ。それは時と時世でかわってゆくらしい。いまは阿呆の石頭の連中が、幅をきかし、日本は神の国だの大東亜のなんとかだの、駄法羅吹いて国民をたぶらかし……
春 江  お父さん、声が大きいわ!
哲 平  一枚の赤紙、おれはその戦争の小さな一つの駒として狩り出される。北なら満州、南なら、ジャワ、スマトラか、もっと南か。

    哲平以外の人々静止の形。《目》二人、憲兵姿で舞台端に出現。

哲 平  (客席に)これらのせりふ、みんなフィクションでございます。私も親爺さんも、こんな立派なせりふ言えたわけじゃございませぬ。しかし、これは真実でございます。
《目》甲 国賊! ぶち込んでやる!
《目》乙 (おさえる)われらの出番じゃない! あわてるな!

    静止した人々。憲兵の姿におびえる。

春 江  憲兵よ! どうしよう……

    英子、紀子悲鳴。哲平、勇作は戸惑う。舞台監督とび出す。

舞 監  (《目》を叱る)自分の出番わきまえて下さい!(哲平と勇作に)芝居のテーマは東京大空襲です。哲平さん、いくら作者だからって、ストーリーの脱線ひどいです!
哲 平  ここを充分やっておかないと……
舞 監  じゃ上演時間の制約どうします? 舞台進行! この場はこれで打ち切り。(退場)
勇 作  (お別れの感じで)それじゃ、哲平。
哲 平  お父っつあん、……おっ母さん、これが永の別れに。
春 江  お前、縁起でもないことを。
哲 平  (ことに)おばあちゃんも長生きして。……英子。……紀子。
英 子  兄さん!
哲 平  この際、お前たちの未来を予言しておこう。英子はいま交換手をしているが、戦局が緊迫して空襲が必至となると、東部軍司令部の女子通信隊員に選ばれる。
英 子  女子通信隊て?
哲 平  防空監視哨からの報告をうける仕事だ。お前はそこで司令部の軍人たちの実態を知ることになる。紀子はいま学校へ行ってるが、やがて勤労動員がかかって、軍需工場に、中島飛行機工場で働くようになる。
紀 子  あたしが中島飛行機?
哲 平  その飛行機工場こそ、アメリカ空軍のやがて行われる東京爆撃の最大目標なんだ。
紀 子  そいじゃ、あたし、そこで爆弾で!
哲 平  大丈夫死にやしない。お前は何度も何度も爆弾の洗礼を受けるが……
舞 監  (とび出して)芝居のストーリーを喋ってどうするの!
哲 平  私ゃ作者だよ。
舞 監  作者でも、そんなデタラメは許しません。
哲 平  デタラメを透して真実を! これぞデタラメ・リアリズムです。
舞 監  しょうがねえなァ、ほんとに。
哲 平  かくして私ゃ、南方の戦場へと出てゆきます。さて、これからの舞台では、私の役割は狂言廻しの司会者でございます。どうぞ、よろしく。(去りかける)
 声   (外人訛りの大声)チョイト、テッペイサーン!
    7 B29登場


    舞台袖に、アメリカ空軍将校の制服をつけたヘンリーとハワード。

哲 平  オウ! なんと……
ヘンリー ゴ紹介。
ハワード ヨロシク。
哲 平  突如ここに登場した、異装の二人のそのいわれは。
ヘンリー ワタクシ、ヘンリー。
ハワード ワタクシ、ハワード。
哲 平  彼らこそ、この空襲、加害者側アメリカの代言人でして、

    全登場人物出てきて、二人を囲む。ものめずらし気に。

ヘンリー 東京爆撃、ワタシタチノ役割、ミナサンカラ見レバ殺人者デス。
ハワード 日本人非戦闘員ヲ、タクサン焼キマスB29ノ搭乗員デス。
ヘンリー ツライノデス。
ハワード クルシイノデス。
ヘンリー シカシ、ワタシタチモイノチガケ。
ハワード ミンナ、戦争ノセイデス。
二 人  ワカッテクダサーイ。

人々の間からさまざまな声。
「早すぎるんじゃない」「まだ昭和十七年」「B29はできてないよ」等。

ヘンリー (人々に答えて)マダ試作中デシタ。
ハワード マスプロ生産ノ準備中デシタ。
ヘンリー 東京爆撃ノ主役、ソレハB29、ソウデショウ、哲平サン。
哲 平  たしかに主役です。東京都民一○万を二時間半で焼き殺した……だが、ドラマでB29をいかにして舞台に……私は苦心惨憺、その結果、

    二人はB29の設計図をさっとひろげる。

ヘンリー 説明イタシマス。B29ノ、
哲 平  ノー、ノー、きかなくたって、ようく知ってますよ、日本人は。
ハワード 性能ノコトジャアリマセン。
ヘンリー 日本人、B29ハ、日本攻撃ヲ目的ニ、開発サレタト思ッテマス。チガイマス。
ハワード キイテチョーダイ。
哲 平  (一同に)聞いてみようじゃありませんか。
ヘンリー 爆撃機ノ開発、フツウハ、五年ハカカリマス。
ハワード B29ノ構想キメタノハ、三年前、一九三九年デシタ。
ヘンリー ソノコロ、日米、マダ戦争シテイマセン。
ハワード ヨーロッパ、ヒトラーハ戦争ヲハジメマシタ。
ヘンリー アメリカハ、中立声明シマシタ。
ハワード ソノトキ、西半球防衛ノタメ、行動半径、二○○○マイル、足ノ長イ、
ヘンリー 超空ノ要塞、開発ヲキメマシタ。
ハワード 大イソギ、試作ワススメマシタ。
ヘンリー 月月火水木金金デス。
哲 平  そりゃ、日本海軍のせりふです。
ヘンリー マチガイ、ゴメンナサーイ。
ハワード デモ、目的ハヨーロッパ戦線。
ヘンリー アメリカノ重点ハヨーロッパ。
ハワード 太平洋ハ、日本ノ侵略防グ、セイイッパイデシタ。
ヘンリー ミッドウェー、ソロモン、
ハワード 日本ノゼロファイター、ワレラ苦シミマシタ。

    音楽、かすかにアメリカ風の行進曲。

ヘンリー B29ノ製造、ソレダケデドラマデス。
ハワード ワレワレノ苦心シタトコロ、成層圏高度一万メートルデモ、搭乗員ガ地上ト同ジニ生活デキルヨウ、気圧ノ与圧装置ノ開発デシタ。
ヘンリー オナジク、搭乗員ノ生命ヲ守ル、機関銃・機関砲ノ遠隔操縦装置デシタ。
ハワード オウ、B29、スーパー・フォートレス。
ヘンリー アメリカ航空産業、兵器産業ノ技術ノ精華デス。芸術デス。
ハワード ソレガミナサンノ、侵略戦争ススメル意識ヲコワス、
ヘンリー 最大ノ武器ニナリマシタ。

    アメリカ風の行進曲高まる。
    8 帝都の空の護り

    突然反対方向から「軍艦マーチ」粗悪な再生音、現在街中を走り廻る宣伝カーのそれを思わせる。
    《目》二人登場。現代の戦闘服の若者。「日本精神昂揚」の旗をもつ。

《目》たち (叫ぶ)
 ―   忘るな、われに不沈戦艦「大和」あり!
 ―   不沈戦艦「武蔵」あり!
 ―   排水量六万九千トン。
 ―   一八吋砲九門、速力二七ノット。
 ―   日本連合艦隊は世界無敵なり!

    アメリカ風の行進曲と軍艦マーチの応酬。二人の米人早速退場。見ている人々の反応はさまざま。

《目》甲 (現代的やくざ口調でどなる)手前ら、日本人のくせしやがって、アメリカ人のB29の能書を、やいやい! 大和魂の目をさませ!……時は昭和十七年、まだB29は出来ちゃいねえんだ!……アメリカは四発の大爆撃機を製造中、それで日本空襲を準備中……なんてデマに耳をかし、大東亜戦争貫徹、必勝の信念ぐらつかせる奴らは、国賊だぞ! 非国民だァ!

    金ピカ襟章(大佐)の軍服の《目》が登場。戦闘機の《目》は人々に号令をかける。

《目》乙 気をつけェ! 大本営報道部、報道官殿に対し敬礼! 頭ァ右!

    《目》の威圧にひきずられ、人々はなんとなく頭右をする。

《目》甲 (哲平につめより)貴様なんで、頭右をせんのだ!
哲 平  (とぼけて)はてな、昔の陸軍礼式令では、列中にない者、某帽子を着用してない場合はたしか……
《目》甲 ……お前、なに言ってんだ、何者なんだ?
哲 平  私、昭和十二年の兵隊で、もと中支派遣軍の生残りでございまして。
《目》甲 そんな古いこと、おれが知るか!

    その間に、《目》乙は小さな台をもってくる。金ピカ襟章の《目》はそれに上り演説をはじめる。

《目》(金ピカ襟章) 注目!……帝都の空の護りは鉄壁にして、敵機の侵入のごときは、一機たりとも許さぬ構えであるが、都民諸姉もよく民防空意識を徹底して、(姿勢を正し)気をつけ! かしこくも、聖慮を安んじ奉るようつとめなければならぬ。休め……以上である。質問はないかな。
勇 作  (人々の間から手をあげ)私、この町内で薪炭商をいとなんでいる者でございますが。
《目》(金ピカ) よろしい、なんだ?
勇 作  かつて、関東大震災を体験いたしました者で、ハイ。……この、江戸時代から、本所・深川の土地は、東西、南北に堀や川が走ってまして、一旦火が出てひろがりますと、逃げ場を失います。震災の時も被服廠あとにて、大勢が折り重なって焼け死にました。
《目》(金ピカ) 貴殿は、なにを言いたいのか?
勇 作  (へり下って)ヘイ、その、もとより、初期防火の精神も大切ではございますが、その、関東大震災の場合を考えますと……

    戦闘服の二人の《目》威圧するように勇作に近づく。

《目》(金ピカ) 防火作業を投げ出して、待避することも考えよというのかな?
勇 作  ヘイ。震災の体験では、本所・深川の土地は特殊でございまして、その待避の時機をよほど慎重にお考えいただかないと……
《目》(金ピカ) 大震災は天災であった。不意打ちであった。だが、空襲は天災に非ず、戦争である。闘いである。闘いは備えが大切、備えあれば憂いなしともいう。要は敢闘精神にある! 帝都を守り抜いて、気をつけえ!……大御心を安んじ奉るの精神である。以上おわる。
《目》乙 気をつけェ!

    金んピカ襟章の《目》は退場。

《目》甲 (哲平に近寄り)貴様、閣下に対し、なぜ気をつけをしねえんだ!
哲 平  あの方は佐官です、閣下じゃございませんよ。
《目》甲 野郎、さっきからつべこべと、
哲 平  あんたは、どういう資格でみんなに号令をかけなさる?
《目》甲 おれは日本を愛している、日本を愛すればこそ、国民を共産主義から守る義務があるんだ!
哲 平  ちょっと、せりふ間違えてませんか? 敵は鬼畜米英じゃなかったかな?
《目》甲 そうか、そう、鬼畜米英だ……こらッ! 貴様、おれの揚足ばかりとりやがって、おかしいぞ。叩っ込むぞ、貴様。
哲 平  どこへでしょうか?
《目》甲 おれは憲兵だ、国を愛し、日本を愛する憲兵だ!
哲 平  そりゃ面白い、あんたが憲兵で私を叩き込むというなら、私ゃこの劇の司会者。
舞 監  (とび出してくる)また、脱線! 勝手な芝居ばかり、いちばんいけないのは哲平さんです。進行係がいつも進行をこわす。
哲 平  (案外おとなしく)……面目ありません。
舞 監  (時計を示し)進行はそろそろなかばになるというのに、戦争はまだはじまりのところ。どうしますか? こんな進行でいったら。

    みている人の中から女優が出てきて

女優1  こんな調子じゃ、とても三月十日どころじゃないわ。
女優2  サイパンがおちたあたりで、おしまいになっちゃうんじゃないかしら……
舞 監  芝居の外題は大空襲でしょう、哲平さん! 十五年戦争史でも、戦時生活回顧録でもないんですよ。
哲 平  わかりました。かくなる上は非常手段、とばします。舞監さん、全員集合!
舞 監  みなさん、集まって!
    9 特急《大東亜戦争史》

    全員まんなかに。軍需工場に動員されての日の丸の鉢巻姿もみえる。

哲 平  (頭を下げ)舞台の進行ままなりません。大本営の作戦指導と同じで、私責任をみとめます。よって、しばらく、舞台は、新幹線並、超特急ひかりでとばします。

    人々はさっと散る。以下哲平や《目》のせりふに応じて、それぞれの自由な態度を演じるが、ときにはバラバラ、ときにはまとまり、全体としての国民の反応を視覚的に形づくる。

哲 平  (指揮者のような姿勢で)ミッドウェー海戦、音楽!

    軍艦マーチ。(アップテムポ)

《目》甲 (とび出し、早いテムポで)大本営発表、大戦果! ミッドウェー海戦。帝国海軍機動部隊、ミッドウェーを強襲、敵空母多数を撃滅!わが方若干の損失あり、大戦果、大戦果!

    人々、全体として「バンザイ」叫ぶ。
    「大戦果、大戦果」とおどる。
    哲平片手で制止、音楽やみ動き止る。

哲 平  撃滅したのは日本海軍の機動部隊で、空母四隻、歴戦のゼロ戦操縦者の多くが海底の藻くずだったとは……

    軍艦マーチ、《目》乙がとび出す。

《目》乙 またまた大戦果! ソロモン海戦、敵艦隊撃破、わが方損害軽微なり。

    人々、前と同じ反応で浮かれる。

哲 平  (制止)南太平洋ソロモン海域。日本は制空権を失い、制海権さえ危殆(きたい)にひんしていたのでした。

    音楽「敵は幾万」気の早い人々「戦果だ、戦果だ」とラジオをきく形。

《目》甲 (またとび出し)大戦果、大戦果! わが陸軍部隊、ガダルカナル島上陸の米海兵隊を撃破せり! わが方損害軽微なり!

    人々「大戦果」に拍手。

哲 平  (制止し、深刻な調子で)じつは私、沢村哲平が従軍した南方派遣軍とは、ガダルカナル島でして……部隊の八割は戦死……生残り二割のなかに私……苦労を共にした戦友たちを思うとき……(切ない調子で)舞台進行ねがいます……

    音楽「敵は幾万」。

《目》乙 (元気よく)大本営発表、ガダルカナル島のわが軍は、敵に多大の出血、大打撃を加えたる後、転進せり。

    人々顔を見合せる。「転進て何です?」など話合う。

哲 平  転進とは、退却・後退の事実を言いかえた遁辞でして、大本営は苦しまぎれ……

    音楽「海ゆかば」、人々粛然となる。

《目》甲 (おごそかに)連合艦隊司令長官山本五十六閣下は、ソロモン群島上空にて壮烈なる戦死をとげられたり。……山本元帥につづけェーッ!

    人々は暗たんとなり、泣く女性もいる。《目》乙がとび出す。

《目》乙 (悲痛に)つづけーッ、元帥につづけーッ!

    「海ゆかば」しばしつづく。

《目》甲 (足どり重く登場)敵米軍は、北方アリューシャン列島のアッツ島に、圧倒的に優勢なる砲爆撃の後に上陸せり。同島守備隊は、鬼神をも哭かしむる壮烈なる戦闘の末、敵に多大の損害を与え、全員玉砕せり。(退場)

    突然音楽が消え、人々静止。
    ヘンリーとハワード登場。
    銀色に光るB29の大きな模型をもっている。それを高くさしあげる。

ヘンリー ミナサン、B29、完成シマシタ。
ハワード 設計開始カラ、三年半デス。
ヘンリー ウィチタノボーイングノ工場デ、
ハワード アメリカ航空技術ノ勝利デス。

    哲平以外の人々静止したまま。

哲 平  ……ごらんの通り、ただいま取り込んでます。うけたまわっておきます。
ヘンリー デワ、ウケタマワッテイテクダサイ。シツレイシマシタ。(退場)

    「海ゆかば」ふたたび。人々動きだし暗い表情で語り合う。

《目》乙 (そそくさと登場)敵は、ギルハート諸島のタラワ島、マキン島に、連続砲爆撃を加えたる後上陸せり。同島守備隊全員は、壮烈なる玉砕をとげたり。(退場)

    音楽「海ゆかば」またまた。

《目》甲 (登場)敵米軍は、マーシャル群島のクェゼリン・ルオット島に来襲、艦砲射撃、爆撃の後上陸せり。同島守備隊は壮絶無比なる戦闘にて、敵に甚大なる出血を強いたる後、全員玉砕をとげたり。(退場)

    人々、不安動揺をかくせない。
    《目》の二人は、そうした人々の間を、徘徊しながら、つぶやくように言って歩く。

《目》乙 戦局は熾烈ですぞ。この際いやしくも、敗戦気分をもたらすような話をすることは、危険思想をふりまくことになりますよ。日本は神国ですから、神明のご加護があることを確信するんです。いやしくも、危険思想に耳を傾けるようなことがあっては、それこそ、申しわけありませんぞ。
《目》甲 わが軍の玉砕はつづいています。フム、だが、それ以上に敵の出血は大きいのですぞ。ご承知のように米国民は、出血をとてもおそれる国民です。そういう国民性です。だから、この大出血で、いずれ世論がさわぎ出す。そうなったらお手あげになるんです。いいですか、必勝の信念を堅くもつこと。必勝の信念ですぞ!

    音楽「軍艦マーチ」ふたたび。
    沈んでいた人々、「戦果だ!」とよろこびの声。

《目》乙 (一まわりして、勢いをつけ)大戦果! 大戦果! 帝国海軍は、マリアナ群島沖に来襲せる敵艦隊を邀撃、これを撃破、重大なる損害を与えたり。マリアナ沖海戦、大戦果!

    その直後、音楽「海ゆかば」にかわる。《目》乙はあわてる。《目》甲があわただしく、悲しげに登場。

《目》甲 敵米軍は、マリアナ群島のサイパン島に上陸、わが守備隊と激戦の末、これを占領せり。わが守備隊は全員壮烈な玉砕をとげたり。サイパン島の同胞住民も、また、全員玉砕、自決せり。

    人々は混乱と不安の様。一人の女性、やや取り乱し、人々の間を訊いて歩く。

 女   サイパン島がおちたんですって……あの、日本は勝っているんでしょうか?……勝つんでしょうか? ほんとに日本は?

    《目》乙はいきなり女性に近づき、ビンタをくわし、引きずってゆく。

《目》甲 (登場、歩くのに力がない)東条内閣は総辞職いたしました。(退場)
《目》乙 (足早に、力なく登場)敵米軍は、グァム島に上陸、わが守備隊、壮烈に玉砕。
《目》甲 (また登場)敵米軍、テニヤン島に上陸、わが守備隊全員玉砕。

    「海ゆかば」さらに高まる。

哲 平  (登場)サイパン、グァム、テニヤン……戦略基地はアメリカ軍の手に。昭和十九年七月です。東京の爆撃はすでに時間の問題でしたが……この八カ月後に東京が焼野原になり、一年後には、なんと……万世一系の神の国、戦争には絶対に負けることがないと教えられた日本が、こともあろうに無条件降服に至るとは……夢にも考えようとはしなかった……一億の国民……日本国民なるものの。集団的精神状態とは?

    間。荘重な音楽。《目》二人、人々の間を歩きまわる。

《目》たち (呪文のように)日本は勝つ、聖天子上にいます、神ながらの国、必ず勝つ。勝利を疑う者、日本人に非ず。最後の勝利われにあり、必ず勝つ、日本は勝つ。

    人々の大半、呪文的な言葉に唱和。そのまま静止の形になる。
    哲平が前に出てくる。

哲 平  ……こうしてむかえる昭和十九年秋。B29がその姿をはじめて東京上空に見せたのが十一月一日、いままさにその前日でございます。超特急のドラマ進行で、やっと前半が終ろうとしております。ここで休憩をいたし、後半はいよいよ空襲の場、よろしくご期待のほど。

    女優たちがまとまって、なにやら哲平に申し入れの姿勢をとる。
    10  女優たちの怒り

    (この場は劇中劇から解放されるので、女優たちは役から離れて行動する)

中年の女優1 (代表の立場で)ちょっと、哲平さん、きいて下さいな。
哲 平  (様子におどろいて)おや、まあ、なんでしょう?
中年の女優1 お芝居、前半おわりですね?
哲 平  ええ、やっと、これで空襲の本質が……
中年の女優2 あの、お気づきになりません?
哲 平  へ? なにがでしょう?
若い女優1 女のセリフですわ。
若い女優2 私たちって、お飾りみたい。
哲 平  え? ま、それぞれ、英子、紀子、春江と、少しは……
中年の女優1 雀の涙ほどございました。
中年の女優2 ほんの申しわけ見たい、女の役は。
哲 平  いや、決して、毛頭そんな……
若い女優3 でも、ございません、ほとんど。
若い女優4 私なんか、ひとことも!
中年の女優3 あの、哲平さんはお気づきにならないんですのよ、きっと。
中年の女優4 女の役を、ほとんど考えていらっしゃらないってこと。
中年の女優1 うそだとお思いでしたら、お客さまにうかがってみましょうか?
哲 平  ……(かなりの間)……わかりました。すべては私、作者の力不足!バカ哲平!(自らのこぶしで頭をなぐる)手前は、ヘボ作者なんだぞォ!

    女優たちびっくり、哲平の手をおさえる。舞台監督が間に入る。

舞 監  まァ、まァ、……そこでご相談ですが……この至らない作者を補って、どうでしょう、戦時下の女性の立場、アドリヴでもなんでも、お喋りになったら。どうですか?哲平さん。
哲 平  はい、それはもう渡りに舟でございます。(女優たちに顔を下げ)みなさん、どうぞ、ご存分になんなりと。

    女優たち一歩前に出て、はじめる。

中年の女優1 このくらいにしときましょうよ、作者いじめは。
中年の女優2 むずかしいこと言わなきゃ、かわいいんだけど、空襲の本質だなんて。
若い女優1 問題は戦争なんでしょう?
中年の女優1 女にとって戦争とはなにか?
中年の女優2 まず、ものが、生活物資が姿を消しちゃうということ。
中年の女優3 とくに私たち、庶民の、前からなくなるんだわ。
中年の女優4 あるところにはごっそりあるってこと。
若い女優たち なぜ、そうなっちゃうの?
中年の女優3 統制されちゃうの、戦争のために。
中年の女優4 私たち庶民には、生活ぎりぎりの配給だけ。

    女優たち一団となり遊戯的に。

女優たち
 ―   配給で、とたんに商人威張り出し。
 ―   商人が、威張れば役人、もっと威張り出し。
 ―   役人が、威張れば軍人、もっともっと威張り出し。
全 員  日の本は、星に錨に、闇に顔。

    女優たち、顔を見合わせ舌を出す。

中年の女優1 (客席に)わかりますか? 星とは陸軍のシルシ、錨は海軍のシルシ。
若い女優たち (こどもの声で)ほしがりません、勝つまでは。
 ―   配給の連絡はみんな隣組を通じて、
 ―   向う三軒両隣り。ああもこうもございません。(歌になる、合唱)

    トントントンカラリと隣組
    障子をあければ顔なじみ―

 ―   歌のようにうまくゆくかしら?
 ―   隣組の上には町内会があって、
 ―   町内会長には、当時はほとんど地域のおえらい方が、
 ―   おすわりになるのが世間の相場、
 ―   生活を通じて上からの統制が……

    人々は散って配給のよびかけ。

 ―   みなさーん、お芋の配給でーす。
 ―   三時から、お豆腐の配給がございまーす。
 ―   イワシの配給ですよォ。
 ―   マッチの特配がございまーす。
 ―   脱脂綿の配給でーす。
 ―   よろず万端なにもかも。
合 唱  みなさーん、配給ですよォー。

     みんな陽気に笑う。

 ―   まるで幼稚園の配給ごっこ。
 ―   お店の前は、どこも長い行列。
 ―   それでは時間の無駄と、隣組を通して一括配給。
 ―   隣組長になるととても気を使いますの。
 ―   配給当番がたいへん、世帯わりの人数わりの、特配分がなんとかの。
 ―   算術苦手の奥さんは失敗ばかり。
 ―   お芋が太いとか細いとか。
 ―   ねぎがしなびていたとかいないとか、
 ―   だれかさんは、いいところばかりもってゆくとか。
 ―   あれやこれやで、神経くたくた。
 ―   (大声)早く戦争おわらないかしら!

    人々はっとする。《目》二人、チラリと姿をみせ、ジロジロと通りすぎる。女たち話をはじめる。

 ―   あっちこっち、建物疎開。取りこわしはいやおうなしよ、軍の命令ですもの。
 ―   戦車がきて、ワイヤーかけて引っぱっちゃうの。
 ―   まァ、お家がかわいそう!

    《目》もどってくる。人々口をつぐむ。
    《目》は通りすぎる。

中年の女優たち
 ―   こどもが、いまごろお腹すかしていないかしら……そう思うと不びんでねえ。
 ―   でも、田舎へ集団疎開したんだから、食物のことは心配しなくたって。
 ―   いいえ、田舎もものすごく世智がらいって話だもの……
若い女優たち
 ―   明日から工場へ出なきゃ、幼稚園は無期限でお休みになっちゃうし。
 ―   あの、動物園で、ライオンや虎、みんな殺しちゃったんですって。
 ―   かあいそう。エサが足らないから?
 ―   それもあるけど、空襲でさ、猛獣が逃げたらたいへんだからでしょう。
 ―   そう言えば、野犬がいっぱい。捨て犬がふえたでしょう、飼えないから。それで毒まんじゅうで殺しているんですって。
全員合唱 すべてが残酷。これが戦争……

    女子通信隊制服の英子が登場。みんなはそれを囲む。

若い女優 英子ちゃん、すてき!
若い女優 この服、純綿だわ、さすが。
中年の女優 ね、女子通信隊て、女の兵隊なんでしょ。
英 子  (笑う)兵隊じゃないわ、身分は軍属なの。
中年の女優 あんたスタイルいいから。
若い女優 どこなの、勤務は?
英 子  (はずかし気に)東部軍司令部なの。
若い女優 へえ、司令部。
中年の女優 それじゃ、給与いいでしょう。いまでも白米たべてるの?
中年の女優 トンカツも出るんだって、ときどき。
若い女優 私たち、アジの干物だってなかなか配給にならないっていうのに。
英 子  困っちゃうなァ、そういう話、おばさん。
中年の女優 でも、ほんとでしょう、白米にトンカツ。
英 子  ええ、でも、トンカツはしょっちゅうじゃないわ。
中年の女優 かくさなくたっていいの。あるところにゃある、って、みんな知ってるんだから。
英 子  でも怖いもの、食べ物のうらみは。

    女優たちはみんなで笑う。

舞 監  (登場)いかがでしょう、みなさん。
女優たち (うなずき合って)それじゃ。
舞 監  (客席に)ではこれで休憩ということに。
哲 平  (登場、客席に向けて)結局は、配給制度への不満ばかりでしたね。

    去りかけた女優たち立ち止る。

哲 平  (周囲に無関心に)私ゃ、とても。だから、あわてふためきの、やぶけ芝居をお目にかけまして。……ええ、次の幕、間もなく東京は灰になります。その必然性は明らかに見えていました。だが、この時点では、だれも戦争をやめようとは考えもしない……たしかに、憲兵、警察、特高、在郷軍人会、大政翼賛会、神の国、お天チャンの命令、靖国神社、護国の英霊……理由はいっぱいありました。それなら、仕方がなかったのか!(かなり興奮している)三・一○大空襲、二時間半で、一○万人が焼殺される、仕方がない、不可抗力と考えるべきでございましょうか?……

    人々は哲平にかけよって、なだめるようにして退場。

舞 監  (客席におじぎ)哲平さん、だいぶ興奮してまして……作・演出・司会者と、ま、精神疲労もございます。楽屋で鎮静剤をのませ、後半もなんとか相つとめさせます。お見苦しき段、重々おわびいたします。では休憩に。
    11  B29初偵察

    開幕ベルそっちのけに、警戒警報のサイレン。

声(ラジオ) 警戒警報発令、警戒警報発令。一三時二三分、警戒警報発令!

    哲平、あわただしく登場。

哲 平  ときは十一月一日。東京上空にはじめてB29が。(ペコリとおじぎ)後半の幕あきでございます。先ほどは失礼いたしました。(舞台端に退く)

    防空頭巾、巻脚絆、モンペ等の登場人物たち。日常的な私語まじえ行き交う。
    つづいて、不気味な断続音のサイレンの空襲警報。

声(ラジオ) 空襲警報発令、空襲警報発令。

    隣組長の勇作はメガホンで叫ぶ。

勇 作  空襲警報でました! みなさん、火の始末、ガスの元栓、いいですか。防空頭巾、足ごしらえ、服装をしっかりと。年よりやこどもは待避壕に入って。……空襲警報がでました。あわてないで、落ちついて、火の始末、ガスの元栓、防火用水、ハシゴにバケツ。よくたしかめて。
隣の大将 (出てきて)ちくしょう! いよいよおいでなすったか! 何年ぶりかねえ、空襲警報は? え、一昨年の、あいつ、B29の野郎、あれ以来だぜ。
勇 作  大将、あんたは防護監視員だ。物干での見張りたのみますよ。敵機らしいの見たら怒鳴って!
隣の大将 がってんだ!(後方の物干台をあらわす二重に上る)
勇 作  (春江に)母ァさん、片岡さん、じいちゃん、ばあちゃん、どうしてる?
春 江  中村さんのお嫁さんにたのんであるけど……
勇 作  あの人は子もちだ。見てきなさい、じいちゃんはおぶってでも防空壕に。
春 江  じゃ、いってきます。(去る)
こ と  (うろうろして)私ゃ、神様拝まなきゃ。
勇 作  防空壕に入って拝めば。
こ と  神様は座敷にあるんです。英子や紀子に爆弾が当りませんように。
勇 作  それより、まず壕に入るんですよ。
こ と  英子は司令部のつとめです。司令部といえば敵にいちばん狙われるところでしょ。
勇 作  司令部は安全なの、がんじょうなコンクリートの防空壕のなかです。紀子の方がずっと危ないです。飛行機工場だもの。多分いちばん狙われます。
こ と  なら、紀子のために拝みます。
勇 作  防空壕へ入って拝んでください。
こ と  私にはご守護神さまがついてますから、心配はいりません!(退場)
勇 作  まァ、勝手にしてください!……(下手に向って叫ぶ)B29、どうしました? B29、出ですよ。ミスター・ヘンリー、ミスター・ハワード。出ですよォ!

    舞台うす暗くなり、B29の爆音。
    キラキラ光る模型のB29、黒い棒の先端についている。ヘンリーとハワードはそれをもって、下手から上手に移行。

ヘンリーとハワード ヘイ! トキオ上空、高度一一○○○。シカシ、コックピットの気圧、B29開発ノ与圧装置ニヨリ、高度二五○○と同ジデス。気圧、温度トモ、トテモ快適デス。本日は雲量一、成層圏ハ濃イ色ノブルースカイデス。タダイマ、テンノウアドレスノ上空トンデマス。ココハ日本軍ハオソレ多クテトベナイ空域ダソウデス。ワタシタチ、コノウエナク壮快デス。ワンダフル!……写真タクサントリマシタ。サンキュー……(退場)

    照明もとにもどる。物干台の上に大将と勇作。

勇 作  (上をみて)見えないかね。
隣の大将 見えねえや。滅法いい秋空でよ、友軍機もとんでねえや。
勇 作  フィリピンへ行っちゃって、いねえのかねえ。
隣の大将 なにを、お前さん、帝、帝都の空だぞォ、おそれ多くも畏くも、天子様がいるんだぞォ。
勇 作  まァ、むきになりなさるな。

    遠くで、ポンポンと高射砲の音。

勇 作  あの音、高射砲のようですねえ。
隣の大将 (上空を指さし)あれ!沢村さん、みてごらんよ、キラキラ光ってるあれ……滅法界高え……ホラ、白い糸みてな雲をひいて、あんな飛行機、みたことねえ……
勇 作  あれです。すごい高さだ、成層圏です。あんなとこ飛ぶのは、B29ですよ、まさしく。
隣の大将 敵ながら……ゆうゆうと、ちくしょうめ! え、どうしたい、友軍機は。

    舞台平面にも、そろりそろり出てきた人々、一様に空を見上げる。

女たち  あれが、B……きれいだねえ。
 ―   爆弾はおとさないみたい。
 ―   偵察なんだよ、きっと。
 ―   キラキラと……なんだか夢みたい。

    物干台の会話。

勇 作  あの高さにゃ、上れねえのかも……
隣の大将 上れねえ? なにが?
勇 作  日本の飛行機じゃ、ダメなんです。
隣の大将 な、なんだってえ!
勇 作  一万メートルぐらいありますよ、あんな豆粒みたいに……日本の飛行機じゃ上れない、だからあんなにゆうゆうと……
隣の大将 そんなバカな、大和魂でがんばれば……
勇 作  しかし、うんと高いところは、酸素がわずかしかないから、大和魂だって……
隣の大将 お前さんはなにかって言うと、アメリカびいきなんだから、べらぼうめえ!
勇 作  ものすごい機械だ、って感じしませんか。機械がとんできやがった。
隣の大将 え、なんでピカピカなんだ。ペンキ塗ってねえ。アメリカ、ペンキがねえのか?
勇 作  まさか。塗る必要がないんですよ、きっと。

     物干台に洋服屋が上ってくる。

隣の大将 (空を指さし)服屋さん、Bの奴……あ、もう見えねえや……
洋服屋  あんなのが、いまに何十機、何百機てくるのかねえ。
隣の大将 そん時や、日本の新鋭機がとび出して、きっと撃墜するよ。
洋服屋  新鋭機? そんなのあるのかな。
隣の大将 一機や二機の、Bがきたって出すもんか。
洋服屋  なら、なぜサイパンがおちるとき、その新鋭機が出なかったんでしょうね。
隣の大将  そりゃ……軍の作戦だ、多分。
洋服屋  負け惜しみですよ。あんなのが何百機もくると、宮城はメチャメチャにされますね。
隣の大将 宮城が? 爆撃だって……
洋服屋  当然やりますよ、天チャンがいるもの。
隣の大将 ちげえねえ。天皇陛下戦死てことになりゃ、将棋だと詰みだ。
勇 作  なに、バカ言ってるんです。アメリカは宮城を爆撃するほど、バカじゃありませんよ。
洋服屋  宮城爆撃がバカだって? あんた、炭屋さん。陛下が死んだら日本は大混乱になるよ。
勇 作  戦死しっこありません、陛下は。地下壕の一番深いところへもぐっちゃいます。
隣の大将 その通り、天チャン絶対死なないね、宮城爆撃したって。
勇 作  宮城なんか狙いません。アメリカ人はもっと利口です。
洋服屋  じゃ、なにを狙うって言うの?
勇 作  多分、飛行機工場だと、私ゃ思うんです。
隣の大将 なあるほど。
勇 作  あとは、あんた、こんなこと考えたくないけど、下町を焼き払うこと考えますよ。関東大震災のときのように。お江戸時代からこの下町は火に弱いでしょう。アメリカ人は振袖火事以来のお江戸の火事を研究しているそうですからね。
隣の大将 炭屋さん、ちィッとアメリカびいきがすぎやしませんか。下町の火事、アメリカが研究してるなんて、どうして知ってるの。あんた、まるでスパイみてえだ。気をつけた方がいいねえ。
洋服屋  炭屋さん、宮城を爆撃するのは、作戦として、バカかねえ。
勇 作  バカだと思います。宮内省なんか焼いたところで、頭の固い軍人たちは、おそれ多いとかなんとか大さわぎはするけど、日本の戦争をすすめる力は、痛くもかゆくもありませんよ。
洋服屋  そりゃちがいますよ。宮城爆撃されても痛くもかゆくもないなんて。そういうのはどう考えたって非国民だ。

    下の舞台の人々にまじって国民服の男。向き直ると《目》である。おかみさん(隣の大将の)が物干に向って叫ぶ。

おかみさん なにつまんないこと言ってんの! 流言蜚語だって、とがめられるよ!
《目》  (きびしく)ここの隣組長は、なんというのかね、え、おかみさん。

    かみさんたち沈黙、暗くなる。
    12  空襲日記Ⅰ 飛行機工場の爆撃

    哲平ひとり、黒いノートを手に。

哲 平  (ノートをよむ)十一月一日、とうとう来た。B29ただ一機。ものすごい高空を飛行機雲をひいて、ゆうゆうと来り去る。……(客に)親爺の日記です。三月九日までついてます。……子が防空壕の中からみつけたものです。(よむ)十一月五日、快晴。午前一○時空襲警報あり。偵察だ、高々度で退去したらしい。やはり日本の飛行機が手を出せない高さのようだ。(めくる)十一月六日、午前九時三○分警戒警報のみ。……サイパンから東京まで四時間かかるとするなら、敵さんは毎朝コーヒーをのんでから出発してくるわけだ。(客に)警戒警報、空襲警報について克明に書いてます。(めくる)十一月二○日。今日で二週間、まったく音沙汰なし。多分、編隊爆撃の準備中なんだろう。新聞は連日、フィリピンでの大戦果ばかり報道している。大戦果を祝っての酒の特配はありがたいが……どこへ行くにも鉄カブトを背負うのは面倒だ。(めくる)十一月二十四日。とうとうきた。お昼ごろ警戒警報、つづいて空襲警報。

    空襲警報のサイレン、半鐘の音。
    物干台の上、鉄カブト、メガホンの勇作、空をみている。隣の大将上ってくる。
    遠くで高射砲弾の炸裂の音。

勇 作  さっき、雲間からちょっと見えましたよ、Bの編隊、相かわらず高いところ。
隣の大将 ちきしょう! こう雲が多くちゃ、音ばかりきこえたって。
勇 作  敵は西から東の方へ……何十機ときてますね。
隣の大将 友軍機は?
勇 作  とんでるみたい。でもこの雲じゃ、なにも見えませんよ。
隣の大将 どこかが、やられたような様子は?
勇 作  ……見わたしたところ、本所・深川は狙ってませんね。
隣の大将 じれってえな! わが荒鷲部隊はなにしてるんだ!
勇 作  さいわい風がなくて、大火事がおこる心配はないが。
隣の大将 どこをやったのかね?
勇 作  西の方じゃないかな……
隣の大将 西てえと……
勇 作  神田や日本橋あたりなら、ここからでもわかろうてもの、もっとずっと西じゃありませんかね。

    突如上空ではげしい機銃音。

隣の大将 ややや! 空中戦だ! わが荒鷲やってるぞ!……

    上空の機銃音つづく。
    下から春江が声をかける。

春 江  お父さん、大丈夫なの!
勇 作  敵機は上を通ってる。壕から出るな!

    機銃音はさらにつづく。

隣の大将 (歯ぎしりして)ちきしょう! なにも見えやがらねえ!
勇 作  とうとう、東京の空も戦場になったか。

    場面暗くなり、哲平にのみあかり。

哲 平  (日記)予想が当たっていた。おそろしいほど。敵はまず中島の工場を狙った。おれの予想が狂っていなければ、いずれは街が、東京が焼き払われる。こんなことを思っているおれは、非国民の敗戦主義者なんだ。しかも、なぜ、こうも不吉な幻がおれの心をとらえるのか。

    その夜沢村の家。家族が集ってラジオをきいている。

ラジオ  マリアナ諸島を基地とするB29約七○機は、二十四日十二時すぎ、帝都付近上空に来襲、約二時間にわたり帝都郊外および一部市内を盲爆の後、退散せり。わが荒鷲はこれを激撃し、その三機を撃墜し、さらに戦果は調査中である。我方の損害は軽微にして、敵の投下による焼夷弾で、市内数カ所に極めて小さな火災が発生したが、官民一致の防火活動で、被害を最小限に食い止めたり。……大本営発表を終ります。
春 江  (ホッとして)損害軽微だって、よかったわ。
勇 作  気休めだよ、大本営発表なんて。
春 江  お父さんはまた……
勇 作  大戦果、大戦果といってるうちに、連合艦隊は消えちまった。
春 江  どうしてわかるんです? 連合艦隊がどうなったか、なんて。
勇 作  連合艦隊が健在なら、なぜマリアナ基地を叩かないんだ。
紀 子  やめて! 空襲の話。したってしなくたって、飛行機こさえなきゃ、日本は負けちゃうのよ!(父をにらむ)
勇 作  ……紀子、じつはお前のことを、どれ程心配したか。空襲警報の間中、おばあちゃんはお前に災難がないように拝みつづけていたんだ。噂では、杉並や北多摩の方がやられたとか、やっぱり敵は、中島の工場を狙ったな!……お前が帰ってくるまで、これも母さんも……(吐息つく)
春 江  中島の工場、爆撃されたのね?……お父さんはそのことばかり……どうなの?
紀 子  (ヒステリックに)……喋っちゃいけないの、空襲の被害が敵にわかるから。スパイだってたくさんいるし、国民の志気にかかわるでしょ。だから、家族にだって話しちゃいけないの!
勇 作  先生か? 監督官か? そう言ったの。
紀 子  憲兵さんです。工場にきてる。

    間。

英 子  (突然)今日の敵の爆撃目標は、中島飛行機武蔵野工場なの。爆弾もだいぶ命中して、死んだ人も相当いるみたい。

    間。みんなおどろいて英子をみる。

英 子  司令部じゃ、私たちでもわかることだわ。でも情報は洩らしてはいけないの、家族にだって。
春 江  それじゃ、あんたは?
英 子  非国民かも知れないわね、多分。……うんざりしてるの、防諜、秘密、防諜、秘密……敵の方がよく知ってることだって、みんな秘密、バカみたいに。……私、ずいぶん考えたわ、陰口があるってこと。お父さんは非国民だとか、なんとか。
春 江  英子……
英 子  その私が、東部軍司令部づとめでしょう。(笑う)通信隊へ入ってちょうど一年、たしかにあすこは別世界、なんでもあるのよ、街から姿を消しちゃったものが。肉でも、お酒でも、コーヒー、チョコレート。軍命令っていうもの、こさえている人たちって、どんな人たちかってこともわかりました。……そしたら、へんなの、世間から変り者だ非国民だ、て陰口言われてるお父さんが、じつはほんとのことを言ってるんじゃないかしら、って。……あの、司令部のなかにもいるの、ごく少数だけれど。この戦争も、日本の防空体制も、でたらめだって。
春 江  そんなこと言っちゃって、あんた……
英 子  その人も言ってました。東京は焼野原にされるだろう、て。
勇 作  そうだろう、当然いるはずだ、軍人のなかにだって。
英 子  私たちの上司の大尉さんです。連合軍の爆撃を研究していて……ドイツのハムブルグの空襲ってあったの、去年の夏。あの爆撃のやり方じゃ、東京なんか一たまりもないだろうて。それに日本の防空軍は、ドイツの防空軍に比べても、だいぶ劣っているんだって話。
勇 作  そういう人がよく司令部で……
英 子  帝大出の優秀な人なんんだけれど、幹部候補の大尉さんだから、士官学校出にはかなわないの。命令を下すのは、みんなコチコチの威張り屋さんたち。あの人たち国民の方なんかに目を向けることはないわ。宮内省から文句がくることばかり気にしていて。
勇 作  宮内省? そりゃなんで?
英 子  文句がきたの、高射砲の破片が宮城のなかに落ちたんで。おそれ多いことだから、今後注意するように。
勇 作  ほんとか? その話?
英 子  ほんとなの、そういう感覚なんでございます。だから、高射砲隊の連合将校なんて、そんなことで戦争できるか、て、お酒のんで、口惜しがって。
春 江  あんた、どうして、いまそれを。
英 子  今日、私、司令部で……敵は中島の工場を目標にして、爆弾が、工場や防空壕や、病院なんかに命中して、犠牲者がたくさんいる、て報告きいたとき、思ったわ、紀子がもし……でも、無事だったわ。でも、その紀子が、(紀子に)あんた! ずいぶん怖い思いしたんでしょう……それなのに、家族にさえ、工場の被害喋っちゃいけないと言われている。……これ、どういうことかしら? 国民て、みんな猿ぐつわをかまされているみたい。……なぜ? なぜ、こんな思いをしなきゃならないのかしら? って。
紀 子  ……(涙をいっぱいためて)怖かったわ。壕のなか、……爆弾が近くに落ちると、ズシン! ズシン! て、体がとび上るみたい。そのとき、思ったの、おばあちゃんがきっと拝んでいてくれる。だから、私が入っている防空壕には当らないって、いっしょうけんめい思いつづけたの……
こ と  ……ああ、お祖師さま、孫の身をお守り下さいまして……
春 江  ……たくさん出たの? 亡くなった人。
紀 子  ……うちの班はみんな無事。何十人て生埋めになった班もあるの。
春 江  生埋め?
紀 子  メチャクチャ、爆弾おちたとこ。土烟がいっぱいで……なにも見えないの。男の人はみんなスコップもって堀り出しに行ったけれど……私たちは持場をはなれられないし、用もないのに他の建家には行けないでしょ。……でも、噂じゃ、生埋めにあった人あ、何十人とか、百人以上とか。
春 江  百人以上も!
紀 子  噂なの、みんな。でも、きっと、そのくらい、もっと、死んでるかも。……でも、工場の被害の様子は一切喋っちゃいけないって。

    間。

勇 作  ……つまり、このまんま行けば、どこの街がどれだけやられて、それで人が何人死のうが……国民は自分の周りのことしかわからない。現に中島の工場が爆撃され、何百人が死んでいても、損害軽微なり……そういうものなんだ。
春 江  いいじゃないの。戦争指図してるのはえらい人なんだから、最後はえらい人が責任とってくれるんでしょう。
勇 作  責任? だれがとるもんか、その前に、
春 江  やめて、お父さん! うちはもう、隣組長だし、この地区の燃料の配給所なんだから、疎開もできないし、田舎がどこかにあるわけじゃないし。
こ と  あたしは疎開なんかしませんよ。もし、本所が焼かれるなら、焼かれるまでです。ええ、もともと骨はこの土地に埋める覚悟ですからね。
紀 子  やめ、やめ、やめましょう! 空襲の話なんて。

    暗くなる。
    13  空襲日記Ⅱ 夜間ゲリラ空襲

    哲平「東京大空襲・戦災誌」の一冊を手にしている。

哲 平  戦後三十年目にして作られた「大空襲戦災誌」、その第四巻に、空襲被害の公式記録がのっております。私はこの記録と、父の日記とを照合してみました。警報の発令とか、そのおよその時間とか、……ほとんど一致しております。もとより、どこが爆撃され、被害の程度などは書かれておりません。どうも父は、異常ともいえる関心で、それらを知ろうとしていたようです。市井一介の薪炭商にすぎないのに、この空襲の記録への強い執念は、いったい……(日記をよむ)十一月二十九日、警報午後十一時三十分、つづいて空襲……

    空襲警報、つづいて遠くに爆弾や焼夷弾が炸裂するような音。ホリゾントに探照燈の光茫が走る。風の音、夜寒。夜の物干台に勇作。

勇 作  (身をひきしめ)う! さむ……
春 江  (上ってきて)風邪ひかないようにね。
勇 作  壕の中にいろ。
春 江  心配なの、外はどんなか?
勇 作  奴ら雲の上から、やたらと焼夷弾ばらまいてるみたいだね。
春 江  この上に、いるの? Bは。
勇 作  いたらたいへんだ。(遠くを指さし)あれをごらん。……あの辺は、神田あたりじゃないか……だいぶひろがって……
春 江  ずいぶんたくさんでしょうね。
勇 作  何百軒……だろう、あの調子なら。
春 江  (別の方角を)あら、あすこにも火の手。
勇 作  あれは……東駒形あたりか?
春 江  もっと近い、両国じゃない。
勇 作  いや、夜の火は近く見えるんだ。
春 江  ……この寒空に、たいへんねえ……
勇 作  ……戦争て……自分の国、自分たちの街が焼かれてみなきゃ、なかなかわかんないものらしい。
春 江  でも、あんた、東京が焼け野原になるなんて話、外ではしないで。それでなくたって……
勇 作  おれは根も葉もない話をしてるんじゃないよ。この辺はどの町だって川に囲まれている。どこへでも逃げられる山の手とはちがうんだ。家並も軒と軒がくっついて、空地だってろくすっぽねえ。こういうところこそ、逃げ時ていうのが、大事だと思うんだよ。
春 江  でも、お父さんの話きいてると、早くアメリカに手を上げちゃえ、といってるみたいなの。そんなこと、世間に通ると思う?
勇 作  ……勝つんだ、勝つんだと、頭に血がのぼったみたいにみんな言ってるけれど、勝つ、てのはどういうことか、あまり考えねえのさ。だれが勝つんだ、いったい?
春 江  だれって?……日本ですよ。
勇 作  日本のだれだ?
春 江  日本のだれ、って?……そんなこと、
勇 作  おれか、お前か、隣の大将か、
春 江  そんな、日本て言えば天皇陛下でしょうよ。
勇 作  それなんだよ、そこへ行っちゃうんだよ、結局は、日本人の考えてのは。
春 江  私だって、尋常科しか行ってませんから、むずかしいことわかりません。
勇 作  おれだって、尋常科しか行ってねえ。
春 江  仕方ないでしょう、貧乏人だから。
勇 作  それなんだ。尋常科しか行けなかった貧乏人たちこそが、いちばん天皇陛下をあがめるようにしつけられている。そこなんだね、いちばんの問題は。
春 江  それじゃ、お父さん、上の人たち、えらい人たちの考えはちがうんですか?
勇 作  うん、あいつらが考えてる天皇陛下てのはね、(耳をすまし)おい、Bの爆音、こっちへくるみたいだ。早く防空壕に入れ。
春 江  お父さん。
勇 作  おれは防護監視なんだ!

     春江去る。B29の爆音。耳をすます勇作。洋服屋が上ってくる。

洋服屋  ご苦労さま、沢村さん。
勇 作  ……真上を通ってるみたいだ。
洋服屋  ザーと、夕立がくるみたいな音がするって?(耳をすます)
勇 作  (ホッとして)奴ら、ボタンをおさなかったんだな……(空に目を向けている)

    間。突然、やや遠く連続する爆発音。

洋服屋  焼夷弾だ! ほら、あちこちに。
勇 作  あの辺は?
洋服屋  扇橋か、千田町あたりだ。
勇 作  いや、もう少し先だ、北砂あたりだ。
洋服屋  ……あぶなかったねえ。
勇 作  奴らのボタンをおす、五秒か十秒のちがいが、こちとらの運命を左右するとは。
洋服屋  ……夜の方がこたえますねえ、寝入りばなを叩きおこされたんじゃ。
勇 作  毎晩やってくるかも知れませんよ。
洋服屋  夜ぐらい、休みやがれ。
勇 作  (遠くをみて)神田の方は、だいぶ燃えてますねえ。

     間。暗くなる。
    14   憲兵隊にて

    全面に哲平、日記を手にして。

哲 平  (よむ)毎夜、少数機が焼夷弾と爆弾を落してゆく。どこがどのくらい燃えて、人がどれだけ死んだか、都民には皆目わからない。発表はわが方損害軽微のきまり文句だ。小学校が燃やされれば、きまって「ご真影は安泰」、たかが写真一枚じゃないか。それが国民の生命財産より価値があるのか……バカも極まる。

    舞監が登場。

舞 監  (そっと)哲平さん……
哲 平  ……時間か? わかってる。
舞 監  (時計を示し)三月十日に、もうぎりぎり。
哲 平  あと一場面だろ、憲兵隊のところ。

    舞監は退場。

哲 平  ……おやじは、とうとう憲兵隊に引っぱられて……その、空襲の被害地を自転車で廻っては、いろいろ訊いていたところ、たまたま、目をつけられていた私服憲兵のひとりに。

    憲兵隊。二人の《目》(曹長・軍曹)が勇作を調べている。
    取調べは《目》甲(曹長)があたる。

《目》  ふむ。お前が空襲の災害現場にいたのは、隣組長の責任から、防護対策の参考のためというんだな。
勇 作  ハイ。よろしくご明察を。
《目》甲 諒解しておこう。次に、お前さんは、空襲で東京が焼野原になるだろうとの予言を、しばしば公言しているとの報告があるのだが、覚えがあるだろうな。
勇 作  予言なんて……そういう心配がある、とは申しましたが。
《目》甲 それが敗戦思想になることは承知の上だな。
勇 作  いえ、とんでもない、ただ、江戸時代からの、火事の歴史にもとづいて申しただけでございまして。
《目》乙 なんだ? 江戸時代からの火事の歴史とは。
勇 作  火事と喧嘩は江戸の華と申します。ええ、その、私、震災じゃ丸焼けになりまして、被服廠であやうく一命を。以来、火事のこと、あれこれ調べまして。
《目》甲 火事の研究か。
勇 作  ま、そんなところで。明暦の大火、いわゆる振袖火事でございます。それから、あの八百屋お七の火事。ええと、元禄の頃では、小石川の水戸屋敷から火が出た、水戸様火事。それから、享保の頃でしたか、目黒から千住まで、江戸の三分の二が焼けたといいます、あの目黒行人坂の火事。それから、
《目》甲 もういい、その火事がなんだ?
勇 作  はい。それらの火事の時期が、いずれも十一月から春三月にかけて、つまり空っ風の季節でございます。敵も抜け目のない奴、こうした東京の弱点は知っているはずと思いますんで、いずれそれらを狙っての非人道な作戦もやるだろうと……
《目》甲 それが流言蜚語になる。
勇 作  え? 流言蜚語。でも、このことは、たしか防空本部主催の講演会でも、陸軍のえらい将校さんが、
《目》乙 (大声で)貴様らが喋ると、流言蜚語になる! わからんのか!
勇 作  (とぼけて)は? なるほど、私たちが喋ると……そいつあどうも……
《目》甲 (乙をなだめて)まァ、いい。もうひとつ訊ねるが。お前はかつて、アメリカは、皇居、宮城を爆撃するほどバカではないと、放言したことがありはしないか?……どうだ、報告がここにあるんだが。
勇 作  ……それは……申したかも知れません。はい。
《目》甲 どうして、バカなんだ? 宮城を爆撃することは。答えてみろ。
勇 作  ……はい。宮城は……(パッと姿勢を正し、大声で)天皇陛下のお住居であらせられます!

    《目》二人はあわてて直立!

勇 作  この宮城を、万一アメリカがおろかにも爆撃したなら、一億の日本人はすべて憤激いたしまして、さらに団結を固めて敵に当ります。それがわからないほど、アメリカ人はバカな奴ではあるまいと、たしかそんな風なことを申したように思います。

    間。

《目》甲 ……お前さんは菊川町じゃ模範隣組長だという話だ。息子は南方戦線に出征中。娘二人は、姉は東部司令部勤務、妹は中島飛行機に挺身隊で行っている。ま、銃後のの模範家族だと、町内会からの報告にもある。……時局重大の折、こうした模範隣組長にお灸をすえるほど、憲兵隊は話がわからないところでもない。今後は、言行には慎重を期してもらいたい。わかったね。
勇 作  よく、わかりました。

    暗くなる。
    15  空襲日記Ⅲ 銀座空襲

    哲平、つづいて舞監が登場。

哲 平  (日記)正月もすぎ、B29の来襲ははげしくなる。しかもなにか不気味な感じがする。
舞 監  特急にした方がいいです、哲平さん!
哲 平  (素直に)わかった。みなさん、特急にいたします。みなさん、板つきねがいます!

    人々さまざまな防空服姿で登場。場面は照明のスポット効果ですすむ。

哲 平  (日記)少数のB29が、夜ごと入れ交りとんできて、安眠をさせない。東京都民の朝は、みんな疲れてぼんやり、これは大きな生産障害になるだろう。

    人々、それぞれに朝のあいさつ。

男 ―  (あくび)こう、あんた、やり切れませんよ、毎晩ね入りばな起されたんじゃ。
男 ―  (あくび)仕事ならねえね、ひるまで眠くて。これじゃ徴用工の欠勤がますますふえるばかりだ。
女 ―  私、胃が悪くなって。ねむれないでしょう、毎晩お客さんがくるから。
男 ―  神経戦とは、敵も考えたね。
女 ―  私ゃ、もう起きませんよ、警報がなったって、ねてますよ。

    《目》二人、舞台端で語り合う。

《目》甲 民心はだいぶいら立ってる。
《目》乙 どやしつけるか。警報が出ても起きない……
《目》甲 でも、処罰はできまい?
《目》乙 国民として横着だ。灸をすえる価値はありますよ。
《目》甲 貴公もいら立っているな。

    空襲警報のサイレン。

哲 平  (日記)一月二十七日ひるすぎ。B29編隊、都心をかなり爆撃の様子。銀座方面に相当な被害が出たとの噂。

    三々五々の集まり。不安そうな話合い。

女 ―  メチャメチャなんだって、銀座も築地の方も。
女 ―  もう、あちこちが爆弾で。一丁目から尾張町の交差点まで、ひどいそうよ。
男 ―  (悲痛な様子で)銀座が……ああ、とうとう銀座が……
男 ―  有楽町の駅が、直爆弾くったんだって。なんでも何百人て……
男 ―  あのね、話じゃね、足だけ二本、陸軍の将校さんだね、長靴の足だけ二本立っていて、胴体はとんじゃってないんだって、すごいグロテスク……
男 ―  警防団と警察でさ、何百って屍体を、日比谷公園に運んでるそうだ。
女 ―  あの、爆弾で、屍体って、形がないんですって、手も足もバラバラ、目もあてられないそう……
女 ―  まあ……

    《目》たち、人々の話に耳をかたむける。

男 ―  B29は世界一優秀な飛行機だから、あんた、高射砲が当ったって落ちないんだそうです。

    《目》二人、とびかかるようにして、男を引っ立ててゆく。

哲 平  (日記)二月十六日。突然艦載機の来襲!屋根をかすめるような低空飛行。機銃掃射に、焼夷弾。P51とかグラマンとかいう機種らしい。

    低空飛行の音、機銃音。
    右往左往の人々、地に伏し、物陰にかくれ、壕にとびこむ動作。
    「艦載機だ!」「かくれろ!」「壕に入れ!」「外に出るな!」などの声。音のしない間、こわごわと上をみる人々。
    《目》二人逃げてくる。地に伏す。
    急降下音、機銃音。

《目》乙 (悲痛に)やられたァ。
《目》甲 (かけより)おい、傷は浅いぞ!……どこをやられた?
《目》乙 ハ。(キョロキョロ)大丈夫のようであります。
《目》甲 しっかりせい! 威厳を保て、威厳を保つんだ!
《目》乙 (立ち上って)ハイッ!

    ふたたび降下爆音。二人とも伏せる。

哲 平  (日記)二月二十五日。朝っぱらから空襲警報。B29と艦載機と艦爆連合の爆撃だ。東京の制空権はアメリカのものとなったか。

    すべての物音が遠くなってゆく。
    間。隣組の人々が集まってひそひそ話。

勇 作  昨日自転車で廻ってきましたが、下谷もひどいですよ。竹町、二長町、御徒町、車坂、ずっとやられてます。
隣の大将 日本橋も、あんた、半分くらいやられてないかね。馬喰町、小伝馬町、堀留と、メッチャ、メッチャだ、ちくしょう!
洋服屋  神田もさ、あらかた焼かれたといいますが、どうなることやら。
勇 作  まァ、本所もあちこちに被害が出てるようですが、神田や日本橋にくらべると、まだ部分的のようですね。
隣の大将 平川橋あたりはちょっとひでえね。
勇 作  建物疎開のお陰があったけれど、さいわい二十五日は、風が弱かったから。
洋服屋  焼夷弾だけなら怖くはねえんだが、敵の奴、爆弾をまぜて落しゃがるんでねえ。
勇 作  初期防火も大事だけれど、火が大きくなって、風でもよぶようになったら、逃げ時ですよ。うっかりしたら震災の二の舞だ。
隣の大将 それ言うな、沢村さん。壁に耳ありって。まったく住みにくいよな、戦時生活ていうのは。

《目》二人、通りすぎる。暗くなる。
    16  アメリカ第二○航空軍

    哲平しずかに登場。

哲 平  ……こうして、父の日記は、三月九日でおわっています。(よむ)十日は陸軍記念日だから、敵は大空襲をかけるだろうとの噂あり。東京――明治・大正・昭和と、私の育った東京……未曾有の空襲で、街がどれだけ焼かれ、何千人が非業の死をとげているのか、ひとにぎりの指導者のほか、だれも知らない。……わが町の、わが隣人たちの、焼けるも死ぬるも知ることなく、息子哲平は南方戦場にあって生死もわからず……(日記をとじる。天をあおぐ)お父っつあん!
舞 監  (顔を出し)落ち着いて、哲平さん!
哲 平  大丈夫だ。……(感傷的に)かくしてその日は来た。待ちに待ったる三月十日、その前夜、北風はげしく電線を鳴らし、下町の空には木枯しが舞った。
舞 監  へんです! 待ちに待ったる三月十日とは。やりすぎだ!
哲 平  うッ、……お、お客さまが、待ちに待ったるこの日。
舞 監  デタラメです!
哲 平  デタラメこそ、この芝居の身上です。ともかく、場面は三月十日その前夜。

     棒の先にB29をつけたヘンリーとハワード出てくる。

ヘンリー、ハワード テッペイサーン!
哲 平  こりゃァ、また……
ヘンリー 三月十日、主役ワタシタチ……
ハワード ワスレナイデクダサーイ。
哲 平  忘れろったって忘れるもんか!……残念だが、口惜しいが、大惨劇の仕掛人、それはあんた方、アメリカ第二○航空軍、
二 人  オオ、イエース。
ハワード 日本のミナサン。ワレラハ、焼夷弾ヲダイタ地獄ノ使者デース。
ヘンリー ソレハマタ、軍閥ニ支配サレ、盲目ニナッタ二本国民ノ、精神的ナ鎖ヲ解クワレラノ光栄アル使命デース。
ハワード ソノメッセージノ、チャンスヲ仕度シタ作者、テッペイサンニ感謝シマス。

    突然舞台の一方が騒然となる。
    金ピカ襟章の将官、特攻服日の丸鉢巻の航空兵。筒先をもつ消防手。の三人。

三 人  (声をそろえ)われわれも主役である。その資格があることを(哲平を指さし)作者に要求する!
航空兵  われらは、帝都防衛飛行部隊、劣悪な装備器材をもって、われらがいかに闘いしか! 貴様は書こうともしない!
将 官  わしは防衛総司令部、敗軍の将兵を語らずとはいえ、(哲平に)汝、同じ日本人として、われに一言の言葉も許さず、その心根ぞ残念なり。(憤懣の態)
消防手  警視庁消防部。都民のと共に炎のなかに殉じたおれたちこそ、哲平さんとやら、お前さん、同じ江戸っ子なら、ちったァ、目あけて見てくんねえ!
三 人  (米人をさし)彼らが主役なら、われらも主役、じゃあるめいか、哲平さん!
将 官  汝、日本人たること、忘れちゃおらんのか!
哲 平  (頭を低く)わかりやした。私ゃ不束な作者でございます。しかし芝居にゃ、テーマてものがござんして、なにもかも、だれの立場もみんな書くってわけにゃ参りません。
航空兵  アメリカ空軍に言いたい放題言わせて、われら日本防空軍将兵のせりふは、必要ないというのか!
哲 平  この劇のテーマとしては……
将 官  貴様、日本人の心を忘れとるな!
哲 平  (反撃の形)日本人、日本人となんで強調するんですか!(将官はひるむ)
消防手  お前さん、テーマとかなんとか、言うけれど、テーマがあるのかい、この芝居。
哲 平  あります! テーマがあればこそ、私ゃ苦心惨憺して、
将 官  アカだ! スパイだ、この作者は。(客席に向い)この作者の正体は、非国民ですぞ! アカですぞ!
舞 監  (とび出してきて、大声)舞台進行!

    三人は退場の形で、舞台袖による。

哲 平  (少し憤然として)……じつ言うと、こたえるんです、同胞からああ言われると、……愚痴はやめます。(米人に)B29、どうぞ。

    様子をみていた二米人は前に。

ヘンリー ワタシタチノ任務、日本ノ戦争スル力ヲコワスコトデシタ。
ハワード 日本国民、ミンナ軍人ノ言ウコト、シタガッテマシタ。反対スル力アリマセン。
ヘンリー 軍人ノ言ウママ、ドコヘデモ侵略、協力シテイマシタ。
ハワード 軍人タチノ権力ノ秘密、(赤紙を出し)コレデース。レッドペーパー。
ヘンリー レッドペーパー、エンペラー・ヒロヒトノ命令、日本国民反対デキマセーン。
哲 平  (とび出す)それは待って! 内政干渉、時間少い。話はB29、B29に限る。
ヘンリー オーケー。アメリカ第二○航空軍ノ任務、日本ノ飛行機工場ヲコワスコト。ソノ戦術ハ、高々度精密爆撃デス。人ヲ殺スコトデハアリマセーン。

    先程の三人が叫ぶ。

三 人  人殺しだ! 無差別じゅうたん爆撃は人殺しだ!
ハワード 人ガ死ヌ、ソレハ結果デス。
ヘンリー 人殺シナラ、日本軍、パール・ハーバー、先ニハジメマシタ、ソウデスネ。
ハワード デモ、精密爆撃、効果不充分デシタ。
ヘンリー ワシンントンハ不満デシタ。司令官交替サレマシタ。
ハワード カーチス・ルメイ将軍ニナリマシタ。
ヘンリー 夜間都市爆撃、カーペット・ボムバーノ考案者デース。
ハワード ルメイ将軍ノ言葉デス。「ワタクシノ爆撃法ハ、人ヲ殺キ殺スコト目的デハアリマセン。都市ノ破壊ニアリマス」。
三 人  (口々に)人殺し! 無差別爆撃だ!
ヘンリー 日本ノ軍需工場、ミンナ、街ノ中ニ分散サレテマス。下町ニハ家内工業、下請工場、家庭内職、町ハ全体ガ工場ニ組織サレテイマース。
ハワード 日本ノ産業ノ仕組ミハ特別デス。
ヘンリー ジュータン爆撃ハ、都市爆撃デ、生産力ヲコワスコト、人ヲ殺スコト目的デハアリマセン。
三 人  (それぞれに)十万人、焼き殺しているんだ!
ヘンリー、ハワード (十字を切る)アイム・ソリー。
哲 平  (日本の三人に近より)出すぎないで! 芝居をこわさないで!
ヘンリー 三月十日ノ東京空襲ハ、世界空襲史上、画期的ナモノニナリマシタ。
ハワード ソノ計画ヲ知ッタトキ、ワレラモ慄然トシマシタ。

    音楽。ワグナーの「ワルキューレ」がしずかに入ってくる。

ヘンリー (ゆっくりと)爆撃隊ノコノ日ノ任務、隅田川デルタ地帯江東地区、一○平方マイルヲ、イッペンニ焼キ払フ、トイウモノデシタ。
ハワード コノ日ハ、歴史的ニ、東京地方ハ北西ノ強イ風ガ吹ク公算ガ大、トイウ報告ガアリマシタ。

    以後二人の対話から外人訛りが減り、リアルなものになる。場に東京の爆撃地図が投影されてもいい。

ヘンリー 全地域に大火災を発生させる。それに必要な焼夷弾の投下密度なんだが、縦、横、一○フィート間隔。それで地域の全面積をおおう。
ハワード どれだけの焼夷弾がいる?
ヘンリー 計算の結果は一七○○トンだ。
ハワード 一七○○トン?それだけいっぺんに運ぶには、B29は?
ヘンリー 三○○機が必要、最低限。
ハワード ……ちょっと待て。おかしい、一七○○トンだろう?三○○機じゃ積みきれないよ。
ヘンリー だから、自衛の武装、機銃を全部外してゆく、後部座席の一門だけは残すが。
ハワード (おどろいて)機銃をみんな外す?
ヘンリー その分の弾丸八○○○発も積まない。かわりに焼夷弾だ、腹いっぱい焼夷弾を積み込んで飛ぶんだ!
ハワード 武装まで外して、丸腰で飛ぶ……東京へ自殺しに行けというのか!司令官は。

     音楽「ワルキューレ」。

ヘンリー まだ、おどろくことがある。東京への侵入高度だよ、今回は五○○○乃至、八○○○フィートで入る。
ハワード 気はたしかなのか? 司令官は。今までは三○○○○フィート以下では飛ばなかった、だから安全率が高かった。そんな低空で入ったら、日本の戦闘機のエサになる。
ヘンリー そこなんだ。司令官はね、過去の東京上空での戦闘詳報を細かく分析して、こう判断したんだ。日本の防空機関はほとんど高射砲だけで、二○ミリ機関砲はたいへん少いはずだ、つまり低空からする攻撃には穴があると。
ハワード なんだって?
ヘンリー 次に、日本の防空戦闘機のほとんどは、夜間の空中戦に必要な装備器機をもっていないはずだと。日本の戦闘機は、夜がダメ、鳥目なんだと、わかったかい。
ハワード わかったよ。機銃まで外して低空侵入をする意味が。もし日本側がそれを知っていたら、われらは大犠牲を生むぞ。
ヘンリー 戦争とはそういうものだ。まだあるぞ、爆撃には編隊を組んでは行かないんだ。
ハワード  なんだって?なぜだ?
ヘンリー 一機ずつ、縦隊で侵入する。まず、先頭の嚮導機が、基準となる目標にM47焼夷弾を落とす。M47は大型ナパーム弾だから、確実に火災になって、これは照明弾のかわりにもなる。後続機はこの火災点を目標にして、それぞれにM69焼夷弾で地域を覆うようにする。……これが今回の爆撃法なんだ。
ハワード (思わず十字を切る)……神よ。
二 人  (客席に)ゴメンナサイ、戦争デス。

    音楽止む。米人退場。
    17  三月十日

    舞台はうす暗い。はげしい風の音。
    全員登場するが、はじめは目立たないよう舞台奥に位置する。以下必要に応じてコロス的に行動し、照明はそれらをスポット的にとらえる。

哲 平  その時は、こうしてはじまりました。
人 々  (暗いなかで合唱)
     九日の午すぎから、風が強くなった。
     北北西の風……いやな風!

    《目》二人舞台全面を通過。

《目》甲  明日は陸軍記念日……噂が流れてるな、B29が大挙襲来するとか。
《目》乙  流言蜚語は断乎取締るべし。

    警視庁消防部長が全面に出る。

消防部長 ひどい風です、風速一○メートル前後はありましょうか。これが今夜も吹きつづけるとしたら……私は警視庁の消防部長です。警視総監がたいへんに心配をされて、……こんな晩にB29が大挙襲来したらと。都内の水利、道路事情、消防車の数、悲観的材料ばかりで。総監の命で東部軍司令部を訪れました。というのは、状況次第で、防空法第八章規定を最大限に解釈して、まず、避難命令を出す必要があるのではないか。ことに江東地区の住民には。……都民は町にふみとどまり、まず消火作業という前提で訓練を行ってきてます。で、万一、こうした時に避難の機を失しますと、もう関東大震災の二の舞は目に見えてます。……ですが、司令部の参謀に一笑に付されました。米軍はB29をそんなにたくさん都合つけられない、と。軍人の状況判断に異を唱えるわけにはいきません。……そんなに楽観していいのか?とは思いましたが。(後方に退く)

     警戒警報のサイレン。

《目》二人 (急ぎ足で通る)警戒警報発令! 警戒警報発令!

    司令部にて受信作業姿の英子と、同僚の女子通信員。二人並んで客席に語る。

英 子  私は司令部に勤務中でした。女子通信員の仕事は、八丈島、銚子、勝浦などの前線監視哨からのB29情報をうける仕事です。
女子通信員 (勤務の口調)ただいま、B29一機、房総半島附近を旋回中。……(英子に)へんだわ、このB29。
英 子  へんだって? なにが?
女子通信員 さっきから、ずーっと旋回ばかりしてるの……
英 子  おかしいわねえ……(客席に)一機か二機のB29が来ただけでは、もう空襲警報は出しません。たびたびのゲリラ空襲の結果です。

    英子と女子通信員消える。
    ヘンリーとハワード舞台袖に出現。

二 人  囮ノB29一機、房総沖ヲ旋回シテ、錫箔ヲマキマシタ。電波撹乱ノタメデス。

    ラジオ(旧式のマイクロフォンとアナウンサーで表現)。

ラジオ  (情報よむ)房総半島より侵入せる敵第一目標は、目下海岸線附近にあり。
ヘンリー ワレワレノ本隊ハ編隊ヲ組マズ、一機マタ一機ト、縦隊ニナッテ東京湾ニ侵入シタ。
ハワード 房総沖カラエンジンヲ止メテ降下シナガラ、低空デ侵入シタ。
ヘンリー 先頭ノB29ハ大胆ニ舷燈ヲツケタママ侵入シタ。
哲 平  日本側監視哨は、翼に燈をつけて低空で入って来たB29を、見方の哨戒機だとさえ思ったほどでした。
ラジオ  敵第一目標は、房総南端を旋回しつつあり。(くり返す)

    舞台中央にスポット。勇作の一家がやすんでいる。

ラジオ  敵第一目標は南方海上に退去せり。なお、あらたなる数目標、南方海上にあり。
勇 作  (おき上る)やれやれ、帰ってくれたか。しかし、なんとなく、いやな晩だ。
春 江  どこへ行くの? お父さん。
勇 作  物干、風の様子みようと思うんだ。
春 江  空襲警報はでてませんよ。
勇 作  落ちつかないんだ、今夜は。
春 江  寒くないようにして、上って下さい。
勇 作  焼夷弾は逃げないで消せとのお達しなんだが、隣組のうちにゃ、年よりや女子供だけの世帯もあるし、裏の片岡さんは年よりが二人きり。
こ と  片岡さんはね、家が焼かれても逃げませんてよ。
勇 作  そうはいきません。出征兵士の家族ですよ、見殺しにできるもんですか。(物干に上るために出て行く)
紀 子  一機や二機なら、もう起きないわ。
こ と  あんたは、空襲なれしちゃって……
紀 子  どうせゲリラ空襲、神経戦でしょ。

    哲平が全面に出て。

哲 平  妹の話では、おやじは警報のたびに、じつによく物干に上っていたそうです。あの夜、空襲警報なしの焼夷弾攻撃、まっ先に見つけたのも、おやじだったとか……。

    物干上の勇作。空っ風の音。

哲 平  東京大空襲戦災誌第一巻の記録によれば、各個に低空侵入したB29の、最初の投弾時刻は○時八分で、投下地点は深川区木場二丁目から、さらに白河町、三好町へ。同じ頃、別の嚮導機の一機は、本所区の上空に、まず錦糸町、江東橋、太平町と、M47大型ナパーム弾投下。この二つの火災点を照明弾の代りに、後続のB29たちは、包囲の形に火の壁をつくるよう焼夷弾を投下した。……空襲警報が発された○時一五分には、火の壁の包囲はほぼ出来ていたようです。

    勇作は前方(客席――南)をみている。

勇 作  ……あれはなんだ!(爆発音、要すれば勇作の前面から赤い光)……空襲だ! B29がすごい低空で!(メガホン)空襲だァ! 空襲だァ! B29が深川の方をやってるぞォ!……

    上空に急速に迫るB29の爆音。

勇 作  空襲! B29、すごい低空で、空襲!

    少し遠い爆発音。上手後方のホリゾントの一部(勇作の背後の方向)赤くなる。

勇 作  敵の狙いは、本所深川だァ!
隣の大将 (上ってきて)ど、ど、どうなんだ!
勇 作  ぐるっと周り、囲んでる、(前方さし)深川の方、(左後方さし)錦糸町、太平町の方……焼夷弾で、火で囲むつもりだ! 大将、町会へ連絡、女子供は避難の仕度した方がいい。
隣の大将 (上をみて)Bの野郎、すげえ低空で!……(手をひろげ)なんだ、おい、雨か、こりゃ。へんだぞ?……(手をかぐ)や、ガソリン臭え、けっ! ガソリン撒いてやがるのか! ちきしょうめ!

    うす暗い下の舞台平面では、人々の多面的な空襲対応動作――主に女性、こども、老人たちの声が入りまじる。「早く支度!」「防空頭巾が」「寒くないように」など。「ケン坊」「ユキコ」「おばァちゃん」など家族の名。「風呂敷を」「カバンは」「通帳」「お金」など携行品。赤ん坊の泣声幼児のおびえ声。老人の咳込み。それらを裏付ける動作。リアカー、布団丸め、家具を包むなどの動き。子供や人形を使うもいい。中で一組の老人夫婦、出征した孫の写真を抱き布団の上に、二人並んで動かない。
    それらの前面で勇作が、メガホンで叫ぶ。

勇 作  荷物はなるべく持たない。防空壕に入れて。男たちは家に水をかける、防火用水を家にかける。老人やこどもはすぐ避難した方がいい。菊川橋をわたって猿江の恩賜公園に逃げる。男たちは家に水をかける!……Bは周りにぐるっと焼夷弾を落しているから、あわてないで、荷物は持たないで!
隣の大将 まずくないか、町会から非難の指示がないのに。
勇 作  年よりこどもは早く避難させていいんです。この風じゃ火は早くくるよ。
洋服屋  警察の指示がないのに……
勇 作  そんなこと言ってると焼け死にますよ!

    B29の爆音。ホリゾントが全面的に赤くなる。火の玉の降下の影、火の粉が強風で横にとんでくる。赤い火のボールが風速二○メートルで横に流れる。家に水をかける動作、さまざまな声。女たちが避難のために通過する。

勇 作  (よびかける)なるべく疎開跡の、空地をたどって行きなさい。(紀子とことに)紀子、おばァちゃんをたのむぞ!
紀 子  お父さんも早く!
こ と  ……先に行ってるから……
勇 作  あとから、すぐ行く。
春 江  (別方向から)お父さん!
勇 作  隣組の人、みんな避難したか?
春 江  片岡さん、二人とも動かないの、焼け死んでもかまわないって。
勇 作  よし、おれが行ってくる。お前、おばァちゃんと紀子がいま行ったばかりだ。すぐ行け。
春 江  配給台帳を防空壕に入れて、
勇 作  先に逃げろ。おれは後からすぐゆく、菊川橋をわたって、恩賜公園へ!(去る)
春 江  お父さん!

     行きかけて春江は、止り勇作の後を追う。
     前面に《目》あらわれる。

《目》甲 (人々に叫ぶ形)警防団員はどうした! 地区の警防団員は!
《目》乙 火は通りの向うまで来たぞ!
《目》甲 (猛烈な熱風、火の粉の流れ)ウッ、あっ! あ、たまらねえ! 待避! 待避!

    ホリゾントは火影でほとんど赤くなり、舞台は二○メートルの風速で流れる熱風と火の粉の影が流れる。
    以下の哲平のせりふの間、音響はしずまりバックの人の動きはゆるやかに、非現実化する。


    18  ああ 都民たち


哲 平  (冷静に)ご想像下さい。頭上を低く巨大なB29飛び交ってM69焼夷弾を落します。これは地上三○○メートルで炸裂しますと、四十八個の子爆弾に分解、それは燃える麻のリボンをさながら火の雨となり、屋根瓦を突き破り、木と紙で出来た日本家屋のなかに、ガソリン・ヤシ油混合の焼夷剤ナパームを噴き出します。その数は無慮数千、加えて風速二十五メートルの烈風、手押ポンプ、バケツリレーの消火作用ものかは、火の手は数千カ所、たちまち火の流れとなり、火は風をはやめ、風は狂い、熱風炉吹きだす熱風さながら、家から家、町並をひとなめにひろがります。この様をどうして舞台に表現できましょうぞ、芝居の限界で。
     しかもこの街、本所・深川地区、川や掘割で四方が区切られ、橋を渡ることなしには避難がかないません。加えてお江戸の頃からの職人町、家内工業の土地でして、人口は稠密でございます。しかるに、空襲時における住民の地域からの過去は、防空法、内務省令などによって、地域にとどまり防空に従うよう義務づけられておりまして……二時間半に無慮十万の焼死者、ヒロシマ・ナガサキが生じるまでは、世界に類例がないこの大量虐殺、東京都民の犠牲の裏には、このような事情の……もとよりその最大原因はアメリカ空軍の作戦にございます。火の壁による都市の包囲と、その中の全住民を虫の如く焼き殺す爆撃戦術にあるのでございます。

    哲平に対して2米人出現。

ヘンリー・ハワード アイム・ソリー。リメムバー・パールハーバー。ワタシタチニモ理屈アリマス。日本ハ神ノ国ト思イコマサレテイル日本人ノ頭、言論ハ目カクシサレ、軍人ノ言イナリニ戦争協力ツヅケル日本人。ソノ日本人ノ目ヲサマスタメ、仕方アリマセン!(素早く退場)

    舞台上の人々、すべて個性ある役からコロス性格にかわる。子をおぶい、手をひき、風呂敷を背負い、道具をかつぎ、リヤカーをひき、もろもろさまざまの避難者。それにまじる警察官、消防手など、火に追われ、火を防ぎ、火とたたかう人の群を形づくる。
    哲平は舞台袖に移る。

哲 平  ……クライマクス。下町は大きな火の海になりつつ……この人々は、みなさん! 生きながら焼き殺されようと狙われた人々……なんで、それを……空襲はドラマたり得ません!……いや、いや、人間とはなんでしょう! 希望をすてず、生きようと、死の間際まで生きようとたたかう……愛する者のため、わが隣人のため、町のため、みんなのため、B29がつくり出した猛火と敢然とたたかう! 東京都民、本所、深川、わが町の人々、たたかい!
     ドラマです!!

    音楽……テーマは猛火とたたかう人、舞台は全体として避難する人の群。そのなかの母と娘。

 娘   お母ちゃん、大丈夫?
 母   大丈夫だよ、ユキコ。
 娘   (上をみて)B29、ほら、ギラギラ光って、きれい……
 母   ああら、でっかい緋鯉みたいだね。
 娘   ずいぶん、でっかい飛行機なのね。
 母   手をはなしちゃいけないよ。

    職人風の男二人。

男 1  (空をみて)ちくしょう! Bの奴また焼夷弾、ひりやがった!(高射砲の音)
男 2  射ってるねえ、高射砲。
男 1  みろ! 命中! Bが火を吹いた! 命中! バンザーイ!
男 2  バンザーイ!

    大きな風呂敷の夫婦連れ。

亭 主  お前、ほら、あすこをごらんよ、ほら。
女 房  あら、自動車が燃えてるよ。
亭 主  え、燃えてるだろう、自動車が、あれがほんとに火の車だ。(笑う)
女 房  ほんとだわ、火の車ネ。(笑う)
哲 平  火の壁に囲まれていても、なかの人々の多くは差し迫るまで気づかないようです。それに、物への執着が、無理もありません、生活を共にした家財道具ですもの……

    中年の男二人、一人は大荷物。

男 甲  あんた、もう荷物捨てたら?
男 乙  もったいねえ、長年使ってきた……
男 甲  焼け死にますよ。私ゃ震災で経験ずみ、生命にゃかえられませんよ。
男 乙  せっかく持ってきたのに……
男 甲  生命あっての物種、ホラ、火がついた!
男 乙  捨てますよ! ああ残念。(捨てる)

    家族連れの男、二組、行先をみながら。

男 丙  あ、あんた、Bがあっちにも焼夷弾。
男 丁  ああ、火の手が……だめか、この道も。
男 丙  ……もどりますか?
男 丁  うしろからも押してくるし、戻れませんよ。
男 丙  だめだ、ね、前の方も燃え出した。
男 丁  周りは、ずっと火のようですな。
男 丙  突っ走りますか! 風上に向って。
男 丁  風上へ? だってあんた、熱い風が、
男 丙  風上に突っ走って、火の間ぬけるんです! 震災じゃ、けっこうそれで助かってます。
男 丁  やりますか!(家族に)みんな、いいかい、突っ走るんだよ!
男 丙  それっ!(二組とも走り出す)

    子を背負った女、その後から別の女。

女 1  (後から)あんた! 火が、背中の赤ちゃんの着物に!
女 2  消して! 消してください!
女 1  (火を叩き消し、人々に叫ぶ)みんな! 前の人の背中、いいかい、背中に火の粉がついてもわからないから、前の人の背中を! 背中をよく見て!
女たち  前の人の背中! 背中の火を消して!

    舞台に防火用水の水槽。桶で人々に水をかけているおじさん。

おじさん みんな、水あびてゆけ。防火用水あびてゆくんだ!

    よってくる人は「水、水」の叫び。

おじさん (天水桶ふりかざし)水かけてやるぞ!

    人々「水かけて!」「おじさん、かけて!」「私にもかけて!」

おじさん (水をかけ)さ! がんばって! がんばるんだよ、みんな!(かけつづける)
哲 平  悲劇です。火に追われ、学校の講堂に逃げこんだ人々。外から火が迫るので入口を閉めました。

    一団の人々がその状況をこさえる。年より連れの娘が逃げてくるが、なかの人々は入口をおさえて開けない。

人 々  (戸をおさえ)もういっぱい、入れません!
 娘   年よりだけでも、おねがい、あつい! あついんです!
人 々  逃げて、ほかへ逃げて!
 娘   もうすぐそこまで火が!
人 々  だめなの!
 娘   おばあちゃん、ダメ。向うへ逃げましょ。(老婆を連れて逃げる)
哲 平  やがて猛火は講堂を包み、熱気はもち込まれた家財道具を発火させます。
人々―  荷物がもえだした!
 ―   たすけて! あつい、あつい。
 ―   だから、さっき荷物は入れるなと、
 ―   そんなこと言ったって……
 ―   あんたが強つくばりだから、(烟)うッ、くるしい!
 ―   ナムアミダブツ。
 ―   ナムミョーホーレンゲキョー。
 ―   アイゴー、アイゴー。

    念仏、題目などの合唱を真赤な光が。

哲 平  ……(言葉なく、それに合掌)

    憲兵姿の《目》二人。舞台端にとび出してくる。《目》乙はひどい衝撃のさま。

《目》甲 どうした?貴公。
《目》乙 おふくろも、家族も、焼け死んだらしいんです!(二人は蹌踉と去る)

    戸外。火が周りに迫り、熱気に苦しむ一団の人々。

 ―   あつい、あつい! 水かけてェ!!
 ―   水かけてェ! こどもに水かけてェ!
 ―   消防手さん! 水かけてェ!

    放水筒もった消防手あらわれる。

消防手  (放水しながら)がんばるんだぞ! がんばれよォ!

    あちこち「消防さん、水かけて」の声。

消防手  (放水)がんばるんだ! がんばれよォ! がんばれよォ!(放水しつづけるが、水の出が止る)どうしたんだ?(ふり向いて)ポンプが燃えてる!……(筒先をすてて、人々に叫ぶ)みんな! 川の水をバケツリレーして、かぶせるんだ! バケツリレー。がんばれよォ!

    熱風に苦しむ人、バケツリレーする人、その水をあびせる人。火と人間とのはげしいたたかい。
    舞監登場。

舞 監  時間です、哲平さん!
哲 平  (忘我に近い状態だったが、われにかえり)ストップ! 三月十日、これでストップ!

    照明の赤い光一切なくなり、フラットな現実の光、被災者姿の出演者が静止している。

哲 平  お客さま、お許しください。現実の三月十日朝、焦土と化した町には、ここかしこに累々と屍の……私たち、焼死体を演じません。出来やしません。わが父母に通じる東京都民の多くは、猛火のなかで母は子を、男は女を、若者は年よりを、壮年の男たちは力弱き女子供を、かばって助けようとして、あまた生命をなくし、それによって隣人たちを助けました。それらのよき隣人への愛をこそ、私たちは演じたかったのでございます。……して、戦争のお手あげ、無条件降服までには、あとさらに五カ月の日時がいります。三・一○空襲は、かの原子爆弾の出現までは、人類史上最大の都市破壊、大量殺人と申すべきで、爆撃法の考案者カーチス・ルメイ将軍の名を高めます。アメリカ空軍はこの爆撃成果を、ただちに、「名古屋」「大阪」「神戸」「横浜」などの諸都市に向けて実施いたしました。
舞 監  (機をみて叫ぶ)エピローグ!

    人々は散る。焦土の遠望をあらわす道具が手早く設置される。
    19  エピローグ  おそれながら

    壮重な音楽。人々なにかを待った形に舞台端に退く。床にひざまずく老人など。
    音楽のなかに金ピカ襟章の陸軍軍人が、なにかの先導として出てくる。つづいて憲兵姿の《目》二人、ある人の前後について、その人の上半身を客席に隠すように二本の棒をもつ。棒の間は幕になっていて、ある人は腰から下しか見えない。ピカピカの長靴と○刀と白い手袋が見えるだけ。その人は舞台中央に立ち止り、感慨深く焦土を眺めているもよう。離れてみている人々は頭をたれ、かしこまる。

哲 平  おそれつつしんで申しあげます。私、幼少の、小学校学童の頃から二十八歳の年齢まで、あなた様のお写真に最敬礼をする教育をほどこされた者でして、いまでも、あなた様に対等に声をかけるなど、及びもつかない、そうした心根をもった日本人の一人でございます。私、あなた様をおよびする「二字」の言葉をよく知っております。しかし、あえて使いません。その言葉を私が発するとき、いまだにあなた様に生命をあずけた臣下であるとの、身分従属を感じまして、それに従っての精いっぱいの背のび、「あなた様」とおよびするのがやっとのところでございます。……大空襲の一週間あと、あなた様は江東地区にお運びになられたとの記録がございます。……もはや、そこにはお目障りになるもの悲しきものは、すべて取り片づけられ……しかし、あなた様はそこにまじまじと、民草とよばれた人々の、累々と山なす屍をお感じになられた、にちがいあるまいと、私、思いたいのでございます。私もその地に両親家族を失いました。あなた様はこの国の最高の地位に在られるお身体として、これらの民草の最後を想われ、おそらくは断腸の感慨を……私、それを申しあげる言葉を持ち合わせておりませぬ。しかし、あえて、あえて申しあげます。なぜ、なぜ、あなた様の善良なる民草、東京都民はかくも無残に焼き殺されなければならなかったのか?……アメリカ空軍の戦術を非難すれば、彼また、真珠湾の奇襲攻撃の非で答えましょう。あなた様の名とご威光をほしいままに、アジア諸民族制覇の野望を、単純に描いた軍閥将領に、その責を転嫁したとしても、あなた様の責任は、とても消えることはないと、私、おそれつつしんで申しあげます。その頃、私は、あなた様のお召しになる形にて、この本所・深川の地よりいで、南のガダルカナル島・ニューギニアの土地におりました。戦後、この焦土に身一つで帰ってきた復員兵でございます。さらにそれ以前には、これもあなた様のお召しの形で、中国の国土に、上海・南京・武漢などの都市に、鉄剣をもって侵攻した兵士でございます。私はかつて、あなた様の股肱であり、あなた様は私どもの頭首であらせられました。それで申しあげます。ただいま、東京の江東区から焦土に立っておられるあなた様のお気持ちが、その八年前に、私たちが上海・南京など、隣国の都市や農村に侵攻……そこには。B29の焼夷弾で焼き払われたこの東京とは、異なった残虐がございました。私、あなた様の兵士だった私の腕は、まだ中国の人々の、血で汚れております。私どもが撃った砲弾、機関銃弾、銃剣! あなた様のご紋章がついた武器は、中国人民の血で真赤でございました! あなた様! おそかったのです! そのとき、上海・南京の占領とその時、かの地におきている残虐を、なぜご想像にならなかったのですか?……(やや錯乱に近い)なにも中国人に限りません、私の父、沢村勇作は不逞の民となったのか? 父はかつて関東大震災の折、殺されかけたのでございます、同胞たちから、在郷軍人たちから。それは、朝鮮人と間違えられてのこと……その時、日本人はなぜ、兄弟民族である朝鮮人を、なぜ理由もなく無残に殺して、平然と……父はそれを秘かに言ってました。おそらくB29の焼夷弾で焼き殺されたその瞬間も……

     哲平は走りよろうとする。舞監たちがおさえる。

舞 監  テーマをはみ出すよ!
哲 平  これもテーマのうち!

    かの長靴の人の一行は退場。哲平はいまや腑抜けのさま。

舞 監  (客席に)哲平さんは消耗しつくしました。お許し下さい。すでに上演時間もいっぱい、これにて。

    その瞬間、米人たち、《目》たち、同時に登場。

米人たち・《目》たち  ひとこと!
米 人  (紙片を手に)作者は指定シテマス。
《目》たち (紙片を手に)両者は握手すること。

    両者は握手のため歩みよる。

米 人  (紙片のせりふよむ)占領軍ハ、空襲災害ヲ日本国民ガ具体的二知ルコトヲ好マズ。
《目》たち  (同様に)日本の戦争指導層は、国土防衛、ことに国民の生命財産の保護にあたり、軍部が無能だったことを、国民が意識し記憶することを好まず。
米 人  日本国民、空襲ヲ語ル、タブーデス。
《目》  われらも同感である。

    固い握手。

舞 監  いやな幕切れ、でも劇団員一同……
全 員  これにてせいいっぱい……(手に「東京空襲戦災誌」をもち、かかげ)ありがとうございました。

                                                          ―幕―