父帰る を 劇的に読む

2015/11/10
「父帰る」をやろうと、二回目の勉強会をする。
宇野重吉、米倉斉加年の演技を継承するのに「父帰る」を勉強する事にした。
寄り道:宇野先生の稽古はなかなか始まらなかった。先ず口をなかなか開かない。大きな声も出さない。ただただ緊張した時間が過ぎていく。ベテランさんが気を遣い何か言うこともあるが、大抵は的外れだ。ただただ黙った待つ。声を待つ。天の声。そこで天皇という揶揄が生まれる。米倉斉加年は饒舌だ、喋りまくる。毎回きちんとノートも作っているが、ノートから飛び出して喋りまくっていた。因みに、村山先生は最高の演出家であったという。黙って静かにうなずいていたそうだ。久保栄は「緊張」というかけ声で、稽古を始めたそうだ。観世栄夫は演出助手(米倉斉加年)に任せて、居眠りをしていた。滝沢演出は一人で3時間の芝居を演じて見せたし、北林演出は誰も言うことを聞かないと、皆を稽古場に残して、小部屋で抜き稽古をした。
宇野重吉、米倉斉加年の演劇ではなく演技としたのは、演劇の単位が演技だからである。演劇を他の芸術文化の中でどういうものなのかと概念として捉えようというのではない。実際に芝居をするにあたって、どのようにしたら良いかを宇野重吉、米倉斉加年の作り方を通して、学ぼうと考えた。実際の稽古でどのようにして、芝居を作って行ったかを、ここで再現することができれば、二人の演劇を継承することになると思った。二人の演劇は稽古場で作られた。稽古場では宇野重吉を信じ、米倉斉加年を信じて、演技者は身を切り血を流した。そして演技が生まれた。その演技を劇場で観客に見せるこことを演劇と言う。
しかし、ここではその見せたり、観られたりすることではなく(まぁ観られることを前提とはするが)、宇野重吉、米倉斉加年はどのように演技を作ったかを「父帰る」を通して学んでみたい。