三平さんさようなら

創造と普及
演劇運動は創造と普及です。
そもそも演劇運動とは演劇の公演活動のことをいいます。演劇は他の芸術とは異なり、運動(スポーツ)と同様にその時々の行為そのものです。運動であれば、競技会であったり、試合と言う事になります。美術や文学がアトリエや書斎で創造したものを公開するのとは異なります。演劇の表現形態は運動の競技会や試合と同じなのです。つまり演劇は運動体なのです。
ですから演劇を演劇運動として捉えると、演技を主とする創造だけでは演劇運動とはなりません。普及と言って観客を組織し、客席にお客さまが入らなければなりません。演技をお客さまが見て始めて演劇なのです。創造と普及が両輪となって、演劇運動なのです。
普及とは、「広く一般に行きわたること、また、行きわたらせること。」(広辞苑)ですから単に、チケットを売ればいいわけではありません。演劇運動とは、どこに向かうのか、何を行き渡らせようというのかが、問題となるわけです。
三平さん(榧野明)が亡くなりました。私(米倉日呂登)の先生でした。宇野先生をトラックに乗せて、宇野先生の演劇運動を日本中に広める爲に働いた人でした。
宇野先生が作った劇団民藝の人ではありません、運送会社で、演劇一筋に運搬をしてくれました。米倉斉加年はよく話していました、三平ちゃんは荷物を運ぶだけの運転手ではない、心を運ぶ運転手だと。
三平さんこそが、普及の中心でした。プロデューサーでもなく、劇団の人でもありませんでしたが、私たち演劇人と、日本中のお客さまとの架け橋となってくれました。
三平さんに教えて頂いた、普及を私たちは忘れません。宇野重吉、米倉斉加年と引き継がれきた創造と共に、石にしがみついても創造と普及を続けて行きます。