劇場とは人が集う劇空間

そもそも演劇をする場とはどういう場であろうか?
 やりたい芝居があって、それを観たい人がいたときに、生まれるのが劇場であり演劇をする場である。場があって演劇が生まれるのではなく、演劇が生まれる処に場が出来るのである。
 ならば演劇はどこから生まれるのであろうか?
 人間社会から自然に必然的に生まれてくるものである様に思える。
 今の社会から生まれてくる演劇はどんな演劇であろうか? それぞれはどんな芝居をやりたいのであろうか? 僕らが、今この社会で生きている僕らが、どんな芝居をやりたいかであろう、僕らがやりたいものを必死にやれば、必ず観客はついて来るに違いないのである。
 今それぞれが何を誰とやりたいかを考えなくてはならない。思った通りにはいかないし、思った通りに行ったところが、一人の考えではつまらない。しかし皆がそれぞれの思いをぶつけ合う処に社会があり、演劇が生まれるのである。劇団がなくては芝居は作れないかも知れないが、劇団が有るから芝居があるわけではない。劇団があっても、どうしてもこの芝居がやりたいという思いがなくては演劇は生まれないのではないだろうか?
 誰にでも気持ちをぶつけなくてはならない、自分たちの意見を持ち、ぶつけなくてはならない。
 正論ではあっても、観念論であり、実行できない話と言われるかも知れない。青いと言われるかも知れない、しかし僕たちは、金儲けや、売名行為、名誉欲で芝居をやろうというのではないはずである、やりたいからやるのであると言うことを、忘れてはならないと思う。

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コメント: 1
  • #1

    金島 (日曜日, 14 6月 2015 02:21)

    見て元気になる芝居、面白い芝居をやりたいです。
    実生活の感覚に根ざしたリアリズムの演劇。
    どんなに苦しい状況でも、明るく力強く生きる人々が描かれた芝居をやりたいです。
    僕はまだ勉強も浅く、あまり多くの戯曲を知りませんが、
    やっぱり大橋先生の『コンベヤ野郎に夜はない』はいつか絶対にやってみたい作品です。