役作り 代役方

台本の読み方 役作り
宇野先生の役の作り方に、代役方と言う作り方があり、よく教授していた。それは配役された役を、自らどう演じるかと考えるのではない。配役された役を他人に、それもその役に最適と思われる自分以外の役者に配役して、演じる姿を想像し、それをなぞるという方法である。
これは演出家ならではの発想と言えるかも知れない。役者はどうしても、役を自分のものとして、客観性を失い、主観的に役に向かってしまう。つまり、身勝手な偏った想いで、自分とは違う役を作ってしまうのである。その点演出は、自分で演じるわけでは無いので、あくまでも客観的な立場で、役者が役を理解する手助けをしながら、役者が役を理解するのを待つしかない。
代役方は、配役された役をその役の演出家として考えて、他の誰かに配役するということ事であり、その上で配役された役を自ら演出すると言うことである。
演出すると言っても、演技指導はできない。それは想像の中の役者の演出家なのである。ここで言う演出は台詞を理解するということである。それも意味内容より、その台詞がどのような音で発せられたかの理解だ。その理解は台詞の言い方を考えればよいというものでもない。その理解は人格と状況をしっかり読み解けくことであり、人格と状況が具体的に読めるようになると必ず音が聞こえてくる。
米倉斉加年は稽古をせずに台詞を覚えるだけで、主役で舞台に立ったことがある。それは代役方ではなく、代役そのものであったからであろう。私自身も米倉斉加年が演じた役を演じたが、台詞を覚えるだけで、演じる事が出来た。米倉が演じた時の鮮明なイメージに、ただただ身を委ねればよかったのである。