リアリズム

マルクス主義から生まれた、リアリアリズム。
時代は階級社会から、権力は残っていましたが階級のない社会になりました。それは旧劇の型では表現できない、新しく生まれた大衆(階級)が生きる社会でした。その新しい社会を、社会を支える大衆を、新劇は描き出していきました。一人一人を描くことで大衆を描いていきました。
新劇は芸術分野の牽引車として新時代を切り拓き、歌舞伎に変わり、演劇の代名詞となります。新劇は現代演劇の基礎となるばかりではなく、大衆芸術という新しい芸術の旗手となったのです。

日本での近代文学の夜明けを代表する、坪内逍遙の『小説神髄』は、1985年(明治18年)に書かれています。近代演劇の祖と言われるヘンリック・イプセンの「人形の家」は1879年作(明治12 年)ですから、芸術文化においての近代化は欧米とほぼ同時に行われていきます。
スタニスラフスキーは、現代演劇の基本となっているリアリズム演劇の方法論を確立しました。同時期に日本でもリアリズム演劇が始まります。築地小劇場は新劇を興し、日本でリアリズム芸術の拠点となります。そしてリアリズムは築地小劇場の久保栄、村山知義によって社会主義リアリズムとして確立されていきます。久保栄の『火山灰地』、村山知義の脚色した『夜明け前』(島崎藤村)は現代演劇の象徴とも言えるリアリズム演劇の代表作品です。