プロローグ

    銀河には第一景の喫茶「銀河」が飾られてあってもよい。(なくてもよい)
   
    全出演者の登場。各自自由な日常的な様子、
    出演者のなかのリーダー(あるいは舞台監督が)台本を出して一同にいう。
   
リーダー 本日は私たちの発表会にお越し頂きましてありがとうございます。私たちはこれから、民藝の座付き作家として、活躍された大橋喜一さんの代表作『銀河鉄道の恋人達』の朗読をさせて頂きます。但し、私たちの力量に応じた長さとするために、許可を得て、朗読用の台本を制作しました。また、今回のテキストはミュージカル版『銀河鉄道の恋人達』使っていますので、歌の所を主に朗読するよう、構成しました。
          これから始めますが、朗読の前に、朗読者の自己紹介をさせて頂きます。

    順番に自己紹介。演劇を通して何をしたいのかなども。
   
    自己紹介が終わる。
   
リーダー それでは『朗読・銀河鉄道の恋人達』を始めさせて頂きます。
全 員  ヒロシマ・ナガサキ フクシマ


    1 出あい

朗読1  喫茶「銀河」の店内。壁にいろいろな画がかけられている。その画はここの主人が描いた画である。

    М〈七つの川、美しい街〉主人(朗読者2)
          あの日あのとき たそがれの
          あのめぐりあいの あればこそ
          愛のよろこび 別れの悲しみ
          それはここから はじまるのです
         
          川は 七すじにながれて
          町は 川辺にさかえます
          橋は 町と町をつなぎ
          ああ 川きよらかな町
          わが 想い出の橋たち
         
          その橋のたもと ひそやかに
          小さな喫茶 名は「銀河」
          その名の「銀河」なればこそ
          二人はここで めぐりあう
         
          愛のよろこび 別れの悲しみ
          それはここからはじまるのです
         
   
朗読者1 太吉と箱をかついだ五郎が登場する。
太 吉  しゃれておるのう、「銀河」の屋上で銀河をのぞくなんて。
朗読者1 吾郎は黙しているが、気を悪くしているわけでは無い、この二人は仲間である。
太 吉  わしゃ地上を百キロ、奴は天にメガネを向けて、蛇じゃ山猫じゃとさがす。
朗読者1 太吉の恋人のふみ子と、その仲間のとし江が登場する。
ふみ子  (太吉に)かんにん、おそうなって。
朗読者2 ふたりとも、勇ましい恰好で、どこまでドライヴするんか。
太 吉  わしらこれから、
ふみ子  海の銀河へ。
朗読者2 海の銀河?

    太吉とふみ子は、オートバイに乗った構えをする。
    音楽――重なってオートバイの音。

    М〈いざ、海の銀河へ〉太吉・ふみ子
          二五〇CC単車
          喫茶「銀河」前
          スタート!
         
          街はたそがれ
          風とながれ
          ネオンながれ
          街灯ながれ
          橋がながれ
          ヴォ― ヴォ― ブンブン
         
          海を右に走る
          線路を左に走る
          走る走る
          道はくねくね
          せまい町並み
         
          徐行オーライ! そこでまた
          ヴォー ブンブン
          ヴォー ヴォー ブンブン
         
          海だ 島だ 島へわたる大橋だ
          フル・スロットル
          ヴォー ヴォー
          そしてストップ
         
          橋は海に
          銀河は夜空に
          おお 海の銀河よ!
          港の灯よ!
          おれたちゃ……
          夜風をいっぱい
          宇宙をいっぱい
          深呼吸!

朗読者1 とし江は壁の画を見ている。彼女はここの画の話しをふみ子より聞きここに連れてきてもらったのである。
ふみ子  みんなマスターが描いたの、へんてこな画ばかり。五郎さん。この娘、お店でうちの妹分。かわっとるの、この店の名が好きじゃて。彼女、画が好きなん。(とし江に)五郎さんは、彼とおなじ印刷工場の人、お見知りおき、ね。
   
朗読者1 太吉とふみ子は出て行く、とし江と五郎が残っている。
とし江  (五郎に)……今日は。
五 郎  (まごついて)はい……あの、今日は。……
朗読者1 とし江は壁の画に目を移す。
    ――間――
とし江  (思わず声)アルビレオ!……
   
    М〈この画は幻想の銀河〉とし江・主人・五郎
とし江  アルビレオ
五 郎  アルビレオ
とし江  アルビレオ観測所
          天のどこか あの銀河の
          青と黄色の 二つの星
          銀河鉄道 夢の旅
五 郎  アルビレオ 白鳥座
          アルファがデネブ
          アルビレオは 頭のところ
          二重星 連星
とし江  白鳥の停車場
五 郎  白鳥は星座です
とし江  いいえ 駅なの白鳥は
          銀河鉄道の 駅の名よ
          うちは何回 何十回
          それを読んだ ことでしょう
          カムパネルラと ジョバンニの
          ジョバンニと カムパネルラの
          この上もなく 美しく
          悲しい旅の おはなしを
          銀河の水は 水素のよう
          軽くほのかに ゆらめいて
          五色の波の きらめきの
          かなたに浮ぶ 光の輪
          青と黄色の 宝玉は
          白鳥星座の アルビレオ
とし江  (壁の画をさしながら)
          そうよこの画はみんなあの
          幻想銀河のイメージ
          あか・あお・みどり 点と線
          野原に立てる三角標
          ななめにおどる銀線は
          銀河の河原のすすきだわ
五 郎  なんとふしぎなものがたり
          ぼくが知ってる銀河とは
          無味乾燥な 無機物の
          無限にひろがる 集合体
とし江  カムパネルラ 可哀想
          生きてかえる ジョバンニも
五 郎  知らなかった いままでぼくは
          そんな童話があることを

とし江  「銀河鉄道の夜」。ジョバンニとカムパネルラのお話なら、うちが教えてあげようかしら。
五 郎  え? ほんと……
とし江  うち、よう覚えとるわ。そのかわり……
五 郎  そのかわり、
とし江  その望遠鏡で星をのぞいてみたいの。
   
    背景に星がきらめきはじめる。
   

    2 星空の下で
   
    舞台は屋上、満天の星。
    望遠鏡が天を向き、五郎ととし江がそれをのぞいている。
   
    М〈銀河鉄道は南の空へ〉とし江・五郎
とし江  話してあげます 銀河鉄道
          長い長い銀河の旅は
          青い光の銀河に沿うて
          汽車は南へ ずーっと南へ
          南のはてに赤くもえてる
          さそり火よりももっと南へ
五 郎  南 南 南半球
          南半球 そこまでゆけば
          神秘な光のマゼラン星雲
          その星雲は銀河系外
          銀河鉄道のはてなる星雲
          ぼくもゆきたい南半球
          この目でみたい南の星座

五 郎  そこは銀河の果てで、一〇数万光年の彼方、別の宇宙がある。つまり、宇宙の時間と空間、それをつづけて四次元の時空ていうの。
とし江  ジクー?
五 郎  時空、つまり、今日のアインシュタインの相対論的な宇宙像を理解するには……
とし江  あんた、いつも女の子に、そんとな話、大真面目でしよるの。
五 郎  すいません。じつ言うと、ぼくじゃてようわからん。
   
    二人で笑う。
   

   
    М〈ききたいの・宇宙の秘密〉とし江・五郎
とし江  ききたいわ 星の話
          星に生命(いのち)があるなんて
          うちの知らない宇宙の秘密
          もっともっとききたいの
五 郎  あれらは恒星 ひとつひとつは
          まばゆく光るみんな太陽
          それでも目には針の先ほど
          そんなに遠い恒星(ほし)の距(へだ)たり
          わかりますか 宇宙の秘密
とし江  それから それから もっと教えて
五 郎  やがて星の燃えつきるとき
          突然爆発ガスとなって
          とび散りひろがる宇宙空間
          超新星のかがやく最後
          わかりますか 宇宙の秘密
とし江  それから それから もっと教えて
五 郎  やがて星の燃えつきるとき
          突然爆発ガスとなって
          とび散りひろがる宇宙空間
          超新星のかがやく最後
          わかりますか 宇宙の秘密
とし江  それから それから もっと教えて
五 郎  ガスはただよう 宇宙の静寂(しじま)
          億万年にいつしか引き合い
          密度高まり白熱と燃えだす
          核反応の星の誕生
          わかりますか 宇宙の秘密

とし江  目がくらむよう……五郎さんて、ジョバンニみたい。
五 郎  童話の少年か。それでどうなるの、二人の旅は?
とし江  カムパネルラは死んでしもうて、ジョバンニはひとりぽっちになるん。
五 郎  ひとりぽっち……それは生きて帰るいうこと。
とし江  ええ。
五 郎  銀河鉄道とは死の世界……いや、生と死の中間なのかな。
五 郎  ぼくはね、自分を宇宙の子じゃと思うとる。
とし江  宇宙の子? まあ、へんじゃ。……あんた、宇宙の神秘とか、そんとな本をよみすぎたんじゃないん。
五 郎  そうかな。
とし江  ね、下界をのぞいてみない。街のネオンがきれいじゃこと。
五 郎  うん、こっちのほうが楽しいかな。
   
    二人は笑う。
   
    3 主人のこころ
   
    「銀河」の店のなか。
    証明くらく、ひっそり。
   
朗読者2 (モノローグ)二人は……彼女はプロポーズした、彼は返事をしない。
   
    М〈地図のまんなかの赤い印〉主人
主 人  見てください 見てください
          目を凝らして 見てください
          地図のまんなか 川がわかれ
          橋が三つ集まるところ
          そこにしるされた赤い印を

          赤い印 川と橋と碁盤目の街
          地図の街には 人はみえません
          ただ赤い印 人はみえません
         
          でも街には人がいっぱいでした
          人が人が 男が女が いっぱいでした
          いっぱい住んでました 街には
          そこを狙っての印です 赤い印は
   
    B29を連想させる飛行機の爆音。それがバックに流れて、
   
          高度一万メートルからは
          一万メートルの高みからは
          人は見えません 街は抽象的で
          赤い印はターゲット
          みてください 目を凝らして
          落された印 赤い印を
          人を焼きつくす火の玉の印!
   
    遠い意識のなかを、原子爆弾の爆発音のイメージが流れてゆく。
    つづいて数万の人々の阿鼻叫喚を思わせる長い長い声がつづいて弱まってゆく。
   
          日ごと夜ごとくりかえします
          それがわたしの意識なんです

    明るくなる。
    主人の前に五郎。
    五郎は明るい感じの服装。

五 郎  こんにちは。あの、マスター、むずかしい童話じゃねえ、「銀河鉄道の夜」て。三回読んだけど、ようわからん。わからんくせに妙に心にひっかかる。不思議な話じゃ。
          相談があるんじゃ。
主 人  だいぶ、はまりこんどるみたいじゃな、「銀河鉄道の夜」に。
   
    間。
   
主 人  相談とは、どういうことかね?
五 郎  ……あの、率直に言ってぼく、恋愛をする資格のない人間じゃと、思いこんどりました。……人に愛されて、それで、相手をしあわせにできる、そういう確信のある人間でなきゃ、人を愛する資格はない。……思うてました。どうも、うまく言えんな。
主 人  いや、ようわかるよ。それで?
五 郎  なぜ、ぼくがそんとな考え、恋愛をする資格のない人間じゃなどと、自分をきめてしもうたか、わかりますね。
主 人  わかるとも。いたいほど。
五 郎  そうですか。じゃ、マスター、言うてください。ぼくに決断を与えてください。マスターの決断に、ぼくしたがいます。もう、考えに考え抜いた結果なんです、マスター。
主 人  言うてごらん。
五 郎  ぼく、とし江を愛して……愛する資格ありますか? マスター。
主 人  ……ある、立派にある!
    4 平和公園
   
    現代的なあかるい音楽。
    幾組ものカップルによる恋人たちの合唱と踊り。それらのなかに、五郎ととし江の一組もまじる。
   
    М〈恋人たちの平和公園〉コーラス
          恋は楽しく公園で
          愛はやさしく公園で
          夢はまどろむ公園で
          恋は太陽
          愛はあお空
          夢は夕映え
          おお 平和公園
         
          恋してます平和に
          愛してます平和に
          夢みてます平和に
          平和なればこそ
          恋も愛も夢も
          平和なればこそ
          恋人たちの
          おお 平和公園
   
    公園のあたりは、たそがれの光できわめてあかるい。とあるベンチでの、五郎ととし江の語らい。
   
朗読者1 五郎ととし江は公演のベンチで語らう。
とし江  夢って、天文学者?
五 郎  バカな。もっと現実的さ。国鉄に入ること。
とし江  試験受けた? 国鉄の。
五 郎  (首をふる)世の中、志望通りにゃいかん。
とし江  うちも駅の売店で売り子したことあるん。看護婦にもなりたかったんじゃけど……。でも、いまのお店が一ばん合うとるようね。音楽の夢を売るんでしょう……。
五 郎  ふみさんとはお店で?
とし江  彼女は先輩なの。あの――うちとふみさんと内緒の計画あるん。夢よ。
五 郎  なんじゃろう?
とし江  将来、お金出し合うてね、小さなレコード・ショップやろういうの。
五 郎  そりゃ、結婚してのこと?
とし江  ええ。十年計画。コンパクトなきれいなお店。まだ空想の段階。……おかしい?
五 郎  女性の夢ってリアルじゃのう。
   
    間。どこからか風にのってコーラスがきこえてくる。この街の悲しい記念日を連想させる曲。
   
とし江  五郎さん……記念日、どうしとる?
五 郎  ……あんた、一度も、ぼくの両親のことたずねなんだね。
とし江  間違うたらかんにんね。五郎さん……ご両親、原子爆弾でなくなられはったんでしょう。
五 郎  (うなずく)……ぼくが育てられた孤児育成所はお寺での。ぼくはいちばんチビで、みんなで焼跡に南瓜やお芋を植えて共同生活をした。
とし江  ご両親、覚えとらんの?
五 郎  (うなずく)……母さんが、白いきれいな顔じゃったような……。
とし江  爆弾のときは?
五 郎  (首をふる)原子爆弾ということばは、ずーっとあとの、記念日のときにきいた。花火や花電車や、街では踊りおどって賑やかじゃった。……その日、ぼくら育成所のこどもは、みんなして焼跡の土を拾うてきて――和尚さんの、おじいちゃんがいわはった。……「この土を、ご両親のお骨じゃ思うてご供養せい」……おじいちゃんはこわい顔していうた。「みんなの両親は殺されたんじゃぞ、原子爆弾で。……それを忘れて平和はない。それを忘れて、口先で平和平和とさわぐだけの平和はいつわりの平和じゃ!」
朗読者1 とし江は衝撃をうけたように立ち上がり……泣いている。
    間。
    五郎はとし江の顔をじっとみる。
   
五 郎  あんた!……泣いとる、ぼくの話を聞いて、泣いてくれとるの!
   
    とし江はしずかにうたいはじめる。
   
    М〈ぼくは愛をしらなかった〉とし江・五郎

とし江  うち知りません
          記念日の意味
          よう知りません
          記念日は灯籠ながし
          きれいな灯籠ながし
          きれいじゃけれど
          なんとなく悲しい気持の
          灯籠流し
          あかりの 川に流れて
          あかりの 遠うなって
          ポツリポツリと消えてゆく
五 郎  ぼくはひとりぽっち なぜ?
          仲間はみんな街を去る なぜ?
          知られとうない その気持ち
          わかりますか?

          過去を 過去を
          ああ
          ぼくらは原爆孤児
          原子爆弾のみなし児
         
          知られとうない 忘れたい
          忘れて生きたい その気持ち
          わかりますか?
         
          おじいちゃんは言った
          体と心を強うもって
          人に迷惑をかけんよう
          普通の人間として生きよ
          原子爆弾はのう
          原子爆弾は世界の人類が力を
          一つに合わさにゃ
          解決でけん
          そんとな そんとな
          大きな魔物なんじゃ
          生きよ生きよ 歯をくいしばり
          普通の人間として生きよ
          おじいちゃんは言った
とし江  五郎さん
          あんた孤児じゃけん
          結婚もせん人も愛さん
          ほんまにほんまに
          そう思うてきたん
五 郎  ぼく知らんかった 愛いうもん
          知らんかった 恋いうもん
          知らんでやせがまんを言うとった
          やせがまんの青春を!
          あんたがそれを気づかせて
          あんたがそれを 人間の
          しあわせいうもん気づかせて
          ああ とし江!
   
    五郎はよろめく。ひどく苦しそうな様子。
   
とし江  どうしたん? まっ青。まァ、汗びっしょり……
五 郎  なあに大丈夫。……ぼく、どうしても、もうひとつ告白しておくことが――
とし江  告白? いうて……
五 郎  じつはね……ずーっと悩みつづけてきたんだが、……
とし江  どうしたん? 苦しいんじゃろ。

    とし江は人目を忘れて五郎を抱く。
    間。遠くから救急車のサイレン。
    静かに溶暗――
   

    5 原子爆弾の病院

とし江  先生、あの人が助からんということは、わかっとったんですね!
院 長  そうです。(うなずく)
とし江  先生。あの人は、昨夜、夜っぴて苦しんで、こう言いました。ぼくはもうすぐ自然にかえる。でも、ほんとうは殺されるんじゃ、と。
院 長  ……それは、ほんとだ。殺されるんです!
とし江  では、だれに殺されるんです? 誰が犯人なんです?
院 長  (苦悩のようす)……人類です。
とし江  人類?
院 長  人類の罪! 文明の罪!……だから、人類は五郎君に償いをしなければ、……しかし、なにもしない、なしえない……
   
    間。
   
とし江  先生、教えてください、あと幾日くらい? あの人。
院 長  ……多分、もう、――原子爆弾の記念日までもてば――
とし江  原子爆弾の記念日。
   
    とし江舞台前面に。客席に向かってうたう。
   
    М〈みな殺しの記念日〉とし江

          記念日の意味 知りませんでした
          それがもつ意味 知りませんでした
          とてもとても とてもたくさんの人
          やかれただれ 死んで死んで死んでった
          なんのために やかれただれ殺されたのか
          知らなかった 知りませんでした なぜ?
         
          ああ記念日 みな殺しの記念日よ
          五郎さんもその仲間入りをする
          ああ
          二〇年もたったいま!
          なんで……
   
    暗くなる。
   

    6 〈無声慟哭〉
   
    『無声慟哭』……声もなく、心で哭(な)く。「銀河鉄道の夜」の作者が、まさに死なんとしている妹に詠んだ詩。
   
    音楽、しずかに――
   
とし江  (明るく、平静に唱える)『無声慟哭』
          けふのうちに
          とおくにいってしまう
          わたくしのいもうとよ
          みぞれがふって
          おもてはへんにあかるいのだ
   
    М〈あめゆじゅとてちてけんじゃ〉とし江
   
    「あめゆじゅとてちてけんじゃ、あめゆじゅとてちてけんじゃ……」をバックで朗唱する中で
          妹さん とし子さん
          うちの名は とし江です
          兄さんに あの美しい
          詩をかかせて 遠くへ行った
          小さな妹さん
          うちもゆきたいの 雪をひろいに
          さいごのお椀の 雪をひろいに
          あめゆじゅとてちてけんじゃ
          うちもゆきます 五郎さん!
   
    場面があかるくなると、そこは銀河鉄道への旅行の出発点。「銀河」の屋上のようでもある。
   
    7 銀河鉄道の旅

    (A) 出発
   
朗読者1 この後、劇では、とし江と五郎の二人は銀河鉄道の旅に出発します。彼の詩人が書いた小説の旅に出ます。それは二人の新婚旅行でした。
          そして旅の終わりには別れが待っていました。
          銀河鉄道の旅は終わりです。
   
   
    (G) アンタレスの火
   
    舞台前面に赤い光がみなぎってくる。
   
とし江  なんでしょう、あんなに赤く、なにがもえてるの?
五 郎  赤くもえてる、あれはなんだ?
車 掌  わかりますか? もえているもの。
とし江  ああ、アンタレス。あれはサソリがもえてる火、サソリの火。
車 掌  はじめはそうでした。しかしいまはちがいます。もえているのはサソリではありません。
とし江  ではなにが、
車 掌  人間です。
とし江  人間が? どうして、どうしてなの?
車 掌  原子爆弾でやかれた人間、人間がもえているのです。
とし江  なぜ? なぜあのようにあかあかと、人間がもえなければ……


    (H) わかれ

五 郎  とうとうサザンクロスへきた。
とし江  どうなるの? カムパネルラ。
五 郎  ぼくは燃えなければ、あのアンタレスで。みんなと共に夜の闇に赤く、赤く警告(いましめ)の火となって。
とし江  うちはひとりで戻るの? 三次元空間へ。もっと大きな人殺しの研究が、……殺人犯人たちが、……殺人犯人たちが英雄のようにのさばっている惑星。……いやよ、そんなところへ……帰るのはいや! カムパネルラ。
五 郎  殺人犯人!……いまそう言ったねえ、ジョバンニ。父母(ちちはは)は殺され、ぼくの生命もごく短いものにされた。――そのことをいつも考えながら、それを殺人犯人の責任だというようには、僕はどうして考えなかったんだろう。ぼくは三次元空間にいる間、老人(としより)のように死の意味ばかり考えた。死を怖れるのは、死ぬと愛するものと別れなければならないからだと。……でも、でも、愛とはなんだろう? 愛とは、生きているものを愛すること――愛とは生きることにつながる。だから、愛とは無意味に生命を殺すもろもろの悪と闘うことでもあったんだ。……いまのぼくにできることは、アンタレスの赤い火となってもえつづけるだけ。
   
    五郎はうたう。
   
    М〈ぼくは燃える〉五郎

          ぼくは燃える燃えるのだ
          アンタレスの火になって
          とし江 ああ ジョバンニ
          君はもどるもどらねば
          もどってつたえておくれ
          アンタレスの火の赤く
          赤く燃えるその意味を
          アンタレスの火の意味を
   
    コロスは五郎を囲むようにして、おごそかな足取りで赤い光の方向に退場してゆく。
    とし江は金しばりにあったように動くことができない。
   
とし江  (叫ぶ)五郎!


    (I) ブルカニロ
   
    突然大きな声。
   
 声   そうだ、五郎のいうとおりだ!
   
    いつの間にか黒い帽子の人が立っている。
   
とし江  ああ、ブルカニロ博士!
   
    舞台にいるのは、とし江とブルカニロ博士のみ。
   
とし江  おねがいです。うちも五郎さんといっしょに。
ブルカニロ いいかね、これからはみんながカムパネルラであり五郎なのだ。三次元空間は、人間がのり超えなければならない大きな危険な時期をむかえている。
   
    とし江がうたいはじめて、ブルカニロとの二重唱になる。
   
    М〈ブルカニロの教え〉ブルカニロ・とし江

とし江  うちは名もない娘です
          世界政治のあらそいに
          なんの力もありません
          うちになにができるでしょう
ブルカニロ 地上へおかえり ムスメさん
          戦争は大きなものだが
          ひきおこすのはみんな人間
          人間社会のおそろしい病気
          でもおこすのは人間の力
とし江  うちは名もない娘です
          なんの力もありません
ブルカニロ 地上へおかえり ムスメさん
          戦争の力は大きくみえても
          それを行うのは小さな人間の
          道を見失った盲目(めくら)の歩みだ
          さあ いまこそ小さな心を
          むすび合わせて 人が仲よく
          生きる道をつくりだすことを
          語りはじめなければならない
とし江  うちは名もない娘です
          なんの力も なんの力も……
ブルカニロ 地上へおかえり ムスメさん
          あなたの五郎がアンタレスの火に
          燃えてる意味をみんなに語るのだ
          語るのだ アンタレスの火の意味を
          その語りは小さくともいつか大きく育ち
          やがては戦争をなくす力になる
とし江  うちは名もない娘です
          うちになにが うちになにが……
ブルカニロ おかえりムスメさん あなたは地上に
          もどらなければならないのだ
          五郎への愛をすべての人々への愛に
          戦争をなくす力はすべて
          愛から生まれる 人間への愛から
          それが五郎といっしょに
          あなたが生きてゆく道だ
とし江  うちは帰らにゃ
          地上に帰らにゃ
          五郎さんのため
          みんなのために
          ほんとうに生きる道を
          地上に帰って
   
    その間にブルカニロの姿は消える。
    とし江はくずれる。暗くなる。
   

    エピローグ  三次元空間へ
   
    やがて、主人、チィ子、太吉、ふみ子の姿が、あらわれてくる。
    のみならず、ゾロゾロと劇のすべての登場人物、関係者が登場。
   
ふみ子  気がついたわ!
太 吉  もう、大丈夫じゃ。
ふみ子  (涙声)とし江!……吾郎さんはね、さっき……
とし江  (平成に)知っとる……うちずっと一緒じゃった。
主 人  かの詩人の幻想が、この人の心に燃えあがらせた火をすべてのひとの心の火に
    一同礼をする。